その他 2023.03.01

食品ロスを削減する地域連携:コークッキング

 

コークッキング 取締役 COO 篠田 沙織氏

 

 

埼玉・松山市の朝採れ野菜を求める乗客でにぎわう東武鉄道・池袋駅構内の「TABETEレスキュー直売所」

 

 

官と民の理想的な連携プレー

 

本事業の推進役であるコークッキング取締役COOの篠田沙織氏は、次のように語る。

 

「購入者の中心は、通勤などで池袋駅を利用している30~50歳代の女性です。帰宅のラッシュアワーに、野菜を手に提げて電車に乗っていただけるかどうか懸念していましたが、想像以上に購入してくださる方が多く、リピーターも着実に増えています」

 

購入者へのヒアリングで明らかになった購入動機のトップは、「質の良さ」だという。池袋の駅ナカで、その日の朝に収穫された新鮮な農産物を、スーパーマーケットよりも安い価格で購入できる機会はあまりない。東京郊外の直売所では“売れ残り”でも、都心の消費者にとっての商品価値は高いのだ。生産者とJAがリソースとして持ち得なかった「物流機能」を東武鉄道と大東文化大学が担うことで、都心への即日配送が実現。作り手と食べ手の距離を縮めることに成功したのである。

 

「これまで、売れ残った農産物は生産者が直売所へ回収しに行かなければなりませんでした。その手間を省くため、不本意ながらも本来の収穫量より少なめに納品するケースが珍しくなかったようです。しかし、本事業により回収の負担がゼロになったので、生産者からは『以前よりも多くの農作物を安心して納品できるようになった』という喜びの声をいただいています」(篠田氏)

 

東松山市のJA直売所に潜在していた食品ロスの最大の要因は、農産物の品質ではなく、物流の仕組みにあったことが分かる。

 

こうした産学民の地域ネットワークを構築する上で欠かせない存在が、「官」の立場にある東松山市だと篠田氏は強調する。

 

「地域の課題解決は、目には見えない人と人の深いつながり、人的ネットワークに支えられて初めて成立することを実感しています。本事業では、東松山市の職員の方々が、さまざまなステークホルダーの思いや立場を踏まえて、最適な人材を最適なタイミングで紹介してくださいました。当社のネットワークだけでは実現できなかったことです」(篠田氏)

 

実は、本格運用を始める前にコークッキング・東松山市・東武鉄道の3者で実証実験を行っているが、その当時JA内では「わざわざ池袋駅まで運んで再販売するよりも、地元の子ども食堂に全て寄付した方が良いのではないか」という案が浮上しており、企画自体が白紙になりかけた時期もあったという。

 

そんな中、東松山市環境産業部に属する農政課と商工観光課、さらには政策財政部に異動した元農政課の職員が、JAの責任者と細やかなコミュニケーションを重ねた。この働きかけにより、コークッキングは直売所の役員会で生産者に直接、TABETEレスキュー直売所の仕組みを説明する機会を得た。

 

「プレゼンテーションを聞いた生産者の皆さんは、最初『何だかよく分からない』という反応でした。『自分の目が届かない場所で野菜を売るのは不安』という意見もありました。何度も現場に足を運び、資料を少しずつアップデートしながら、どのようなメリットがあるのかを丁寧に説明していきました」(篠田氏)

 

ヒアリングを重ねるうちに、市内最大の東松山直売所で農作物を販売している生産者5名が実証実験への参加を表明。初日の大盛況を目の当たりにした他の生産者からも続々と参加希望の声が上がり、今では200を超える生産者が本事業に参加するようになった。

 

また、多くのメディアに取り上げられた影響で、都心から東松山直売所まで足を運ぶ顧客も増加。食品ロスのみならず「東松山市の農産物」のブランド力向上と観光客誘致にも一役買っている。

 

 

各者の目的意識と役割分担が明確だった

 

注目に値するもう1つのエピソードは、意外にもPR戦略を立てていなかった点である。

 

地域の課題解決には公共性が強く求められるため、利益を追求するのが当たり前のビジネスとは違う難しさがある。その中で頼りになる存在の1つがメディアだが、「持続可能な仕組みをどう成立させるかということに必死すぎて、『どうしたらメディアに取り上げてもらえるか』など、PRのことを考える余裕はまったくありませんでした」と、篠田氏は振り返る。

 

結果的には意図せず多くのメディアの注目を集めたが、そこに至るまでには、誰も見ていないところで6者それぞれが汗を流し、関係人口の裾野を広げてきた積み重ねがある。

 

「6者が6者とも『東松山市内の直売所の食品ロスをどう減らすか』という1点に集中して取り組んできたことが、事業の息の長さにつながっていると感じています」と篠田氏は語る。

 

寄付先の子ども食堂を選定する際に重視したのも、松山市内という縛りではなく、「売れ残ってしまった食材を実際に使い切ってもらえるかどうか」だった。食品ロス削減の難しさの1つとして、どのような食材が、いつ・どのくらい余るかが読めないことが挙げられる。大塚応援カンパニーでは、元ホテルシェフが「のらぼう菜」など珍しい食材も工夫して献立に取り入れ、調理して子どもたちに提供している。

 

TABETEレスキュー直売所では、公的プラットフォームである自治体(東松山市)が人と人とをつなぐ役割に徹している。一方、自治体では踏み込んで取り組みにくい「利益の創出」について、民間プラットフォームであるコークッキングが現場で検討を重ね、持続可能性にこだわり抜いたことが、強固な足場を固める結果につながっている。前例のない取り組みに慎重な姿勢を持つ組織や、さまざまな独自の慣習が存在する地域においては、官民それぞれのプラットフォーマーが役割分担を明確にし、各リソースを最大限に活用していくことが重要と言えそうだ。

 

「当社は今後も、各地域に適した仕組みづくりを丁寧に行いながら、生産者と消費者をつなぐ地域活性化の取り組みを進めていきたいと考えています」(篠田氏)

 

 

大塚応援カンパニーが運営する「OOC子ども食堂」(東京都豊島区)。一人親家庭に平日毎日、約50食の食事や弁当を無料で提供している。

 

 

 

PROFILE

  • (株)コークッキング
  • 所在地:埼玉県東松山市元宿1-29-17
  • 設立:2015年
  • 代表者:代表取締役 CEO 川越 一磨