新型コロナウイルスの感染拡大やロシアによるウクライナ侵攻に端を発する地政学的なリスクの急激な高まり、エネルギーコストの高騰などを受け、SDGs活動はいっそう重みを増している。
2021年5月に発表した中期経営計画(2021年4月~2023年3月)の中核は「Digital & Sustainable Transformation」をキーコンセプトにした事業ポートフォリオの変革だ。経営基盤の強化とESGへの取り組みを進化させながら、①DX事業、②海外生活系事業、③新事業(フロンティアビジネス)という3つの重点事業を営業利益構成50%以上に高めていく。現在、その実現を支えるグローバルプラットフォームを構築するためM&A投資を集中的に進めているところだ。
「地政学的リスクや気候変動リスクは年々高まっています。各本部の知見を集約し、認識を擦り合わせた上でアセスメントしていくことが大切です。ガバナンスに特化したグローバルガバナンス本部を設置したことで、さらに一歩前進できました。新たに加わった海外グループ社員にもトッパンの行動規範や価値観を丁寧に浸透させていくため、今後さらなる機能拡大・強化が必要になるでしょう」(池田氏)
気候変動リスクに関しては、2019年にTCFD提言に賛同表明し、翌2020年に1.5℃と4℃の2パターンでシナリオを分析。2050年までに起こり得る重要なリスクと機会を洗い出した上で、財務インパクトを大中小の3段階で評価、DX(デジタルトランスフォーメーション)・SX(サステナブルトランスフォーメーション)による対応策を検討した。
「投資家との対話の中で、気候変動を背景に加速するペーパーレス化の流れがトッパンにとっていかに事業成長のチャンスであるか、再認識する機会が多々ありました」(池田氏)
情報開示の観点から当初は広報本部ESGコミュニケーション部がTCFD WGの事務局を務めていたが、事業の成長戦略につながる話を投資家に伝えていけるよう経営企画本部に移管。成長戦略については、可能なかぎり定量的なデータで示せるよう各事業部門のメンバーと議論を重ねた。
「環境」の現実的なデータと向き合い、課題解決のための「ガバナンス」を追求していった先にあるのは、健全な「社会」を支える人権の明文化である。
同社が2021年10月に策定した「トッパングループ人権方針」策定について、同社「サステナビリティレポート2022」には、「人権は、事業活動やサステナビリティの取り組みを推進するに当たり、最も重要なテーマだと考えています」とつづられている。このタイミングで策定するに至った最大の理由は、先述したようにM&Aを積極活用しながらグローバルプラットフォームを構築し、生活系事業を中心に海外展開を加速させていく上で避けて通れない重要課題だからだ。
「『人間尊重』というトッパンの企業DNAは昔も今も変わりませんが、得意先や投資家などステークホルダーの方々にもあらためて伝わるように言語化し、ウェブサイトや報告書で情報を開示していくことが重要だと考えました」と、池田氏は語る。
コーポレートESGプロジェクトの人権WGが主体となり、まずは人権デューデリジェンスの運用体制を整備するため、2021年7月に「グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン」の人権デューデリジェンス分科会に参加。先進企業へのヒアリングを行いながら国連が定めた「ビジネスと人権に関する指導原則」に準拠する素案を作成し、役員ディスカッションを経て策定し、公表した。
また、事業特性や業界慣習から想定される人権リスク5項目を特定(①強制労働・人身取引、②差別、③非人道的な扱い、④プライバシーに対する権利、⑤グループ全体の人権ガバナンス)。人権リスクを軽減・是正する社内の仕組みを構築した。2023年度からはモニタリングと情報公開をスタートし、人権デューデリジェンスのPDCAを回していく。
「人権方針を浸透させていくため、凸版印刷と一部グループ会社の全従業員を対象にeラーニングと特別講義を実施しました。また、人権に関する研修カリキュラムを新たに作成し、『ビジネスと人権に関する指導原則』の中身にまで踏み込んだ内容を階層別研修などに組み込んでいます」(池田氏)
同社では「労使は共通のパートナー」という考えに基づき、従来から経営協議会や個別の課題を協議する専門委員会などの場を設けているが、「人権方針」が策定されたことをきっかけに、労働組合との対話もさらに活性化しているという。
コーポレートガバナンスの中心に組み込まれた推進体制、明文化された理念、定量的なKPI(重要業績評価指標)により、2030年に向けてSDGsのマテリアリティに取り組む基盤が構築された凸版印刷では「社会貢献できる事業をつくりたい」という雰囲気が着実に醸成され、SDGs活動と事業活動の垣根は一段と低くなりつつある。
2021年度から、情報コミュニケーション事業部が全99課の営業社員を対象に「SDGsビジネスセールスアワード」を開催。SDGsの新しいビジネス案を募ったところ、数々の優れたアイデアが寄せられたという。
そのうちの1つが「ecosme ink®(エコスメインキ)」だ。これまで研究開発や品質管理のプロセスでやむを得ず廃棄されていたパウダー化粧品の原料を再利用したインキを製造し、原料の提供元である化粧品メーカーの販促物やパッケージを印刷・制作して販売するという取り組みで、パートナー企業との協業によるビジネスモデルを確立した。2025年までに10社との契約を目指し、化粧品業界全体のアップサイクル推進を目指している。
また、2022年度からは「トッパン版ジョブ型人事処遇制度」を導入。評価の指標に「持続可能な社会の実現」「ダイバーシティ」「人権の尊重」「社会的価値の創造」を加えたことで、DX人財をはじめ公募による事業部間の異動の動きなど流動性も生まれている。
「当社は現在、地方自治体向けの次世代BPOサービス『Hybrid-BPO™』や製造工程のデジタル化による業務効率向上を支援する製造DXなど、リアルでの高度なオペレーションノウハウとAIによるデータ分析・利活用などのデジタルサービスを掛け合わせたハイブリッドなDX事業「Erhoeht-X®/エルヘートクロス」の創出に取り組んでいます。膨大なデータを収集・整理・加工・活用するという従来のスキルを存分に発揮できるDX事業なので、若手に限らず経験豊富なベテラン社員も活躍しています」(池田氏)
SX事業においても、これまでパッケージ事業で追求してきた同社製品の「環境適性」の高さに、サステナブル需要が急速に高まった欧米から熱い視線が注がれ始めた。世界トップシェアを誇る透明蒸着バリアフィルム「GL BARRIER」は、今後の海外展開における主力製品だ。1986年に独自開発した製品が、進化を続けながら今なお世界の環境ニーズに応え得るサステナビリティを有していること自体、同社が腰を据えてESGに取り組んできた意義を証明している。
今後は、次の中期経営計画(2023年4月~2026年3月)に基づき、事業ポートフォリオの変革に向けた第2フェーズとしてDX・SXによる成果獲得を目指すという。世界標準での企業価値向上に向け、凸版印刷の進化は続いていく。
PROFILE
- 凸版印刷(株)
- 所在地:東京都文京区水道1-3-3
- 創業:1900年
- 代表者:代表取締役社長 麿 秀晴
- 売上高:1兆5475億3300万円(連結、2022年3月期)
- 従業員数:5万4336名(連結、2022年3月末現在)