相鉄ホールディングス 経営戦略室 第三統括担当課長 塩﨑 匠氏と、
ムービー「父と娘の風景」に登場する相鉄キャラクター「そうにゃん」
宣伝色ゼロで「ユーザーの物語」を描く
相鉄デザインブランドアッププロジェクトを監修するエグゼクティブクリエイティブディレクターの水野学氏(good design company代表)をはじめとする制作チームと検討を重ねる中、「企業からの一方的なメッセージで終わらないように、多くの方から共感を得られる発信をしていこう」という方針を決定。『100 YEARS TRAIN』と題した記念ムービーのコンセプトは、大正・昭和・平成・令和と4つの時代を超えてつながる相鉄線利用客の淡い恋物語を描いた3分半の短編映画だ。通常の企業広報の域をはるかに超える壮大なムービー制作は、2019年の公開の約2年前からスタートした。
「車両は当社のシンボルですので、細部までこだわりました。昔の図面を引っ張り出してきて、つり革や座席シートなど実物を使用した小道具に加え、4時代全ての車両をCGで忠実に再現しています」と塩﨑氏。主役を演じた俳優の二階堂ふみさんと染谷将太さん、エキストラの服装や持ち物にも、当時のカルチャーがリアルに落とし込まれている。さらに、「つながる」というムービーのテーマにちなんで、くるりの『ばらの花』とサカナクションの『ネイティブダンサー』という既存曲を組み合わせて作ったマッシュアップの楽曲を挿入歌として使用した。
このムービーには、宣伝色が一切ない。企業としての告知情報はムービーの最後、わずか5秒間だけ浮かび上がる「相鉄は都心直通」の7文字だけという徹底ぶりだ。
約2年間という制作の過程では、「ここまで“広告”を削ぎ落としたムービーに賭けて本当に良いのだろうか?」と社内で不安の声が生じたこともあったが、クリエイティブチームと常にゴールイメージを共有しながら意志を統一し、「やるしかない!」という強い気持ちを貫いた。
同社の意気込みは、作品を介して多くの視聴者の心を揺さぶった。ノスタルジーな物語の世界観に没入できる100 YEARS TRAINは、総再生回数660万回※を超えて大きな話題となり、相鉄お客様センターには「泣けた」「沿線に住みたくなりました」など感動や喜びのメッセージが数多く寄せられた。「X(旧Twitter)では、多くの相鉄ユーザーの方々が『俺たちの相鉄』という言葉を使って拡散してくださって、本当にうれしかったです」と、塩﨑氏は顔をほころばせる。
相鉄東急直通記念ムービー『父と娘の風景』(2023年)
新しいことに挑戦する企業の姿を発信
100 YEARS TRAINを見て入社を希望したという新入社員が現れるほど、リクルーティングの面でも大きなインパクトを与えた相鉄都心直通記念ムービーは、社内の意識も一変させた。横浜港を想起させるオリジナルのネイビーカラー「YOKOHAMA NAVYBLUE」を基調として、ノスタルジーをまといながらも経年劣化しないエレガントなイメージを醸成していくというデザイン戦略は、部署を超えて全社に少しずつ浸透していった。
しかし、「都心直通1周年記念イベント」を予定していた矢先の2020年、新型コロナウイルス感染症が拡大。人々の移動が制限され、鉄道事業は大きなダメージを受けた。
「社会全体が思うように身動きできない状況の中、人々の心を打つメッセージとは一体何だろうと考えました。その結果、『鉄道って、やっぱり良いよね』という気持ちとともに、あらためて利用者の方々への感謝の気持ちを伝えたいという結論に至りました」(塩﨑氏)
2023年、同社は2作目となるムービー『父と娘の風景』を公開した。小学生から高校卒業までの12年間、揺れ動く相鉄線の車両の中で、幼少期・思春期・反抗期を経ながら変化していく父と娘の感情を丁寧に表現した物語だ。
父役に俳優のオダギリジョーさん、娘役には「櫻坂46」の山﨑天さん、さらに2人の「そっくりさん」を25人ずつ集めて起用。100 YEARS TRAINで社内外の心を動かしたフィルム・ディレクターの柳沢翔監督が再びメガホンを取り、年齢ごとの父娘キャスト総勢50人が25台のループ車両で繰り広げる時間差演技をワンカットで収めるという前代未聞の撮影に挑戦した。音楽は、幅広い世代から支持を受けるラッパー・PUNPEEの代表曲『タイムマシーンにのって』とハナレグミの名曲『家族の風景』をマッシュアップ。父と娘の物語の世界観を表現した。
公開後、その反響は海を超えて世界に広がり、放送批評懇談会「第61回ギャラクシー賞」の「CM部門」優秀賞のほか、「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル2023」の「Film Craft部門」で2つの金賞を受賞するという快挙を達成。コメント欄には、ユーザーが相鉄に関わる自分の物語を思い思いに書き込む様子が見られたという。
「この物語には、長年にわたって相鉄をご利用いただいている方々ならではの光景が描かれています。100 YEARS TRAINを上回る作品を、という思いでチーム一同制作に臨みましたが、私たちの想像をはるかに超える反響でした」(塩﨑氏)
鉄道会社としては前代未聞の映像制作プロジェクトを通し、ブランディング・PRの波及効果を実感したと語る塩﨑氏。同社は、「役に立つムービー」ではなく「世界観を伝えるムービー」により、共感が拡散するコミュニケーションを行い、自社のブランドシフトを実現したのである。
映像によるプロモーションだけでなく、自然体験イベント「Yokohama Nature Week」などのコミュニケーション施策も実施している同社。今後も行政や地域市民と連携しながら、相鉄線沿線の自然の豊かさを体験できる機会を提供していく方針である。
※ 公式YouTubeなどのオウンドメディアおよび各メディアでの再生回数の総計
相鉄ホールディングス (株)
- 所在地 : 神奈川県横浜市西区北幸2-9-14
- 創業 : 1917年
- 代表者 : 代表取締役社長 滝澤 秀之
- 営業収益 : 2700億3900万円(連結、2024年3月期)
- 従業員数 : 5075名(連結、2024年3月現在)