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シン・ローカライゼーション

人口減少や少子高齢化、過疎化、産業空洞化などさまざまな社会課題に直面する日本の地方。各地域に特有の課題に寄り添い、地域資源を組み合わせたバリューチェーンを構築することで新しい付加価値を提供する取り組みに迫る。
2023.03.01

地域と産業、文化をワインの力で結ぶ東北の新たなツーリズム構想:テロワージュ東北

東日本大震災を経て立ち上がったテロワージュ東北。地域の魅力を世界に発信したいという毛利氏の志に賛同し、集まった生産者たち

 

 

秋保ワイナリーで取り扱っているワインやシードルのラインアップ

 

 

東北復興への思いから始まったワイナリーづくりと、東北6県へ広がるツーリズム構想。アフターコロナに照準を合わせて、新しい旅の在り方が始まろうとしている。

 

 

東北復興を目指してワイナリーづくりに奔走

 

宮城県大崎市の鳴子温泉、福島県福島市の飯坂温泉とともに「奥州三名湯」に数えられる宮城県仙台市の秋保温泉は、仙台市から車で約30分の場所に位置する。仙台の奥座敷として知られ、こけしなどの工房や飲食店が多いこの温泉街に、新しい観光スポットが生まれた。2015年にオープンした仙台秋保醸造所(秋保ワイナリー)である。この醸造所は、宮城県のワイナリー復興の象徴として東北のワイン関係者の間では知られる存在であり、オープンに至るまでには東日本大震災からの復興にかけた物語がある。

 

仙台秋保醸造所の代表取締役である毛利親房氏は、東京の大手ゼネコンで勤務した後、2003年に生まれ故郷の宮城県へ戻り、仙台市にある大手設計事務所の東北支社に転職。宮城県、福島県、山形県にある病院や役所、ホール、体育館など多くの建築物の設計に携わった。その中に、宮城県女川町の「女川温泉ゆぽっぽ」という温泉施設があった。町営だったため、町の人々と細かいところまで話し合って設計した、思い入れのある施設だった。ところが、2011年3月、東日本大震災による津波が東北沿岸部を襲い、ゆぽっぽは跡形もなく流されてしまった。

 

「震災後、私たちが携わった建築物の被災調査を行いました。それまでも多くの地元の方々との交流がありましたが、調査を通じて被災のすさまじさを痛感しました。これは何とかして復興しないといけないという思いから、自治体にいくつもの復興案を提出。その中の1つがワイナリー構想でした。東北には豊かな食材があり、これとワインを組み合わせることでワインツーリズムを仕掛けようという企画でした」(毛利氏)

 

宮城県山元町にあった県内唯一のワイナリーが被災してしまい、毛利氏の心には「途絶えてしまった宮城県のワイン産業を復活させたい」という思いがあった。さらに、東北のワインツーリズムが成功すれば、各地域に活気が戻り、雇用も生まれる。そんな夢を抱きながら毛利氏のワインづくりの挑戦が始まった。

 

 

ワインの力でさまざまなものを結ぶ

 

挑戦は土地探しからスタートした。震災後の沿岸部では農地の確保が困難であったため、数々の土地を検討しながら、ようやくたどり着いたのが秋保だった。

 

有休休暇を取って土地探しやワインづくりを学ぶため、山形県のワイナリーに10日間ほど泊まり込みで行くなど奔走したが、二足のわらじではできることが限られてしまい、断念することを考えたという毛利氏。しかし「そんなとき、妻から『ここまでやったんだから納得いくまで頑張れば』と後押ししてもらい、ワインづくりへ賭けようと2014年に独立しました」(毛利氏)

 

そうして、勤めていた設計事務所を退職。苗木の定植や土地の整備など、さまざまな局面でボランティアや知り合いにサポートしてもらいながら、2015年12月に秋保ワイナリーをオープンさせた。

 

オープン後は、ワインの生産量と売り上げを順調に伸ばし、地域や業種の垣根を越えた共同開発も積極的に行った。宮城県・塩釜の藻塩と赤ワインを一緒に炊き上げたワインソルト、伝統工芸の仙台たんすの技術を使ったワイン用木箱、ガラス工芸家とともにつくったデキャンタ※1。このような共同開発は、ワイナリー開設の準備をする中で毛利氏が感じていたワインが持つ魅力の実現だった。

 

それは「人と人、人と地域、地域と地域をつなぐ力」「農業、漁業、商業、観光など多彩な産業をつなぐ力」「食、工芸、音楽など多様な文化と調和し、それぞれを引き立てる力」だった。そんなワインの力を感じた毛利氏は、計画段階から構想していた東北のワインツーリズムを具現する「テロワージュ東北」を2018年に立ち上げた。

 

テロワージュ東北の「テロワージュ」は、土地の特徴を表す「テロワール※2」と、酒と食のペアリングを意味する「マリアージュ」に由来する造語だ。そこには、さまざまなものを結び付けるワインの力を生かしたいという毛利氏の思いが込められている。

 

「オール東北」の魅力を結集・発信するために、毛利氏は、まず、宮城県や復興庁の支援を受けながら業界の垣根を越えた仲間づくりに取り組んだ。酒と食のペアリングにはワインだけでなくその他の酒類も不可欠という考えから、宮城県仙台市にあるニッカウヰスキーの宮城峡醸造所、宮城県名取市の蔵元である佐々木酒造店と連携。レストランや日本料理店などの飲食店、百貨店などの商業施設もパートナーとし、現在では岩手県や福島県の生産者、料理人、企業も加わって、連携の輪が東北全域に広がりつつある。

 

「それぞれの地域のお酒、そして食材や料理のテロワージュを展開するために多くの方々が手弁当で参画してくれています。その方々と勉強会を開き、酒造メーカー、農水産物の生産者、シェフなどが交流しながら、地域の食材の良さを生かした料理のレシピ開発などを行っています。複数の地域が加わることで、岩手三陸のカキと宮城のワインのペアリングがかなうなど、テロワージュの幅がどんどん広がっています」(毛利氏)

 

シェフ同士の共創によって生まれたメニューは、東北のワインや日本酒、ウイスキー、そして料理を引き立てる皿などとともに情報発信している。これらの料理や酒、文化を、多くの人に紹介できる場が、ワイナリーや仙台市内の商業施設で開催するイベントである。食材、料理、酒、皿やグラスなどの工芸品、東北の木工を体験できるコーナーなど、東北の食、文化、伝統工芸が丸ごと味わえるイベントとして人気を集めている。会場を訪れた人々に、それぞれの「物」だけでなく、その商品の背景にある物語も伝えることで、テロワージュ東北の活動は認知されていった。

 

 

※1…ワインを入れるガラス容器。味わいをまろやかにし、香りをよくするなどの効果がある
※2…「土地の個性の」といった意味を成すフランス語。土壌や気候、農業技術など、ブドウ畑を取り巻く環境を表す言葉

 

 

 

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