メインビジュアルの画像
モデル企業
モデル企業
【企業事例】優れた経営戦略を実践する企業の成功ストーリーを紹介します。
モデル企業 2024.01.06

海外で勝てる「和の心」のサービス品質 セーレン


出所 : セーレンの会社概要を基にタナベコンサルティング戦略総合研究所作成

 

精練せいれんというシルクの洗い加工に端を発し、今やEV(電気自動車)・IT・バイオ・宇宙の分野にまで技術を応用して事業フィールドを広げている明治生まれの長寿企業、セーレン。業界の常識を覆す企画・製造・販売の一貫体制から生み出される多種多様な製品・サービスを、海外9カ国18拠点、国内23拠点で同時供給し、世界規模での圧倒的な競争優位性を築き上げている。

 

 

常識を破って活路を切り開く

 

1889年に福井県福井市で創業したセーレンは、絹織物の精練業に始まり、各種繊維品の染色加工やポリエステル・ナイロンなどの合成繊維の加工を手掛けてきた。長きにわたり磨き抜かれた精緻な技術は、衣料のみならず車輌しゃりょう資材、建築資材、医療機器、電子部品など、あらゆる製品・素材に応用されているが、その可能性を開花させたのは、常識破りの大胆な改革だった。代表取締役副社長執行役員の川田浩司氏は、次のように語る。

 

「以前のセーレンは、商社や原糸メーカーから依頼を受けて、指示通りに製造する賃加工の下請け企業でした。自分たちの手掛けた製品が、誰にどのような形で使われているかも分からない。分業による大量生産が繊維業界の常識だったのです」

 

明治以降、日本の近代化を支える基幹産業として発展してきた繊維業界だが、1970年代以降はオイルショックにより原材料価格が高騰。さらに、中国や東南アジア諸国の台頭、円高の影響などで需要は激減していた。そのどん底からセーレンを起死回生させたのが、代表取締役会長・最高経営責任者の川田達男氏である。

 

経営危機の最中、達男氏は自動車業界向けに繊維素材のカーシートを企画開発。これが塩化ビニールに代わる新素材として大ヒットし、瞬く間に主力事業となった。その功績から、1987年に47歳で社長に抜てきされた達男氏は、創業99年目の1988年に改革を断行。翌89年には「ビジネスモデルの転換」「非衣料・非繊維化」「IT化」「グローバル化」「企業体質の変革」という5つの戦略を掲げ、受け身体質の“下請け業”から脱却することを宣言して、企画から製造・加工・販売までの一貫生産体制を1990年代に構築した。

 

その後のセーレンを語る上で特筆すべきは、商品力を高めるために「まさかそこまで」と思われるようなものまで、全て自社開発しているということだ。例えば、服飾素材・車輌資材・建築資材などに高精度の加飾印刷ができる「ビスコテックス®」という独自システムは、インクジェットプリンター装置、その中に使われているヘッドなどの電子部品、垂直・平行を制御するソフトウエア、インクに至るまで「自前主義」を貫いており、その技術は人工血管や人工衛星にも応用されている。

 


セーレンは福井県や東京大学などと連携し、超小型人工衛星「CubeSAT(キューブサット)」を開発。
2021年3月の打ち上げ成功後、複数機が軌道に投入され、データを地上に送信している

 

 

現地でも日本と同等のサービスを提供

 

「『繊維に関することなら、全てお任せいただけるように』という一心で取り組むうち、さまざまな業界の方から『こんなことはできるだろうか?』とご相談が寄せられるようになり、事業フィールドが多彩に広がっていきました」(浩司氏)

 

海外事業が軌道に乗ったのも「一貫生産体制」が確立してからのことだ。

 

「賃加工をしていた1960年代、1970年代にも海外へ進出しましたが、当時は何の戦略も持たずに利益を度外視した技術指導を行ってしまい、採算が取れずに撤退した苦い経験があります。

 

その教訓もあって、1994年に本格スタートしたグローバル展開では、企画・製造・販売の全てを自社で行い、お客さまに品質・納期・価格を保証できる一貫生産体制を構築しました。2001年以降に設立した海外拠点は、ブラジルとタイの一部の少数株主を除いて独資です」(浩司氏)

 

すでに進出している国は、タイ(1994年)、ブラジル(1997年)、米国(2001年)、中国(2002年)、フランス(2011年)、インド(2012年)、インドネシア(同)、メキシコ(2014年)、ハンガリー(2021年)と9カ国に上る。その多くは日系自動車メーカーの進出先と連動している。浩司氏によると、海外進出の際に最も重視しているのは、現地でいかに日本と同等のサービスを提供できるかという点であるという。

 

「現地法人には、100名規模の場合3、4名、200名規模の場合5、6名の日本人社員が出向し、後は現地で採用するのですが、生産を開始するとさまざまな文化の壁にぶつかります。納期を守る、部品や道具をきれいにそろえて並べる、ごみが落ちていたら拾う、上司が見ていなくても手を抜かない。こうした、日本に生まれ育った私たちが基礎教育の中で身に付けてきた『自律する力』は、必ずしも世界共通ではないのです」(浩司氏)

 

しかし、伝え方を間違えれば、日本本社から現地工場への一方的な押し付けと受け止められ、摩擦が生じてしまう。そこでセーレンでは、経営トップが世界中の拠点にきめ細かく足を運び、敬意を尽くして顧客をもてなす「和の心」をさまざまな角度から伝えている。

 

「まず、私たちは現地でナンバーワンのサプライヤーを目指していることをしっかりと伝えます。そして、そのために日本ではどのようにしているのかを実際に見て、感じてもらいます。現地スタッフを日本に招くと、工場に到着する前に、キャビンアテンダントの丁寧な所作や、カートが整然と並んでいる空港の美しさに驚嘆します。

 

一方、日本人スタッフも、海外の現地に行って学ぶことが多々あります。日本流か現地流かという話ではなく、『お客さまに喜んでいただける理想の製品・サービスを共に追求していこう』という目的観を共有し、一人一人の思いを柔軟に紡いでいった結果、文化的なギャップは解消していきました」(浩司氏)

 

ここに至るまでの道は決して平坦ではなかったが、言語や文化を超えて響き合うことは可能だと浩司氏は断言する。

 

「日本には古くから『お天道さまが見ている』といった考え方が浸透していて、ルールで縛らなくても、自分で自分を律することができます。私は18年間の米国駐在中に、『セーレンの一人一人が自律の力を磨けば、圧倒的に差別化でき、海外市場でも間違いなく勝てる』という確信を得ました」(浩司氏)

 


同社が開発した合成皮革「QUOLE®(クオーレ)」は、軽量性に優れ、本革の4倍の耐磨耗性を実現。
環境対応車への採用が増えている