「偏りのない」人材と環境を タナベコンサルティンググループ 社外取締役/日本ロレアル 元副社長 兼 コーポレート・コミュニケーション本部本部長/キャリアコンサルタント 井村 牧
男女雇用機会均等法の制定とともにキャリアを築き始めて40年。チームリーダーから管理職、部門長を経て、ボードメンバーにヘッドハンティングされ経営者の仲間入りを果たした井村牧氏。世界的にもまだ少数派である女性経営人材の先達として、女性経営者が「育つ、育てる」プロセスの知見と、経験則に基づく「活躍への提言」を示していただいた。
「会社で仕事、時間で評価」の時代は終わり
社会人の第一歩をパブリックリレーションズとマーケティングの世界で踏み出し、事業会社に転身し経営者となった井村牧氏。2009年から約10年、日本ロレアル副社長を担った。
「経営者を目指したわけではなく、キャリアを積む先にトップマネジメントの重責が最後に残されていました。ロレアルのようなグローバル企業でトップマネジメントに関わる機会は、大きなチャレンジでした」(井村氏)
経営者に育つキャリアプロセスに、女性活躍という言葉はまだなく、むしろ、能力や実績があっても一定の職位以上に昇進できない「ガラスの天井」に多くの女性が直面していた。
「働き方も柔軟ではなく、『会社へ行って仕事をする』『時間で評価する』価値観で、オフィスで長時間働ける人が重宝される時代でした。子育てしながらキャリアアップする苦労は確かにありました。今ならハラスメントで一発アウトな発言や、違和感、驚きが何度もありました。
女性が男性と同じ立場で同じ仕事をする風景が日常化し、当然のことではあっても、やっとたどり着いたという気がします。ただ、社会全体の方向性に、企業も合わせざるを得なくなっただけかなという印象があります。経営戦略と結び付ける発想まで持つ経営者は、まだ少ないのではないでしょうか」(井村氏)
改正法施行で10年延長になった女性活躍推進の現状を、トップマネジメントの視点から評価する井村氏。実は、「女性活躍」という言葉を自ら使うことはない。逆説的にgender equality(平等・公平性)を妨げてしまうと感じるからだ。日本政府が旗を振る女性活躍推進には、genderequalityとwoman'sempowerment(能力発揮・環境)、二つの文脈がある。どちらもDE&Iの一環として支援するのが、本来の姿だ。
「女性がトップに就いたら事業が成長するのか。もし答えがイエスなら全ての会社がそうすべきですが、そんなことはありません。『女性ならではの繊細な感性を生かす』とよくいわれますが、私が育成に携わった経験上で言えば、男性の方がセンシティブで、女性は度胸が据わって大胆です。
つまり、成長戦略を男女の文脈のみで語るのは無理があります。経営人材育成に必要なのは、さまざまな事業領域や部署で収益など責任あるポジションに立ち、マネジメントする経験です。私も自分のミッションが明確になり、企業価値やエンゲージメントという言葉が経営戦略にいかに重要かを日々感じてきました。組織の重要な経営判断をする立場を自覚し、自社の10年、20年先の景色を想像するのがトップマネジメント。不可欠なのはDE&Iであって、男女の違いではありません」(井村氏)
両立支援とバイアス解消は男女共通の課題
国内企業における女性の管理職比率※1は11.1%、役員比率が13.8%、女性経営者比率※2は8.4%。いずれも過去最高だが、男性と比べると少数派にとどまる。経営人材が育つプロセスで、女性のトップが生まれにくい要因は何だろうか。
「運用面では、社員のキャリア形成やライフプランに対応できる設計で、性別に関係なく育児休業や復帰後も無理なく働きやすい環境が整っているか。制度があっても使い勝手が悪ければないのと同じです。
制度以上に重要なのは、リーダーの育成ができる風土が培われていること。異なる経験や背景に基づく新たな視点を企業価値向上に向け、そのための議論が組織内で活発に行われているかということです。
そして何よりも、女性登用を当たり前の目標として前進するトップのコミットメントが必要です。『女性活躍が叫ばれているから』『社会や株主の要請があるから』という理由だけでは続かないし、実現は厳しいでしょう。社員の個をいかに、自社の事業発展の推進力にできるか。その1点しかありません」(井村氏)
制度面では「両立」支援がキーワードの一つになる。井村氏も、出産や育児のライフイベントと仕事のバランスを取ることで長く続けられたと自身の経験を振り返る。ただ、両立が女性のみの負荷になれば、個人にも企業にも成長の妨げになると指摘する。
「両立とは男女共通の課題であって、ライフイベントも同じです。女性だけに配置転換や柔軟な働き方を求めることは好ましくありません。
AIやデジタル化で、私たちは男女関係なく同じリソースにアクセスし情報共有でき、業務効率化で属人化からも解放されました。いつどこでも仕事ができる環境が整うことは大きなチャンス。もしも、まだ社内のデスクにかじりついて遅くまで残業する社員がいるなら、必要なのは女性活躍推進ではなく業務プロセスの改善です」(井村氏)
井村氏には、育休取得時の驚きのエピソードがある。それは妊娠8カ月になるまで、人事に報告できなかったことだ。任された部門長を外されないか。周りに気を使わせてしまうかもしれない。そんな考えばかりが浮かび、なかなか言い出せなかったという。
そうした言いづらさや思い込みのマインドは「アンコンシャスバイアス※3」と呼ばれ、無意識に縛られていることが少なくない。それも自他ともに、である。例えば「子育てで大変そうだから出張は無理だろう」と上司が忖度し人事に影響することもあるが、「それは本当にもったいないし、残念なこと。男性なら大丈夫、というのも実はバイアスです」と井村氏は話す。
妨げとなるバイアスを解消していくアプローチとして、ロレアルではジェンダーではなく個々の差異や価値観、培ってきた多様な経験やスキルにフォーカスし、組織的に生かすことを徹底していた。
「DE&Iで多様な個のぶつかり合いによってイノベーションが生まれることを考えれば、男女に限らず『何かに偏らない』ことが重要です。ロレアルは個や家庭の事情に合わせて、長く休めることよりも、早く復帰してもらうために何が必要かという企業カルチャーで、復帰プランが充実していました。ライフイベントがマイナスになる要素はなく、プラスしかなかったのです。このような職場環境であれば、仕事と全く違う見方や価値観に出合い、悩んでも、何とか乗り切れると気付かせてくれます」(井村氏)
両立とバイアス解消、早期復帰はそれぞれに、個のパフォーマンスを存分に発揮し全社の成長エンジンが高まる解になると言えるだろう。
※1 「女性登用に対する企業の意識調査」(帝国データバンク、2025)
※2 「全国『女性社長』分析調査」(帝国データバンク、2025)
※3 目に見えない偏見、無意識の思い込み。経験や文化、教育、価値観に基づき形成される
ミドルが増えずして、トップは育たない
人材育成投資が限られる中堅・中小企業がその理想に近づくために、井村氏は次のアドバイスを示した。
<女性経営人材を育てるためにまず着手できること>
「経営者自身が変革者になり、現場依存から脱却する」
①評価制度の見直し(量と時間で測らない)
各人の役割、期待、必要なスキルを明確にし、その習得や発揮を適切に評価できる仕組みを整える。また、社内公募制度の活用や、事業環境に応じた役割定義の見直しも進める
②人材配置の適材適所、社外からの人材登用
③スキルとエンゲージメントを高める育成プログラム
共通するのは、経営者自身が変革者になること。性別の違いなく、社員が能力を伸ばし成長機会がある職場を組み立てることで、事業も成長しエンゲージメントが高まり、サステナブル経営につながる。また、トップが多様なライフマネジメントを率先して実行すると、社員のキャリアプランの選択肢も増えていく。結果として、男性も女性も働きやすく経営参画がしやすくなる好循環フローになる構図だ。
「マネジメントを担って思うのは、場数を踏み経験を積まないと、スキルや自分の引き出しが増えず、ピープルマネジメントをすぐに身につけるのは難しいということ。場数は多いほどいいし、ポジションを与えると期待に沿う行動ができるようになります。男女ともにミドルが育たないと、当然、トップも育ちません。
そして、そのサイクルを早く回す。日本企業は練り上げに時間を要し、どうしても遅くなります。ロレアルは良くも悪くも朝令暮改のスピード感があって、何でもトライアルで導入してみることで、経験の数が増えました。完璧はありません。うまくいかないからこそ、学びを生かし新たな改善につなげればいい。描いたストーリー通りに事業が回れば美しいですが、現実の現場に合わなければ意味がありません。ほころびも含め戦略に組み込んでいくことが重要です」(井村氏)
変化適応力だけでなく、経験を積む場数が増える意味でもスピードは欠かせない。また、経験に基づく学びによってファクトが増えると、バイアスが見える化し、解消しやすくなる。データに基づく管理によって評価や人材配置で忖度せずにすみ、より的確な戦略的育成と経営判断が可能になっていく。
「週5日8時間、休憩1時間。旧来と同じ制度で働く時代ではありません。時間軸ではなくタスクを単位に組み立て、例えばワークシェアリングで女性の埋もれた人材をうまく生かすのも、人材不足の1つのソリューションです。キャリアアップの機会にもなり、ライフイベントで働く女性比率が一気に下がるのを避けられます。企業にとっても投資額は大きく変わらず、育成してノウハウを身につけた人材がいなくなるリスクヘッジにもなります」(井村氏)
タナベコンサルティンググループ 社外取締役/日本ロレアル 元副社長 兼 コーポレート・コミュニケーション本部本部長/キャリアコンサルタント
広告・PR・コーポレートコミュニケーション領域で豊富な経験を重ね、グローバル企業の経営中枢で活躍。グレイ大広(現グレイワールドワイド)、電通バーソン・マーステラ(現バーソンジャパン)、電通パブリックリレーションズ(現電通PRコンサルティング)を経て、ビザ・ワールドワイド(現ビザ・ワールドワイド・ジャパン)、日本ロレアルでは要職を歴任。副社長兼コーポレート・コミュニケーション本部長として、企業ブランドと経営を支える重要な役割を担った。企業の第一線で道を切り開いてきた、次世代の女性リーダー像を体現する存在の一人である。現在は社外取締役として、次世代経営人材の育成や健全な企業統治にも貢献している。2019年6月よりタナベコンサルティンググループ社外取締役(監査等委員)。