タナベコンサルティングのアグリサポート研究会(全6回)は、「アグリ関連分野の持続的成長モデルを追求する」をコンセプトに掲げている。第1回は、山口県でアグリ業界の先進事例2件を視察した。1件目に秋穂放牧利用組合を訪問した。この組合は、牛の放牧によって耕作放棄地を有効活用している。牛を水田に放牧することで、農業と畜産業の両方でコストを削減し、省力的かつ天候に左右されない作業体系を構築。その結果、生産性と付加価値が向上している。2件目には二島西を訪問し、限られた人数で農業生産を行う仕組みづくりについての講話を聞いた。同法人は、スマート農業の導入により、持続可能な農業を実現している。
開催日時:2024年9月26日~27日
組合長 宗綱 良治 氏
秋穂放牧利用組合は、集団による放牧の仕組みづくりを行うとともに、水田での放牧技術を実践・検討して成果を普及するため、2010年に現組合長の宗綱良治氏が中心となって立ち上げた。
現在は県外からの視察の受け入れや、県外での講演などを行い、山口型放牧の推進・普及に取り組んでいる。こうした取り組みは、耕作放棄地の有効活用以外にも、農地管理や畜産コスト低減など多岐にわたるメリットを生んでおり、山口県の畜産業に大きく貢献している。
耕作放棄地に電柵や庇陰(ひいん)場、水飲み場を設置。比較的簡単に放牧施設を設営できる
1971年に開始された国の減反政策の影響で、1965年に312万ヘクタールあった水稲の作付面積は2010年には163万ヘクタールとほぼ半減し、水田面積の約半分になっていた。そんな状況下にあった2001年、山口県柳井市にて、電気牧柵で囲んだ耕作放棄地で繁殖用の和牛を放牧する「山口型放牧」が実施され、畜産業と農業を巻き込んだ普及の糸口となった。
また、2001年に、山口県は牛の放牧を希望する人に牛の貸与を行う「レンタカウ制度」を開始。牛を所有していない農家も牛を飼えるようになったことが、山口型放牧の普及を後押しした。
この放牧は、牛を貸し出す側と放牧する側の双方が協力する。牛を貸し出す側は、牛のエサ代を節約できる上、ふんの処理作業をしなくて良い。放牧を実施する側は、所有する耕作地(以前は耕作放棄)で牛のエサとなる牧草を育て、飲み水を管理し、電気柵の周りの草刈りなどの作業を行って、牛が出産する前際には牛舎へ返す。これがレンタカウ制度を活用した山口型放牧である。
山口型放牧は、前述の耕作放棄地の有効活用以外にも、さまざまなメリットをもたらす。ここでは大きく2つピックアップする。
1つ目は、獣害の減少である。草木の生い茂る耕作放棄地は、耕地を掘り起こすイノシシやシカなどの害獣の温床となる。そこで、稲作田の周囲で放牧を行い、緩衝地帯をつくることにより、害獣の侵入を減らし、獣害の軽減につながる。
2つ目は、牛の健康である。雌牛はおよそ1年に1回、出産する。お産から妊娠までの約120日間を牛舎で過ごし、その後の半年間(180日)を放牧期間として屋外で過ごし、次のお産の60日前に牛舎へ戻り、またお産を迎えることを繰り返す。従来はずっと牛舎で過ごす雌牛を放牧することにより、足腰が強く、ストレスもない状態でお産に臨むことができ、長年にわたって子牛を生産できる健康な牛づくりにつながる。
そのほか、農村の景観維持、農業就業者が減少する中での農地管理など、SDGsの観点でも放牧には多くのメリットがある。
放牧による獣害の防止により、作物の安全が保たれ、艶やかな米が実る
宗綱氏は、「放牧は施策で成り立つ」と語る。行政・集落農家・畜産業の連携で始まったレンタカウ制度と山口型放牧は、秋穂放牧利用組合をはじめとした法人や組合の取り組みへと拡大。現在では、県農林総合技術センターからの放牧牛の貸出しなど、放牧促進のために充実したバックアップ体制が敷かれている。
今回視察した秋穂放牧利用組合は、取り組みの一環として、農地管理ができない小規模農家から農作業を請け負い、新しく農業の雇用を生み出す仕組みづくりも実施している。次世代に向け、地域の小学校の見学を受け入れるなど、山口型放牧の持続的成長を目指し、耕畜の双方の発展に取り組んでいる。
山口市の秋穂黒潟地区では6ヘクタールの面積で放牧を実施。視察や見学も受け入れている