父である創業社長に、病床から電話で「お前しかおらん」と経営を託された山根氏。『アトツギが日本を救う』(山根太郎著、2018年、幻冬舎)には、企業価値向上に挑む日々が赤裸々につづられている。
2014年の社長就任後、1年目から凡事徹底と権限委譲、不採算事業の清算、自社ビルの売却・オフィス移転など、経営・組織改革を断行。3年目の2016年には、営業利益を上回る6億円を投資し、東京・青山に450坪の新ショールームを開設。商品の魅力と自社の世界観を伝え、顧客の声もキャッチして首都圏の売上高は2倍に伸びた。そして4年目の2017年、2つの大きな転機を迎えた。
「それまでは本当に暗中模索で、試行錯誤の連続でした。転機の1つ目は、信頼できる副社長(津﨑宏一氏)を迎えたこと。リーダーシップだけでなく、信じて付いていくフォロワーシップも重要です。私の思いや姿勢を理解・共有し、同じ方向を見ながら現場に伝え示す役割をナンバーツーである津﨑が果たしてくれることで、トップから真のリーダーに変わることができました。
もう1つは、出口治明氏(ライフネット生命保険創業者)に社外取締役に加わってもらったことです。自分よりも優秀で尊敬する経営者が意思決定の場にいて、メンター的に時に厳しい意見でコーチングしてくれることの意味は、大きいですよ」(山根氏)
同年、新しい経営理念・ビジョン・バリュー・行動指針を策定し、2019年の創業40周年に発表。それはアトツギの承継フェーズから、次代の新たな世界観を創り出す未来フェーズへのスタートを切る号砲になった。
「『くらしを楽しく、美しく。』という新しい経営理念は、誰よりも私が率先垂範して繰り返して口にし、SNSや社内メールの発信にも必ず明記しています。MVVに則した地域貢献・支援活動や社員表彰を続けることで形骸化せずに、社員からの発言や行動も変わり始めました」(山根氏)
持続的な成長を支える顧客のロイヤルカスタマー化に向け、「人と品質のアップデート」にもかじを切る。特に人材は、職人的な経験知を重視してきた中途採用を見直し、社内の反対の声を押し切って新卒採用を開始。価値観の違いから、承継時にいた社員は去ってほぼ入れ替わり、平均年齢は43歳から36.6歳に若返った。
「人材に対する考え方が大きく変わりました。育てるよりも、自走して成長できる人だけに入社してもらうエントリーマネジメントを行っています。若手にもどんどん裁量権を与えるので、言われたことを精度高くやる人よりも、自己研鑽して主体的に成功体験を積み重ねる人材が最適です。
それに、新卒でやる気がある人材は吸収力が高く、戦力化する時間も圧倒的に短いのです。新たに住宅を建てるメインターゲットの子育て世代に社員の年齢層が近づくことで、アイデアもヒットしやすくなりました。売り上げが伸びる一方で、クレーム率は大きく減少しています」(山根氏)
事業承継における「アトツギ」に相対する存在が「先代」だ。心強い後見役にも、立ちはだかる壁にもなる関係性に唯一の正解はないが、アトツギの立場から山根氏は、バトンを渡す側に伝えたいことがある。
「渡したら一切、口を出さないでいただきたいと思います。『そのやり方では失敗するぞ』と助けたくなる気持ちは分かりますが、アトツギのためになりません。
私の場合はレアケースで、大手企業の平社員からいきなり上場企業の社長になり、全て自分で腹をくくって意思決定しました。失敗も数多くしたおかげで、世の中の40歳よりもはるかに成長している実感があります。父が健在で10年間、並走していたら、絶対にここまで成長していなかったでしょう」(山根氏)
また、「求心力がどこにあるかも冷静に見極めてほしい」と山根氏は言う。求心力が会社になく先代にある組織は、トップが変わると求心力を失い、アトツギを信じて付いていくフォローアップが生まれないからだ。
「同族経営の事業承継も、家族や親族の仲が悪くなるくらいなら、一番優秀な人が後を継ぎ、他の人は入社しないか、サポート役に徹するかが良いでしょう。ダブルヘッダーにならないことです」(山根氏)
先代の親心とも呼べる「先回りの助言」や「並走」、社員を迷走させる「ダブルヘッダー」。これらは中長期的な展望に立てば、どれもアトツギや事業の成長、企業価値向上の妨げになるということだ。
2024年10月に、社名を「株式会社ミラタップ」へ変更する同社。自社ブランドのグローバル戦略を加速するとともに、空間づくりに関わる全てのモノ・サービスを提供し「指先一つで、未来をタップする」存在になっていく願いも込められている。
「経営者として今、課題だと感じるのは、事業そのものがもっと直接的に、地球や世の中の課題を解決する社会性を持つこと。未来を生きる子どもたちに、自分が生まれた時よりも良い環境を残すために、経営理念を実現できる事業を創り出し、スピードも速めていきます。重要なのは、自社を『過去から引き継いだもの』ではなく、『未来からの預かりもの』と考えることです」(山根氏)
未来を物差しにして言語化できる力もまた、事業承継には欠かせないものである。
COLUMN:アトツギの結果
アトツギに求められることの一つが、社員や世の中に認められる「結果」だ。さらに言えば、「何を結果に定めるか」が大事になる。
「事業承継時に掲げた数値目標には、私自身の承認欲求が少なからずありました。出資したベンチャー企業が上場し、キッチン1000台分・2億円の利益を稼いだ時、社員に『新しい社長は、ちょっと違うぞ!』と認めてもらえた実感を得ました」と、山根氏は振り返る。
ただその後、経営理念の刷新を考える中で、顧客であるデザイナーの言葉を思い出した。「サンワカンパニーがなかったら、カラフルで楽しい気分になる洗面ボウルがないまま、いまも国内メーカー製の白一色の空間だったのかも…」。そのつぶやきが、日々の事業を通して、人々のくらしが楽しく、美しくなる実感が社員に生まれることは、目標達成よりも重要なのだと気づかせてくれたという。
「社員も会社も、社会的な存在意義と貢献を実感できる水準まで、歩みを進めること。それが私にとっての『アトツギの結果』だと思っています」(山根氏)
その時々の課題を解決する短期的なゴールと、持続的に自社や世の中のより良い姿を実現していく中長期的な世界観。両方の結果を併せ持つ経営の醍醐味を、山根氏は知っている。
(株)サンワカンパニー
- 所在地 : 大阪府大阪市北区茶屋町19-19 アプローズタワー21F
- 設立 : 1979年
- 代表者 : 代表取締役社長 山根 太郎
- 売上高 : 154億9500万円(連結、2023年9月期)
- 従業員数 : 251名(連結、2023年9月末現在)