スペシャリストとして「世界のSAKAI」へ
道路建設機械というニッチな市場に、あえて経営資源を集中する戦略を取るスペシャリストとして成長を遂げてきたのが酒井重工業だ。アスファルト舗装工事用のロードローラーは1tの小型から5t超の大型、汎用・高機能モデルまで幅広く展開。維持補修工事用で路面を削るロードカッター、路盤を再生するロードスタビライザーなど、道路施工における品質力を磨き続けている。
また、道路配合設計、運用・メンテナンス、技術指導・人材育成まで、道路工事全体のトータルサポート事業も展開。モノだけでなく、道路建設機械・材料・工法を組み合わせるコトのビジネスモデルを構築している。
同社の実績に基づく信用は、最大の強みである品質力が培ってきた。アスファルトや土を圧縮して固め、すき間をなくす締め固め技術は、舗装密度が1%上がると道路寿命が10%延びるという研究結果がある。振動技術と、振動に弱い機械と居住作業性を改善する防振技術、相反する2つの技術を併せ持つ独自のものづくりが差別化要因となっている。
同社は、企業理念である「道路建設機械事業を通じて世界の国土開発という社会事業に貢献する」を体現するために、専門分野で販路を世界に広げるグローバルニッチ戦略を推進。日本・インドネシア・米国・中国に製造・販売・サービス拠点を構える供給体制で、世界100カ国以上で事業を展開。さらに、開発途上国に対してODA(政府開発援助)を活用した技術移転を行うことで、「世界のSAKAI」ブランドの浸透にも成功している。
2本柱の戦略で「在るべき姿」を描く
順調に進んでいた事業展開に転機が訪れたのは2020年。コロナ禍の影響により、2021年3月期の海外売上高は前々期比で51億5700万円の減少を余儀なくされた。落ち込んだ海外売上高と需要を回復し収益性や投資効率も高める戦略として、2021年に公表したのが、2022年3月期から2026年3月期までの5カ年を対象とした「中期的な経営方針」である。
中期経営方針は、PL(損益計算書)中心の安定志向経営から脱皮し、事業成長と資本政策の2つを柱に「在るべき姿」を目指す戦略を描き出す。DXや脱炭素、省エネなど社会構造の転換期を事業発展のチャンスと捉え、新たな競争力を高める経営にモデルチェンジする狙いだ。また、東証プライム市場への上場を維持するために、経営の高度化と企業価値の向上を図る旗印にもなる。
事業成長戦略では、道路建設機械における世界一流のグローバルニッチ企業になるべく、5年間で売上高300億円へ、また長期的には500億円へと成長する目標を定めた。特に、インフラ投資が続く海外市場を伸びしろとして重視。米国市場のシェアは5%から8%に、ASEAN(東南アジア諸国連合)市場開拓のハブとなるインドネシアはシェア30%から40%へと海外シェアの拡大を目指し、ローラーだけでなくカッターやスタビライザー工法の拡販、次世代技術による新事業開発も推進する。
また、高いシェアを維持する国内市場では、市場の成熟化が進む中でも政府の国土強靭化政策を追い風に、より安定性の高い事業展開を目指している。同社は、ICT施工に対応した転圧管理システム(土壌や舗装材の転圧作業を管理するシステム)や自律走行式ローラーなど、次世代技術を活用した高付加価値ビジネスを始動している。
資本政策戦略で目指すのは、「グローバル水準の企業経営への脱皮」である。企業価値や株主価値を高める経営に変えるために、資本効率や資本収益性、株主還元の取り組みを強化。KPI(重要業績評価指標)として、事業はROE(自己資本利益率)、成長投資はROIC(投下資本利益率)、株主還元の配当はDOE(株主資本配当率)を基軸に、2026年3月期にROE8%、営業利益31億円、安定的な配当性向50%(DOE4%)を目指す。
研究開発では、新技術を活用した次世代事業の成長へ、中長期開発ロードマップを作成。CAE(コンピュータによる工学支援システム)などDXへの積極投資で開発リードタイムの短縮、生産性向上を目指す。また、自律走行式やEV(電気自動車)化など、次世代につなぐ開発コンセプトを、品質・安全性・生産性の「Smart Compaction Tryangle」に定め、売上高の3~4%水準の研究開発投資を維持するとした。
次世代技術で高付加価値化を目指す
国内事業の安定化、海外事業の深耕と拡大、次世代技術による魅力ある新製品開発とサービス提供を目指す同社の中期経営方針は途上にあるが、すでに国際競争力の向上と安定的な事業収益構造を確立し、2022年に東証1部から東証プライムへの市場変更を果たしている。
2024年3月期は、売上高330億2000万円、営業利益33億1800万円と増収増益で、海外売上比率は57%に回復。自己資本当期純利益率も9%と、KPIは前倒しで全て達成した。当期純利益は24億4000万円、自己資本比率は65.8%、原価率は71.6%に改善するなど、収益構造でも成果が生まれている。
中計で重視する海外市場は、世界中から競合企業が集まり厳しさが増す北米市場で売上高97億円と好業績を収めた。アジア市場も、ASEAN展開のハブとなるインドネシアに新たな現地生産拠点を開設し、売上高は37億9300万円に増加。また、アフリカ・オセアニア・中南米などの新市場でも前年比倍増の売上高を記録した。
同社にとって、海外市場は世界的なコングロマリット企業の建設機械事業部門が競争相手になる。だが、専門性の高い分野で規模の大きさは強みではないと位置付け、独立企業として自社技術を継承・練磨した専門性を強みに、ビジネスチャンスを切り開いた。道路には強度だけでなく長寿命や平坦性、乗り心地なども求められ、世界中の土の質は全て異なる中で、現地に最適な締め固め技術を提案できることがアドバンテージとなっている。
グローバルニッチ戦略において、国際的な政情不安や為替レートの変動などの不安定要因は避けられない。そのため今後も、事業成長と資本政策の2本柱の戦略を継続し、海外市場全体でODA案件から先行して取り組むことで、新たな市場・事業領域を生み出している。
次世代技術の事業化では、自律走行式ローラーが現場デモンストレーションを終えてビジネス化が始動。EV開発では、国内初のオール電動ローラーが販売予定で、高付加価値化は着実に進展している。
締め固め技術は道路の地下、目には見えないところで歳月を重ねるほどに品質の違いが表れる。それは持続可能な企業経営にも共通する姿だ。中長期の物差しで、すき間を埋めて長寿命化し、未来をつくり出す“経営の締め固め”が求められている。
酒井重工業(株)
- 所在地 : 東京都港区芝大門1-9-9 野村不動産芝大門ビル5F
- 創業 : 1918年
- 代表者 : 代表取締役社長 酒井 一郎
- 売上高 : 330億2000万円(2024年3月期)
- 従業員数 : 618名(2024年3月現在)