中堅・中小も「稼ぐ力」を高め、攻めのガバナンスへ
中堅・中小企業のグループ経営では、「会社は大きくなったのに、意思決定と統治は社長の目利き頼み」という状態に陥りやすい。ここで起きる問題は、現場力の不足というより設計不足である。重要案件の判断軸がそろわず、成長投資・人材投資が遅れ、子会社リスク(品質・安全・労務・不正)が見えにくくなり、結果として“稼ぐ力”が削られていく。
経済産業省は2025年4月、「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」と「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」を策定・公表した。狙いは、コーポレートガバナンスを形式的対応で終わらせず、中長期の価値創造と実行(投資・事業変革)へ接続することにある。
ここでいう「稼ぐ力」は、短期の数字合わせではない。資料では「単なる現時点の収益性・資本効率の向上ではなく、中長期的かつ持続的な収益性・資本効率の向上」と明確に定義されている。
上場企業向けの文脈で整理された内容ではあるが、原則は中堅・中小企業のグループ経営にも転用できる。むしろ、子会社が3~4社程度の規模こそ、取締役会(またはそれに準ずる監督機能)で“決め方”を整える効果が大きい。本稿では、5原則をグループ経営の実務に落とす観点を示す。
グループ経営の型として5原則を読み替える
原則1:価値創造ストーリーを構築
原則1は「自社の競争優位性を伴った価値創造ストーリーを構築する」である。中堅・中小企業のグループ経営で重要なのは、これを“事業計画”ではなく、グループとしての勝ち筋の言語化として扱うことである。典型的な失敗は、買収後に「何となく総合力」と語り、資源配分の判断が曖昧になることだ。
取締役会(監督側)が問うべきは、「どの事業で、どの顧客に、何で勝つのか」「その勝ち筋を支える無形資産(人材・技術・ブランド・施工体制)は何か」である。経営陣(執行側)は、PLだけでなくBS/CFを含めて、ストーリーが“資源配分”に落ちる形で示す必要がある(投資・回収・撤退の基準まで含める)。この“ストーリー”が定まると、グループの会議体は「報告会」から「意思決定の場」に変わる。
原則2:適切なリスクテイクを後押し
原則2は、事業ポートフォリオの組替えや成長投資などの「適切なリスクテイク」を後押しすることだ。中堅・中小企業のグループでは、リスクテイクが止まる最大の理由は「慎重だから」ではなく、投資判断の型がないことにある。つまり、投資の可否が“社長の腹”で決まり、説明責任が重くなるほど動けなくなる。
そこで必要なのは、投資を止めないための統治である。経済産業省の事業再編実務指針でも、資本収益性と成長性で事業を点検し、定期的にポートフォリオを見直す重要性が整理されている。中堅・中小企業でも、「事業別にざっくりとした『投下資本』を置き、簡易ROIC(投下資本利益率)などで比較する」「4象限(収益性×成長性)で、投資・改善・維持・切出しを決める」「“黒字でもベストオーナーでない事業”を早期に切り出し、成長投資へ資源を戻す」など、実装可能だ。
取締役会がやるべきは、個別案件の実務詳細に口を出すことではない。投資判断の前提(評価指標、審議の順番、撤退基準)を決め、実行後の検証を回すことだ。
原則3:中長期目線の経営を後押し
原則3は、取締役会自体が短期志向に陥らないよう留意し、中長期目線で成長志向の経営を後押しすることだ。中堅・中小のグループ経営でこの原則が効く場面は2つある。
1つは、短期利益を守るために「人材・DX・安全品質」への投資を先送りする局面。もう1つは、金融機関・株主・ファンドなどへの説明を気にして“無難な計画”に収束する局面である。ここで必要なのは、価値創造ストーリーに基づく資本配分方針を持ち、「なぜ今投資するのか」を説明できることだ。資料でも、価値創造ストーリー構築が中核として繰り返し示されている。
原則4:迅速・果断な意思決定に資する体制を確保
原則4は、マイクロマネジメントを避けつつ、迅速・果断な意思決定に資する意思決定過程・体制を促すものだ。
グループ経営で起きやすい病は、「子会社が増えるほど、親会社の会議が増え、決裁が遅くなる」ことである。ここは“気合”で解決できない。「決裁権限(閾値)と例外承認条件(品質・安全・与信など)を整える」「親会社が握る領域(戦略・資金・重要人事・重要取引・重大リスク)を明確にする」「それ以外は子会社に委譲し、月次KPI(重要業績評価指標)と即時報告ラインでモニタリングする」といった適切な設計が必要だ。
これは、経産省のグループガイドラインが示す「分権と集権の最適バランス」「リスクベースの子会社管理」と同じ発想である。
原則5:指名・報酬の実効性を確保(CEO評価を含む)
原則5は、最適なCEOの選定と報酬政策、毎年のCEO評価を通じた再任判断まで含む。
中堅・中小企業でこれを“やり過ぎ”と思う必要はない。ポイントは、制度を豪華にすることではなく、評価と後継を仕組みにすることである。特にグループ経営では、「親会社社長だけでなく、主要子会社社長の選任・評価・後継をどう扱うか」「グループの価値創造ストーリーに沿って、どのKPIで評価し、どう報酬に反映するか」が核心になる。経産省の報酬手引でも、中長期の企業価値向上に連動する報酬設計(株式報酬、KPI連動、透明な決定プロセス)の考え方が整理されている。上場企業ほどの設計は不要でも、「何を成果と見なすか」を曖昧にしないことが、リスクテイクの質を上げる。
【図表】取締役会5原則
出所 : 経済産業省「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」よりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
中堅・中小グループ経営ですぐに使える実装ステップ
最後に、5原則を“現場で動く形”にする最小セットを提示する。
❶ 価値創造ストーリーを1枚化(誰に、何で勝ち、何に投資し、何をやめるか)
❷ 資源配分のルール(投資判断の指標、撤退基準、ポートフォリオ会議の頻度)
❸ グループ意思決定の設計(決裁権限・例外承認・会議体の役割分担)
❹ 重要子会社の定義(重要子会社を決め、月次KPI・即時報告ラインを統一)
❺ 社長・子会社社長の評価観点(原則1〜4に沿った“年1回の評価”を回す)
まずは上記5項目を行うだけで、ガバナンスは「守り」から「稼ぐ力を上げる攻めのインフラ」へ変わり始める。5原則は、そのための共通言語だと理解すると腹落ちしやすい。
参考資料
経済産業省「『稼ぐ力』のCGガイダンスの概要」
経済産業省「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」、および「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」
経済産業省「事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~(エグゼクティブ・サマリー)」
経済産業省「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)エグゼクティブ・サマリー」
経済産業省「『攻めの経営』を促す役員報酬~企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引~」