企業を取り巻く環境変化
現在、企業を取り巻く経営環境は大きく変化している。背景の1つは、金利上昇とインフレである。
世界的なインフレの影響を受け、企業の加重平均資本コスト(WACC)は当面、高止まりしやすい状況である。
WACCとは、企業が事業活動のために資金を調達・維持する際にかかる費用であり、借入利息などの負債コストと、配当や株価上昇期待に相当する株主資本コストから成る。投資家が求める最低限の収益率(ハードルレート)でもある。
日本でも賃金と物価が上昇しており、従来のような低コストでの資金調達を前提とした事業ポートフォリオ構築は成立しにくい。グループでは「売り上げ成長」よりも先に、資本効率(ROIC:投下資本利益率、CCC:キャッシュ・コンバージョン・サイクル、在庫回転、固定費の硬直性)を基準に事業を選別する傾向が強まっている。
2つ目は為替変動の影響である。海外に多くのグループ企業を抱える場合、利益は事業の「実力」だけでなく、「通貨の基軸」によって見え方が大きく変わる。円相場は変動しやすく、通貨要因で連結PL(損益)がゆがみ、結果として事業の強さ以上に、販売・調達・生産・借入の通貨ミックス次第で「見かけの利益」が上下し、意思決定が誤誘導されやすくなる。
3つ目は地政学リスクとサプライチェーンの変化である。最安調達よりも「止まらない供給」が価値になる。ロシア・ウクライナ紛争や中東情勢など、各地の紛争の影響をいかに最小限で回避するかが大きな課題である。結果として、固定費・在庫・監査コストは増えやすく、資本効率の悪化につながる。これを抑えるには、代替可能な設計(部材の共通化、仕様の標準化)、サプライヤーの健全性モニタリング、需給の全社最適化が不可欠である。
4つ目は産業構造の変化である。AI、脱炭素、各種規制は「グループの境界」を揺るがし、事業構造を組み替えるきっかけになり得る。
とりわけAIは単なる効率化ツールにとどまらず、価値の発生地点を「現場ノウハウ」から「データとその利活用」へ移す。AI導入の成否はデータの権限、KPI(重要業績評価指標)設計(成果の帰属)、ガバナンス(品質事故、著作権、機密)の在り方で決まる。
次に脱炭素であるが、これはコストや倫理ではなく「取引資格」へと変わりつつある。脱炭素は意識の高低の問題ではなく、一定の基準を満たすことでサプライチェーンに参画できるかどうかを左右する要件になり始めている。例えばカーボン情報の開示、調達、金融条件などを通じて、CO₂が「影の通貨」として扱われる取引環境が今後確立・定着する可能性もある。
また、国際税務、データ、セキュリティー、輸出管理、下請・競争政策などの各種規制強化により、「グループだから自由に動かせる」という前提は弱まっている。そのためグループ内の役務提供、ロイヤルティー、資金移動は説明責任のコストが増え、監査対応は意思決定のスピードを落とす要因になり得る。ゆえにコンプライアンスは守りではなく、意思決定を速めるインフラと捉えるべきである。標準契約、文書テンプレート、マスター整備を進めることが、グループの機動力向上に直結する。
これまで述べてきたように、世界経済の構造変化により、企業価値を高めるための資本コストは上昇しており、従来の延長線上の戦い方だけで高い成長を持続的に維持することは非常に難しくなっている。
企業価値を高めるには、単独で生き残るだけでなく、グループ化してより多くの付加価値を生み出し、グループ全体の付加価値を高めることが求められる。その具体策として、ホールディング体制へ移行し、事業ポートフォリオ改革を柔軟に進めながら、グループシナジーの最大化を図る企業が増えている。結果として、中堅企業や上場企業を中心に、グループ経営を実践する企業数は増加傾向にある。
グループ経営における課題
コンサルティングの現場で、グループ経営における課題としてよく聞く項目は次の通りである。企業価値向上を考える上で、解決しなければならない課題である。
● グループとしての存在意義(シナジー)が曖昧で、複雑性・間接費だけが増える
● PL偏重で、投下資本・運転資本を含む実力(ROIC/CCC/FCF)が明確でない
● 本社機能(企画・管理・ITなど)が肥大化し、意思決定が遅くなる
● 権限と責任の境界が不明確で、本社は口を出すのに責任を取らない/子会社が独走する
● 標準化(データ・マスター・契約・業務・IT)が進まず、共同購買・需給統合・横串管理ができない
● 配賦(本社費・共通費)ルールが不透明で、反発や部分最適が生じる
● 内部取引や移転価格が複雑化し、採算責任が曖昧になり税務リスクも高まる
● 人材の最適配置ができず、人材流動性が低い
● 評価・報酬制度が子会社最適を促し、統合・共通化・撤退に協力するインセンティブが弱い
● リスク管理が子会社任せで、問題が起きるとグループ全体に波及する
● サプライチェーンの複線化によりコストや在庫、固定費が増え、資本効率が悪化する
● PMI不足で、M&A後にシステム・人事・文化・KPIが統合されないためシナジーを発揮できず、連結しただけになる
● グループ内で目標・KPIが乱立し、現場が何を優先すべきか分からなくなる
これらは、グループ経営を実践する多くの企業にとって複数当てはまる課題ではないだろうか。これらを解消した上で、なぜグループ経営が有効なのか、そのために整備すべき条件について述べる。
グループ経営が望ましいかどうかは、グループシナジーを実際に発揮できる状態をつくれるかで判断すべきである。シナジーを発揮するために必要な要件は次の3つである。
❶ シナジーの数値化(共同購買、クロスセル、共通基盤の削減額など)
❷ 撤退判断のルール化(撤退条件、売却方針、減損ルール策定など)
❸ 本社機能の生産性向上(本社が生み出す価値を明確にする)
これらを整えられない場合、グループとして維持するより分割した方が合理的である。
グループシナジーを発揮するには、次の3点を実装すべきである。
ROIC・CCC・撤退判断基準に基づく事業判断
1点目は、ROIC・CCC・撤退判断基準に基づく事業判断である。金利、人件費、在庫コスト、サプライチェーン冗長化コストが上昇する局面では、固定費と運転資本が膨らむ傾向が強まり、PLは黒字でもキャッシュフローがマイナスになり得る。したがって、単に「PLで儲かっているか」ではなく、投下した資本に対してどれだけ価値を増やしたかで事業を評価することが重要である。
代表的な指標がROICとCCCである。ROICは、事業に投じた資本(自己資本+有利子負債)を用いて、どれだけ効率的に税引後営業利益を生み出したかを示す指標である。
また、CCCは、資金が回収されるまでの日数を示し、「棚卸資産回転期間+売上債権回転期間-仕入債務回転期間」で算定される。期間が短いほど資金効率が高く、安定した経営状態である。これらを用いて撤退判断基準をあらかじめ設定することが重要である。
撤退判断基準を設計する上での要点は3つある。
① 事業はPLではなく、資本(BS)を含めて採点する
② 例外(戦略事業の育成や規制対応など)は考慮するが、期限・条件・達成KPIを設定する
③ 撤退は失敗ではなく、資本回収の成功として扱う(評価・人事とも連動させる)
撤退が進まない最大要因は、心理会計(サンクコスト)と人事(失点恐怖)である。そのため撤退は「判断」ではなく「手続き」へ落とし込む必要がある。具体策は次の3つである。
1つ目は、撤退トリガーを事前に定義すること。2つ目は、撤退の選択肢を「縮小(SKUや顧客を捨てる)」「分離(切り出し、JV化、売却)」「清算(撤退)」の3段階で用意し、ゼロか100かを禁止すること。そして3つ目は、人事評価の加点ルールとして「撤退を提案し、条件に基づいて資本回収した人」を評価することである。このルールがなければ、撤退は永遠に起きない。
また、重要なのは、ROICやCCCを単なる財務指標として扱わず、「現場の言葉」に翻訳し、現場にとって「自分の仕事に関係する指標」にすることである。
例えば、ROIC改善は値上げ(価格決定権)、原価低減(設計・調達)、固定費の変動費化、資本削減(遊休設備、過剰在庫、与信)といった業務に落とし込める。また、CCC短縮は仕様の共通化による在庫日数の圧縮、需要予測精度の向上、契約条項や与信モデルの見直しによる回収早期化といった実行策に落とし込める。指標と現場アクションを結び付けた運用が、撤退・縮小・統合を機能させる前提である。
標準化による無駄な資本コスト低減
2点目は、標準化(設計・契約・データ・部材)による無駄な資本コスト低減である。まずはデータ(品目、取引先、契約、原価要素、COA:勘定科目)の標準化を最優先に実施すべきである。これが整わなければ共同購買、連結管理会計、AI活用はいずれも機能しない。
契約については、価格改定、不可抗力、納期、品質、責任分界、監査権などを標準条項化すべきである。部材については、共通部材・代替部材、承認済みベンダー(AVL)を統一し、設計についてはモジュール化、インターフェース標準など、置換しやすい設計を進めるべきである。これらを共通化することで、無駄な資本コストを抑え、グループシナジーを発揮しやすくなる。
標準化が進まない主因は、子会社にとって標準化が「自由の喪失」に映り、効果が自社に還元されにくいことにある。加えて、移行作業、データ整備、例外処理といった負担も障壁となる。
対策としては、共通基盤を「本社コスト」として一括配賦するのではなく、使用量課金にして、使うほど得になる内部プライシングを設計することが有効である。
また、標準化KPIを順守率ではなく「交換可能性」を示す指標(例:代替供給へ切替可能な品目比率)に置き換えることも考えられる。さらに、「標準を決める権限」を明確にし、合議ではなく最終決定者(アーキテクト)を置くことで、意思決定の遅延や例外の増加を抑えられる。
事業実力を測れる管理会計への進化
3点目として、事業実力を測れる管理会計を整備しなければ、為替・会計・配賦の問題は数字の誤りに留まらず、誤った最適化に導きかねない。
例えば、円安で海外子会社の利益が膨らみ、実力以上に投資したり、連結調整や配賦により黒字に見え、撤退判断が遅れる場合もある。必要なのは「正しい会計」そのものではなく、誤った意思決定が起きにくい会計へ進化させることである。管理会計の設計では、とりわけ海外子会社を含むグループ経営において、事業の実力を測れる損益を用意することが重要である。具体的には、為替を一定レートやローカル通貨で固定し、事業の変数だけを評価できる仕組みが有効である。併せて、一過性損益や会計処理の差異を調整し、事業の実力を見える化する必要がある。
さらにキャッシュフローについても、運転資本増減、設備投資、撤退コスト、在庫評価の影響まで含めて捉え、ROICやCCCとつないで見ることが欠かせない。
また、管理会計は配賦ルールによって損益の見え方が大きく変わるため、配賦の設計も重要である。
原則は利用量(ドライバー)ベースで配賦することである(IT費用ならアカウント数・取引件数・データ量、人件費なら社員数・採用数・人件費など)。一方、取締役会運営や監査費用のようなグループの「公共財」は固定配賦でも良い。
運用面では例外を減らすことが要点であり、例外を「無料」にしないために例外手数料を設け、標準化を促すことも有効な対策である。
ここまで述べた「管理会計の進化」の目的は、「正しさ」の追求ではなく「自己矯正」できる仕組みの構築である。
すなわち、資本が滞留しないように撤退や再配賦が自然に起きるよう事業の実力を可視化すること、代替不能性が増殖しないように例外が増えるほどコストが上がる設計にすること、錯視による誤投資を防ぐために複数により検算できる設計にすることである。これにより、グループ経営は「優秀な誰かの勘」ではなく、仕組みによって持続的成長を導く羅針盤となる。
以上、グループシナジーを発揮するために実装すべき3点を提言した。ぜひ、自社の実情に合ったやり方で、実装を推進していただきたい。
タナベコンサルティング 取締役
収益・財務戦略構築を専門分野として、建設、住宅、製造、小売業など幅広い業界でコンサルティングを実施。企業再生、組織再編、事業承継などのターンアラウンド支援も数多く手掛けてきた。「1社でも多く企業の成長を誠心誠意サポートする」をモットーに、さまざまな経営課題を解決に導く経営者のパートナーとして高い信頼を得ている。