「両利きの経営」を実践するADワークスグループでは、「知の探索」としてスタートアップの資金調達支援を開始。CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)※1として活動する同グループの未来に向けた経営戦略を探る。
1886年に染色業として創業したADワークスグループ。現在は収益不動産事業を主な事業として展開するグループカンパニーだ。オフィス、マンション、商業施設などを仕入れ、付加価値を付けて投資家に販売するビジネスを展開して成長を遂げている。同社が着実に成長してきた要因には、不動産価値を上げる独自のノウハウがある。
不動産の付加価値を上げるには、経年劣化した設備の改善や外壁の塗り替えなどを行う。また、アフターコロナではオフィスに求められるニーズも変化し、オフィスのICT化、在宅勤務が増加したことによるシェアオフィスの需要なども増した。ADワークスグループでは、このように変化するニーズを的確にキャッチして商品を改修することで「バリューアップ」を図ってきたのである。
このバリューアップには、社内のさまざまな技術やノウハウが活用されている。それらの連携によって、同社には新しい事業が生まれた。それがCVCとしての活動だ。
実は、同グループは「両利きの経営」の実践者としても社内外に知られた存在。両利きの経営とは、世界的な経営学の権威である米国の経営学者、チャールズ・A・オライリー氏が提唱する経営の在り方で、主力事業の改善を指す「知の深化」と、新規事業開発のための実験や行動を指す「知の探索」の両立の重要性を唱える理論だ。確実に収益を上げる主力事業を成長させるだけでなく、未知の領域の開拓にも注力することで、持続可能な経営が可能になるという考え方である。
近時パンデミックがもたらした先行きの読めない環境下では、この考え方を取り入れて活動する企業が増えてきている。ADワークスグループのユニークさはこの考え方をCVCに託していることだ。
「日本のCVCは、自社の事業領域の周辺で可能性を秘めるスタートアップへ投資するケースがほとんどです。もちろん、事業拡大には周辺領域への投資は意味あるものですが、それだけでは本来の知の探索の実践にはなりません。
当社では既存事業周辺への投資だけでなく、まったく関係のない領域への投資も積極的に行っています。それが日本で行われている一般的なCVCとの最大の相違点です」
このように語るのはADワークスグループで経営企画を管掌している専務取締役CFOの細谷佳津年氏だ。
ひと口にスタートアップといっても、成長フェーズにより何段階かに分類されている。「ゼロイチ」と呼ばれる、何もない状態から新しい価値創出を図る創業段階や実証段階の「シードステージ」「アーリーステージ」を経て、事業化して収益が見込める「ミドルステージ」「レイターステージ」へと成長していく。(【図表1】)
【図表1】スタートアップの成長フェーズ
こうした各フェーズのスタートアップに対して投資をすることで、新しい商品やサービスを創出する動きが活発化している。ただ、日本のCVCの多くが投資先として選んでいるのは、ミドルステージやレイターステージのスタートアップだという。事業が立ち上がったばかりのシードステージやアーリーステージのスタートアップへの投資はごくわずかだ。
「ミドルやレイターステージへ投資が集中しているのは、事業が成長期に入ったフェーズであり、投資リスクが少ないという考え方からです。確かにリスクヘッジにはなりますが、それでは社会を変えるユニコーン※2は生まれづらい。本来、支援すべきは、まだ『よちよち歩き』のシードやアーリーのスタートアップです。ここに資金を投入しないと、せっかく良いアイデアや技術を持っていても、資金調達ができなくて事業撤退をせざるを得なくなるわけです。
一方、米国などはどんどんシードやアーリーのスタートアップに投資をするので、イノベーションを起こしグローバル市場を席巻できるユニコーンが生まれる。持続可能な社会に貢献するという文脈も含めて、当社グループでは多くのCVCが二の足を踏んでいるシードステージやアーリーステージのスタートアップをメインに投資をしています」(細谷氏)
こうした日本のスタートアップを取り巻く投資環境に一石を投じ、自らがシードステージやアーリーステージのスタートアップを応援するべく立ち上げたのが、細谷氏が代表取締役社長を務めるADワークスグループのCVC事業子会社であるエンジェル・トーチだ。
※1 ベンチャー企業に出資を行う組織
※2 創業10年以内で企業評価額10億ドル以上の非上場ベンチャー企業