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【特集】

グローバル戦略

内需縮小、グローバリズムの進展、DE&I(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)の浸透などを背景に、日本企業が海外マーケットに挑む必然性は高まり続けている。ESG(環境・社会・ガバナンス)、DX、クロスボーダーM&Aといった課題が山積し、海外戦略のかじ取りが難しい局面に立たされる今、日本企業はいかに戦うべきか。成長戦略のポイントを解説する。
2022.12.01

マーケットに合わせた最適な「グローカル」戦略で躍進:アダストリア

「niko and … SHANGHAI」は売場面積が約4000m2の巨大な旗艦店。ブランドの世界観を体現する売場と絶えず人を招く持続的な発信で、集客とブランド認知度向上につなげている

 

 

独自の「グローカル(GLOBAL×LOCAL)」戦略を通じ、「その国に合うビジネスモデル」で海外事業を展開するアダストリア。上海エリアで「誰も知らなかった」ブランドを、「誰もが知る」ブランドへ育て上げた挑戦の軌跡を追う。

 

 

“EC時代にふさわしいリアル店舗”を模索

 

「GLOBAL WORK(グローバルワーク)」「niko and …(ニコアンド)」など、30超のファッションブランドを国内外で約1400店舗展開するアダストリア。既存の国内アパレル市場が縮小の途をたどる中、同社の成長戦略の伸びしろは、会員数1400万人超の自社ECサイト「.st(ドットエスティ)」、そして中国・台湾・香港・米国に進出を果たした海外市場だ。

 

「海外の4つのエリアは消費者ニーズも商習慣も、国民性も財布事情も異なります。それぞれのマーケットの特性に合わせた、最適な『グローカル』ビジネスモデルの展開が私たちの目指す姿です」

 

そう語るのは、海外事業を統括する常務取締役の北村嘉輝氏だ。同社の海外事業は2022年12月期、売上高約133億円となり十数年ぶりに黒字を達成。特に中国市場は前期比215%の増収(円ベース)を記録している。2019年12月に「niko and … SHANGHAI」(旗艦店)を出店して上海に進出し、その後も上海市街やSCにサテライト店舗を展開。また、ECについても中国最大の「天猫(Tmall)」へ2020年に出店以降、2ケタ増の伸びを続ける。

 

「旗艦店の出店前はブランドについてほとんど誰も知らない状態でしたが、出店後は口コミで徐々に広まり、『上海の行きたい店ランキング』で第1位にも輝きました。ECの伸び率はブランドの認知度に比例しており、ECの顧客の大半が上海在住です」(北村氏)

 

順調に見える中国展開だが、実は過去、中国市場で苦い経験を味わっている。同社は複合型ブランドショップ「collect point(コレクトポイント)」で、一時は中国各都市に40店舗近くを構えた。だが、他社ブランドとの差別化が図れず、ECの台頭で厳しい現実に直面した。

 

「EC化が加速する中、リアル店舗はどうあるべきかを真剣に考え直さないといけませんでした。日本のアパレルブランドの撤退が相次ぎ、潮目が変わりゆく中、当社もビジネスモデルを変革すべく、一旦、全店をスクラップして戦略を練り直しました。

 

もし単純にモノを売るだけなら、顧客にとってはECの方が便利です。しかし、そうではなく、中国にまだない“ファッション+ライフスタイル型”提案のniko and …で勝負しよう、と決意しました」(北村氏)

 

ファッションだけでなく生活雑貨などライフスタイルの体験価値を味わえる品ぞろえ。顧客の視点に立つ視覚化と演出のVMD※1で、見やすく、選びやすく、買いやすくniko and …の世界観を体現する売場。これらはリアル店舗だからこそできることだ。

 

旗艦店である上海1号店niko and … SHANGHAIは売場面積が3フロアで約4000m2と巨大だ。圧倒的な存在感で認知度を高め、周辺都市やECにも波及している。再上陸から3年が経過し、「驚きや感動など、ワクワクする何かがある」人気ブランドとなった。

 

「開業時には、1日に3万人超が来店しました。今では上海に暮らす方で、知らない人はいないほど認知されています」(北村氏)

 

 

人を呼び、ファンにするコミュニケーションとは

 

一級都市の上海に旗艦店を出店して認知度を高め、周辺エリアの二級・三級都市にもブランド力の裾野を広げる。このドミナント戦略により、中国の国内消費の30%超を占めるEC購入者も増やす。この「上海モデル」の水平展開こそ、同社中国ビジネスの成長の鍵を握る。

 

そもそも、当初は誰も知らなかったniko and …の認知度をどのように高めていったのか。

 

「中国の場合、単純にマスメディアへ広告投資しても、砂漠に水をまくようなもので、潤沢な資金のある競合には勝てません。そこで、上海のファッション業界のKOL※2とつながり、口コミでフォロワーを呼び込むことから始めました。

 

並行して毎月、ワークショップやイベントも開催しました。いかにECにできないことをリアル店舗で実現できるかが重要ですし、顧客とのコミュニケーションを大切にしよう、と考えました」(北村氏)

 

ワークショップは、ポラロイドカメラ撮影会や購入品への転写プリントなど多彩なメニューを実施。上海のランナーチームとコラボレーションし、限定販売のスポーツウエアを着用して上海の街を駆け抜けるランニングイベントも開催している。健康への関心が高まる中で人気イベントとなり、参加者が「おしゃれで面白いことをやっているブランド」と情報を拡散していった。

 

「最近バズったのは、niko and …南京西路 in point店での『ジョジョの奇妙な冒険』(荒木飛呂彦著、集英社)との限定コラボイベント。約1カ月間、フォトブースやキャラクターフィッティング、特製カフェラテなど店内がジョジョ一色になって大盛況でした」(北村氏)

 

また、45日ごとに売場とメインコンテンツを入れ替えて集客を図る売場展開は、いつも新たな発見やニュースがあり、飽きることなく繰り返し来店してもらう仕掛けだ。日本の店舗と連動したり、独自の企画を立てたりと、1年先まで現地スタッフ人材と一緒に計画を立案。日本のアニメコンテンツやジャパンイベントも人気が高いという。

 

ブランド浸透のためにこれまで活用してきたKOLマーケティングだが、今後は「量から質へのシフト」に向け、見直しを進めるという。
「数千万人ものフォロワーがいる有名KOLを起用すれば、数分で数千枚が売れることもしばしば。ライブコマースを1億人超が見て、5万枚が瞬時に売れたこともありました。

 

日本の総人口と同じ数の人が見ているわけですから、そのスケールの大きさには驚きます。でも、それでは本当の意味での“ブランドのファンづくり”にはつながりません。購入者はKOLが勧めるから買うだけで、niko and …に対する愛着があるわけではない状態ですから。また、有名KOLの起用が商業的になりすぎていることや、返品率の高さも課題でした。

 

2022年度からは、フォロワー数が少なくても本当にniko and …ブランドが好きで、良さをリアルに伝えてくれるKOC※3とのコラボに力を入れていこうとしています。KOCの方が、若者たちの信頼度は高いんですよ。本当に好きなものを発信していますから」(北村氏)

 

露出や販売の「数量を追求する」段階から、ブランドを愛してくれる「ファンを育てる」段階へ。同社は今、さらなる事業成長・ブランド浸透への転機を迎えている。

 

 

※1…ビジュアルマーチャンダイジングの略。ブランドや企業の世界観、ショップや商品の価値・イメージを視覚的、効果的に表現する売り場づくり
※2…キーオピニオンリーダーの略。インフルエンサーと同義
※3…キーオピニオンコンシューマーの略。KOCの発信内容は一般消費者の感覚により近いとされる

 

 

 

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