【図表1】キータレントマネジメントアセスメント体系図
出所 : 三井化学コーポレートサイトよりタナベコンサルティング作成
キータレントマネジメント開始から8年目を迎えた2024年、キータレントは約400名、経営者候補は100名程度に上る。部門別人材育成委員会でキータレントを、全社人材育成委員会でCEOやCxO、本部長などの経営者候補を議論し、選定する。各ポジションの要件や、経験を通じてどのような力が付くのかを言語化し、最適な人材を対話して決める。
個別の育成計画の承認や成果の確認も、同様のスキームでパフォーマンスやコンピテンシー※1を毎年アセスメントレビュー(評価・分析・振り返り)していく。メンバーは入れ替わりと継続、どちらの可能性もある。
キータレントマネジメントで用いられるコンピテンシーの評価手法には、3パターンある。①業績評価と連動したコンピテンシー評価、②リーダーシップ開発プログラムにおける360度評価(プログラムの前後比較)、③コンピテンシー以外の性格特性や潜在的な資質だ。
「③については、ストレスを感じる時に内的資質に影響されやすいため、指標として用いています。普段はタフでも、未知な状況での耐性などは各自異なるので、さまざまな角度から一人一人を見極めています。
キャリア開発の育成プログラムは、一般的な人材育成のフレームワークと同じです。70%が経験、20%がフィードバックによる気づき、残りの10%がインプット学習で、OFF-JTとOJTの両輪で育成プランを作成します。当社の場合、『どんな期待値に基づいて経験を重ねるか』を重視し、上長や本部長クラスからのフィードバックも実施しています」(小野氏)
注目したい同社の研修が、経営活動にポジティブな変化を起こす戦略対話型の「エグゼクティブコーチング」だ。コーチング開始前に、自身が無意識に発している組織へのインパクトや、リーダーやメンバーが「自分たちの現状についてどう感じているか」について、また自身がこうありたいという「理想の姿」を認識できるように、特定のツールを使用して可視化する。
それにより洗い出された組織課題や、自身のリーダーシップ課題からコーチングのテーマを決め、プロコーチが任されたポジションでの戦略実践に伴走。約10カ月間のコーチングによって生まれた変化を可視化することで、マネジメント力が向上する。
「エグゼクティブコーチングを通じて、アサーティブなコミュニケーション※2ができるリーダーを育て、組織を生かす行動変容を起こすことが目的です。階層が上がるほどプレーヤーとしてではなく、チームをつくり動かすこと、フォローされるリーダーになることが大事になります。経営者候補がコーチングを通じ良質な対話を経験することで、CX(コーポレートトランスフォーメーション)を促し、オープンに本音を言い合える議論ができます」(小野氏)
同社ではこの他にも、経営リテラシーの獲得とグローバルネットワーク構築を目的としたプログラム「グローバルリーダーシップ研修」、グループの戦略・文化の理解促進やリーダーシップスキル獲得を目指すプログラム「グローバルマネジャーセミナー」など、グループ・グローバルに活躍するための多彩な経営人材育成プログラムが実施されている。
【図表2】キータレントマネジメントプロセス
出所 : 三井化学コーポレートサイトよりタナベコンサルティング作成
こうした人材戦略の成果の1つが、「後継者候補準備率」の推移である。VISION2030の非財務KPI(重要業績評価指標)として、「後継者候補準備率(戦略重要ポジション)」を掲げ、対外的にも公開。「コーポレートガバナンス・コードによるサクセッションプラン規定を考慮すると、自然な流れ」(小野氏)だったと言うが、非財務KPIとして公開することで実効性も高まっており、現状は2021年度233%、2022年度211%で推移。戦略重要ポジション1つに対し、2人以上の後継者候補が育成できている状態であり、「2030年度250%」の目標達成に向けて順調に進んでいる。
また、キータレントマネジメントのメカニズムにのっとって選定されるCxOや本部長の活躍についても、目に見える成果と言える。
「VISION2030の実現に向け、企業を変革する経験を重ねる中で、経営視点を養うキータレントも多数。さらなるキータレントマネジメントの運営と改善を重ね、今後はCEOやCxOの選定要件にもつなげたいと考えています」(小野氏)
小野氏に経営者人材育成における今後の課題を聞くと、「多様性」「包摂的タレントマネジメント」というキーワードが浮上した。
「課題の1つが多様性です。社会課題視点のソリューションビジネスへの変革やDXで、より大きなCXが求められます。CHRO(最高人事責任者)やCFO(最高財務責任者)も人事や経理の担当役員ではなく、担当領域外も理解するCxOとして、全社変革を推進していく存在に変わります。外国籍や女性活躍、中途入社など人材マネジメントも多様化が必須ですし、本当の意味で経営者候補を育てるには、経営チームとしてどうあるべきか、その育成パスにどんな経験が必要なのか、より解像度を上げていくことが重要です。
また、リーダーだけでなくフォロワーを含め多様な能力を持つ人材が掛け合わさって、新たな社会課題を解決できる能力も発揮できるように。今は選抜型のキータレントマネジメントが中心ですが、これから先は包摂的なタレントマネジメントで、グループ全社員の人材戦略ができれば良いと考えています」(小野氏)
2023年2月にはグループ統合型人材プラットフォーム「Workday」を全拠点で導入。経営人材だけでなく各層の人材情報を、グループ統一基準でリアルタイムに管理・見える化できるなど、人材戦略においてさらなる変革へ一歩を踏み出している。
強い経営チームをつくり、育てる。人的資本経営の重要性が増す中、それは企業規模を問わず、自社を未来へつなぐための合言葉となっている。
※1 高いパフォーマンスを発揮する人に共通して見られる行動特性
※2 相手の立場や意見を尊重しつつ、自分の主張を正確に伝えるコミュニケーション
三井化学(株)
- 所在地 : 東京都中央区八重洲2-2-1 東京ミッドタウン八重洲 八重洲セントラルタワー
- 設立 : 1955年
- 代表者 : 代表取締役社長 橋本 修
- 売上高 : 1兆8795億4700万円(連結IFRS、2023年3月期)
- 従業員数 :1万8933名(連結、2023年3月現在)