事業そのものにサステナビリティの視点を組み込んで収益機会につなげる。このような戦略性を持ったサステナビリティの重要性を浸透させるため、全社横断的に動いているのが2022年4月にコーポレート統括本部に新設された「サステナビリティ経営推進本部」だ。
会計・人事・法務・新規事業など多様な部署から集結したメンバーが、KDDIグループ事業全体を持続的に成長させる仕組みづくりや社内外への戦略的な情報開示の役割を担っている。
「採算や収益と切り離された社会貢献ではなく、当社のサービスにしっかりと落とし込まれたものにしなければなりません。大切なのは、経済活動と社会の持続的成長のどちらも両立させていくトレード・オンの発想です。1つでも2つでも有益なビジネスが生まれるよう、事業に寄り添いながら進めています」(最勝寺氏)
これまで培ってきたコア技術を生かし、自治体や研究者と協働で環境課題の解決に取り組むビジネスの在り方も見えてきた。例を挙げると、生物多様性の分野では、AI画像解析や遠隔カメラなど、IoTを活用した有害鳥獣対策や、水上ドローンを用いた水中撮影による藻場調査などが該当する。
「サステナビリティのテーマは多種多様であり、ありとあらゆる課題解決の場面に通信が溶け込んでいることが理想です」と最勝寺氏。旧来型のCSRから脱却し、広範な事業全般にサステナビリティを浸透させるには、事業戦略と経営基盤強化を両輪で推進し、グループ全体で取り組まなければならないと強調する。
同社では経営基盤強化の最重要課題として、①カーボンニュートラルの実現、②ガバナンス強化によるグループ経営基盤強化、③人財ファースト企業への変革を掲げている。それぞれ具体的な取り組みを見ていこう。
カーボンニュートラルに向けた目標は、KDDI単体で2030年度、グループ全体で2050年度までにCO₂排出量を実質ゼロにすること。「2050年と言わず可能な限り前倒しできるよう各部門・グループ全体に呼びかけています」と最勝寺氏は言う。
具体的な通信設備の省電力化の取り組みとしては、基地局は新たな機能を2023年3月より導入。基地局ごとのトラフィック変化を分析し、深夜などトラフィックの少ない時間帯に顧客の通信に影響がない範囲で一部の電波を一時停止させることで、消費電力の削減が可能となった。また、データセンターの省電力化は、パートナー企業と共に液浸冷却の実用化に取り組んでいる。実証ではサーバー冷却電力の94%減を達成し、2023年度中の提供を目指している。
さらに、2022年カーボンニュートラルへの貢献に向け、4月にエネルギー事業を本体から分離・独立させてauエネルギーホールディングスを設立。グループ会社として共に歩んできたエナリス※ 2の電力ソリューションを生かし、大規模発電所だけに依存せず、太陽光発電や蓄電池など複数の分散型電源をリアルタイムかつ低遅延で効率的に制御できる「仮想発電所」への変革に取り組んでいる。
そして社会のカーボンニュートラルへの貢献に向け、2021年11月に設立したCVC※3ファンド「KDDI Green Partners Fund」を通じて気候変動問題に取り組むスタートアップへ5年間で約50億円を投資し、スタートアップの技術を活かしたビジネスの開発も進めている。
KDDIは多数の企業群でグループを形成している(2022年3月現在、連結子会社159社、関連会社38社)。そのため、グループ会社の増加と事業の多様化に伴い、ガバナンス体制の強化が一層重要になってきているという。
「これまでは、グループ会社ごとの内部統制活動の結果に○×をつけ、改善に向けたチェックをすることがメインでした。しかし、一口に改善と言っても、実態として各グループ会社の現場では要員も決して潤沢ではありませんし、事業の立ち上げ直後は首も回らないほど多忙です。共に成長していくためには、グループ全体のコーポレートガバナンスを支援する体制が必要だと考えました」(最勝寺氏)
そこで同社は、2022年4月に「グループ経営基盤サポート部」を経営管理本部内に新設。グループ会社へ派遣している約50名のCFO(最高財務責任者)がそれぞれ抱えている課題を定期的にヒアリングし、月1回のグループガバナンス支援会議で現状を集約。コーポレートの各本部と連携して課題を整理し、専門的にサポートする体制を整えた。
「グループ会社のCFOは会計部門から出向している社員が多いのですが、総務・人事なども含めたガバナンスも一手に担うとなるとオーバーフロー状態になりかねません。CFOが独りで悩んでしまわないよう、相談できる窓口を用意しました」(最勝寺氏)
グループ会社の負担をできるだけ減らし、KDDIグループ全体の業務効率を高めていく仕組みづくりは他にも行われている。2022年4月にコーポレート統括本部に新設した「コーポレートシェアード本部」では、グループ会社の経理・購買・人事の給与関連業務の一部を受託。フルクラウドでシェアードサービスを提供している。
「最も多く寄せられる相談は人事関連です。採用の質を高めて社員の定着率を上げていきたいという多くの声を受け、シェアードサービスで採用ノウハウを学べるパッケージを用意しました。また、人材派遣業を営むグループ会社に一時的な要員確保を依頼できる体制も整えています」(最勝寺氏)
一方、グループ間のデータ連携を進める上で必須となるのが情報セキュリティーの強化だ。情報漏えいの防止やサイバー攻撃から情報資産を守るため、「技術統括本部情報セキュリティ本部」がグループ全体のデータガバナンス強化に取り組んでいる。
また、以前は事業ラインの所属だったCFOの所属も経営管理本部に変更し、レポートラインを明確化。CFOとCEOが両輪でガバナンスを効かせ、情報の可視化、将来価値につながる情報分析に取り組みながら、企業価値を上げていくことを期待しているという。「全て同じ水準・スピードで推進することは難しいと思いますが、グループ全体でサステナビリティ経営の実効性を高めていきたいと考えています」と、最勝寺氏は語る。
グループ会社がKDDIの主管部門と連携しながら自律的にガバナンスを強化し、コーポレート部門がそれを下支えする。さらに、監査部が全体をモニタリングするという二重三重のリスクマネジメントにより、ガバナンスを揺るぎないものとしている。
採用後の人財育成も、中期経営戦略を実行していく上では大きな課題の1つだ。同社では、キャリア採用の増加や注力領域への要員シフトの機会が増えてきたことなどを背景に、2020年8月からKDDI版ジョブ型人事制度を段階的に導入。2022年4月に全面移行している。
「もはや、勤続年数が長いからといって給与や役位が上がるとは限らない時代です。自分の頭で考え、新しいものを生み出すチャレンジができるかどうかが、求められており、終身雇用制が薄れた分、自己研鑽はシビアに求められるようになっています」(最勝寺氏)
同社では、サテライトグロース戦略の注力領域の1つであるDXに対応できる人財を育成すべく、「KDDI DX University」と呼ばれる社内人財育成機関を立ち上げ、現在では、DXやLXを実現するための新たな専門スキルを、データサイエンティスト、エクスペリエンスアーキテクト、ビジネスディベロップメント、コンサルタント&プロダクトマネージャー、テクノロジストの5領域に分けて定義付け、外部講師を招いてプロフェッショナル人財育成にも着手している。また、全社員のDXスキル向上のため、DX基礎スキル研修をスタート。2025年3月期までに1万1000名超の全社員が修了することを目指している。
一方、「社員に自律的なキャリア形成を求める以上、企業としての魅力も高めていかなければ人財が流出してしまいますので、管理職には多様な意見を受け入れられる力量が求められるでしょう。年齢や役位にとらわれず正しいことは正しいと言える、心理的安全性の高い職場づくりが大切です」(最勝寺氏)
2020年度からはサステナビリティに関する評価指標を役員や社員の賞与算定に反映。2022年度からはKPI(重要業績評価指標)の達成掛け率の算定に用いる評価点の内訳として、ESG指標への配分を3割にまで高めているという。
※2 2022年7月1日付でauエネルギーホールディングスに移管
※3 コーポレートベンチャーキャピタル。通常VCなどの専門機関が広く資金を集めて行うベンチャー投資を、事業会社が自社の戦略目的のために行うことを指す