シームレスにつながるエコシステムを創出
「エンターテインメントの世界は華やかですが、一方で、私たちの活動は極めて地味なものです。いま日本で販売されている4Kテレビには、ほとんどの機種に当社の最新技術が搭載されていますし、U-NEXT(ユ-ネクスト)やNetflix(ネットフリックス)など国内でお楽しみいただける動画配信サービスも多くが当社の技術に対応しています。
しかし、ほとんどのユーザーは当社のロゴの有無など一切気にすることなく、音楽・映画・スポーツ・ゲームなどを楽しんでいらっしゃるでしょう」(大沢氏)
同社は、社名やロゴを浸透させるためのプロモーションやPRは少数のスタッフでしか行っていない。にもかかわらず、エンターテインメントの世界の隅々にまで「ドルビー」が浸透している理由は、作品・配信サービス・再生機器の相互運用性を高める「つなぎ役」として地道な調整作業を担っているからだ。
製作・配信・再生に関わる人々は、ドルビーのこの技術によって、互いの技術フォーマットの違いを気にすることなく、それぞれの活動に専念できる。シームレスなエコシステムが整っているからこそ、同社の技術で良い作品が製作され、ドルビー対応の配信サービスで世界中の人々に届けられ、ドルビー対応の再生機器で視聴される。
「作品・配信サービス・再生機器の組み合わせは無数にあります。『A社の技術で作られた作品は、B社のサービスでは配信できない』といった制約が生じてもおかしくはありません。しかし、当社は、当社の技術を搭載する再生機器は出荷前に送ってもらい、世界中から集まった機器のコンテンツ再生品質のサーティフィケイト(認証)をエンジニアが綿密に行っています」(大沢氏)
分野を問わず、国や地域も問わず、最高の品質で作品を届けられる安心感。それが、結果としてドルビーというブランドを不動のものにしているのである。
作品に没入できるリアリティーを追求
その上で、同社は作品のクオリティーを極限まで高める技術の開発に取り組んできた。2012年に発表した「Dolby Atmos(ドルビーアトモス)」は、頭上を含めた全方向からリアルなサウンドを表現できる立体音響技術だ。
水平に囲まれるように四方八方から音が聞こえる従来の「ドルビーサラウンド」を進化させ、上下方向からも音が聞こえる3次元の音響システムを実現。音のレイヤーが重なった深みある音響を楽しめるだけでなく、1つ1つの音を正確に配置したり動かしたりすることもできる。「Experience it in Dolby」というコンセプト通り、視聴者は作品の世界に体ごと放り込まれたかのような没入感を味わえる。
「2018年には、世界的な指揮者であるヘルベルト・フォン・カラヤンの生前のコンサート映像を映画館で上映する特別イベントを催しました。30年以上前に収録されたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のサウンドを、ドルビーアトモスで忠実に再現し、パリ・オペラ座の最前列に座っているかのような迫力で、観客の皆さんに名演奏を堪能いただけました」(大沢氏)
また、同社は音響だけでなく映像においても独自の技術を開発した。2014年発表の「Dolby Vision(ドルビービジョン)」では、輝度とコントラスト比を大幅に向上させ、色彩豊かで立体感と奥行きのあるハイダイナミックレンジ(HDR)映像を実現。従来の映像では表現できなかった明るさと暗さをより忠実に再現できるようになった。
2021年の東京オリンピック・パラリンピックや、2022年にカタールで開催されたFIFAワールドカップの放送にも、映像と音響の両技術が広く採用されたという。加えて、2018年にはグローバルに展開している「Dolby Cinema(ドルビーシネマ)」を日本国内にオープンした。ドルビービジョンとドルビーアトモスを駆使して製作された作品を最適な環境で鑑賞できるよう設計された、ドルビーの技術が作り出す世界を堪能できる究極の施設だ。
2021年に公開された人気アーティスト・嵐のライブフィルム『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”』は、ドルビーシネマ限定で先行公開され、第24回上海国際映画祭で史上初めて2部門に同時出品(Gala部門・Dolby Vision部門)。同社は国内で現在9カ所に展開しているドルビーシネマを、今後さらに増やしていきたい考えだという。
創業者の思いを反芻し続けブランドの彫りを深める
2022年からは自動車分野へ注力している。「未来の車載エンターテインメント」と銘打ち、メルセデス・ベンツやボルボなど世界の名だたる自動車メーカーと連携し、ドルビーアトモスを搭載した新車が出荷され始めたのである。
つまり、これからは映画館やホームシアターのみならず、自動車の中でも立体音響を楽しめるようになる。移動空間がそのままエンターテインメント施設になるということだ。同社のパートナー企業は、ドルビー・エコシステムの中で今この瞬間にも増え続けている。年月を経てもなお、創業の思いを継承し大切にしながら事業を展開し続けることができるのは、なぜなのだろう。
「仕事や時間に追われがちな毎日の中でも、ごくまれに、生きていることや笑い合えることを、心の底からありがたいと涙する瞬間があるでしょう。ドルビーというブランドには、その感動の瞬間を世界中の人々に届けたいと願って活動する、私たちの思いが凝縮されています。
創業者の思いを反芻しながら日々仕事をする中で、ブランドの輪郭は明確になり、彫りが深まっていく。技術は進歩しても、そこに込められた思いは不変なのです」(大沢氏)
ノイズリダクションシステムの開発以来、約60年にわたって音響を中心にアーティストの作品と向き合ってきたドルビーラボラトリーズ。技術が進歩しても、製作からユーザーに作品が届くまでアーティストを支える姿勢は揺るがず、最高の体験を世界中の人々に届け続けている。
※ 2チャンネルの光学トラックを映画フィルムに記録し、4チャンネルに拡張して上映する技術
ドルビージャパン 代表取締役社長 大沢 幸弘氏
PROFILE
- ドルビーラボラトリーズ(NYSE: DLB)
- 売上高 : 12億5379万USドル(連結、2022年9月期)
- 従業員数 : 2336名(連結、2022年9月現在)
- 日本法人 : Dolby Japan(株)
- 本社 : 東京都中央区築地 1-13-14
NBF東銀座スクエア 3F - 代表者 : 代表取締役社長 大沢 幸弘