
顧客の「今の心境」に寄り添う情報をベストタイミングで届けるMA(マーケティングオートメーション)ツール。成果の出る運用の舞台裏には、確かな現場感覚を持つDX(デジタルトランスフォーメーション)担当者のアナログな手作業があった。
世界38の国や地域で総合人材サービスを展開するランスタッド(本拠地:オランダ)。創業以来、労働市場の動向をリアルタイムにキャッチしながら、求職者と企業の双方にとって持続可能なキャリアの実現をサポートしてきた。 そのランスタッドが、いまグローバルで注力しているのが営業DXだ。日本では少子高齢化に伴い労働人口が減少し、多様で柔軟な働き方を選択できる「働き方改革」がうたわれる一方で、一人一人異なるライフスタイルや価値観を持つ求職者と、人手確保や離職防止のため採用コストの上昇に頭を抱える企業をつなぐハードルは年々上がっている。 そこで同社は、求職者や企業に関するさまざまなデータをCRM(顧客関係管理)システムで分析し、一人一人に最適なコンテンツを自動配信するMAツールを2019年5月に導入。2020年1月にはマーケティング&ブランドコミュニケーション本部に「DX部」を新設し、バイヤージャーニーや営業フローの抜本的な見直しに着手した。 しかし、そこに追い討ちをかけたのが新型コロナウイルスの感染拡大だった。求職者、企業ともに接触のチャンスは激減。特に苦戦を強いられたのが求職者とのコミュニケーションだったという。始動したての営業DXは、アジャイル開発を重ねながら一歩ずつ進められていった。
求職者向けのLIVE配信画面。直感的にメニューを選べるよう工夫されている
ランスタッドDX部ディレクターの中村雄一氏は、次のように語る。 「私たちが最も大切に検討してきたのは、テクノロジーで自動化するべき作業と、人が介在すべき場面の見極めです。営業活動の効率化だけを目的としたオートメーションは、CX(顧客体験)の向上につながらないだろうと考えたからです」 最初に取り組んだのは、電話やメールで行っていた求職者とのやりとりをLINEに切り替えたこと。全国約50カ所の支店ごとにLINE公式アカウントを作成し、CRMシステムの顧客IDと連携できるソフトウエアを導入。データ分析に基づき、一人一人に最適なLINEコミュニケーションができる体制を整えた。 「6台のチャットボットを当社のウェブサイトなどに設置し、そのうち1台がLINE上で稼働しています。そのチャットボットのトーク履歴データを分析したところ、求職者が知りたい情報さえスピーディーに提供できれば、自動応答でも十分満足してもらえる問い合わせが全体の約7割を占め、その他の3割は営業担当者による個別対応が望ましい内容であることが分かってきました」(中村氏) 実際、これまで営業担当者が電話やメールで案内していた求人情報は、LINEによる自動配信に切り替えたことで返信率が20~80%と大幅に向上したという。ポイントとして次の3つが挙げられる。1つ目は、求人案件の配信件数を求職者自身が設定できるようにしたこと。2つ目は、求職活動していない期間はステートメントをオフにできるようにしたこと。そして3つ目は、一般的な知識やノウハウに関するコンテンツはあえて配信しないことである。「最も避けるべきは、求職者が必要としていないときに、必要のない情報を配信することです」と中村氏は強調する。 DX部では、チャットボットのメンテナンスを定期的に行っているそうだ。 「お客さまが知りたい情報を自動応答で提供できるようにするには、さまざまなパターンの検索ワードをAIに学習させる必要があります。例えば、「有給」と「有休」など、日本語は同音異義語がたくさんありますので、導入後も人がAIの日本語力を伸ばしていく作業が不可欠です」(中村氏) 運用を開始して間もなく3年になるが、今もソフトウエアの新機能がリリースされるたびに使い勝手を試し、細かい改善を重ねている。例えば、気になる求人があればダイレクトに応募できる機能や、キャリアカウンセラーとのウェブ面談を予約できる機能、入社後の手続き書類をペーパーレス化にする機能など、全てLINEの中だけで完結できるようにした。こうした改善アイデアは、各エリアに配置したDXスーパーバイザーと定期的に連携を取り合い、現場の営業担当者からの要望を吸い上げる中で次々と生まれている。 「電話やメールではまったく返信のなかった人からも、LINEでなら数分で返信が来るようになりました。LINEの友だち登録をしている求職者の就業率は、非登録者の2倍に上ります。企業側もスピーディーなコミュニケーションを望んでいるので、マッチングまでの日数が大幅に短縮されました」(中村氏)
1週間に1回、利用者に配信されるストレスや不満のチェックアンケート。
回答は2、3分で完了する構成(上)。回答内容は管理画面で確認できる(下)。
営業担当者が求職者に直接コンタクトを取るのは、どのような場面なのだろうか。 「不安や不満を抱えているときは、ロボットではなく人にじっくりと話を聞いて寄り添ってもらいたいですよね。『派遣先の職場で嫌なことがあった』『雰囲気が合わない』『もう辞めたい』。そのような相談は、LINE公式アカウントを経由して営業担当者に直接転送されるように設定しています。CRMのダッシュボード上でLINE登録者と1対1のチャットもできる機能を導入したので、タイムリーにフォローできるようになりました」(中村氏) さらに現在、就業後も継続的にサポートするプログラム「ランスタッドケア」の一環として、ストレスの深刻化を未然に防ぐ「心の診断アプリ」をテスト導入している。派遣スタッフ約2000名を対象に、毎週金曜の夕方にLINEでアンケートを配信。今の気持ちを「晴れ」「曇り」「雨」「雷」などのお天気マークで回答してもらい、「雨」や「雷」と答えた人には個別にメッセージを送り、丁寧にヒアリングを行う。数カ月で離職率が目覚ましく改善するなど、手応えを感じているという。 「当社では、1人の営業担当者が100人前後の派遣スタッフを担当することも珍しくありません。心の診断アプリを参考に、時を逃さずメリハリのあるコミュニケーションを行えればと考えています」(中村氏) MAツールを活用した営業DXの成果は、企業とのコミュニケーションにも表れているそうだ。豊富なフィールドセールス経験を生かし、現在はDX部でインサイドセールスの中心的役割を果たす白川真理子氏は次のように語る。 「テレアポや飛び込み営業で新規開拓をしていたころは、顧客に必要なソリューションを導き出す前の段階で、現状把握や基本的なサービス説明に多くの時間を割いていました。MAツールでさまざまなタイプのメールや資料を自動配信し、ダウンロード履歴や開封率を分析するようになってからは、顧客が何を知りたいと思っているのか、どのようなソリューションを求めているのかが把握しやすくなりました。初回面談の際に、すぐ本題に入るケースが増えたと感じています。顧客が問い合わせをしてみようと思い始めた段階に入ってから、初めて人が介在するくらいがちょうど良いのかもしれません」
幅広く配信しているコンテンツの中でも、特に反響が大きいのは白川氏がフィールドセールスで経験してきた実際のエピソードに基づいて書いた記事だ。 例えば、派遣会社での営業経験が10年以上の社員にヒアリングを行い、「派遣スタッフの勤務が続かない職場の特徴」としてまとめた記事は、企業にとって耳の痛い内容ながらも、多くの人に読まれている。また、「従業員に物品を貸与する場合に注意すべきこと」と題した記事は、経営者や管理職であればうなずきたくなる踏み込んだ内容にも触れており、多くのユーザーに読まれたという。 「現場で顧客と何年も対話を重ねてきた人間が書く記事には、他では読めない味が出ると思います。かゆいところに手が届くし、続きが読みたくなる。コロナ禍以降、各社のコンテンツ配信は激増していて、気が付けば何十通も未読メールがたまっているような時代です。差別化は大きな課題ですが、外注に頼り切った数稼ぎのコンテンツ制作ではなく、ネットにあふれている一般的な解説記事では読めないような現場の話題や、営業力を生かした提案型コンテンツをさらに増やし、顧客とのコミュニケーションのきっかけを創出していきたいです。BtoBのセグメントはまだまだ道半ばなので、これからさらに精度を磨いていきます」(中村氏) ランスタッドが目指しているのは、求職者に選ばれる「エンプロイヤーブランド」(勤務先としての企業の魅力)の向上。今後は、一度離職した人が元の職場に復帰しやすい仕組みづくりなども考えているという。 ただ生産性を向上させ、便利になるだけのDXではもったいない。誰が使うツールなのかに真摯に向き合えば、顧客との信頼関係を築けることを同社が示している。
ランスタッド マーケティング&ブランドコミュニケーション本部 DX部 ディレクター 中村 雄一氏(左)
マーケティング&ブランドコミュニケーション本部 DX部 インサイドセールス 白川 真理子氏(右)
PROFILE
- ランスタッド(株)
- 所在地:東京都千代田区紀尾井町4-1 ニューオータニガーデンコート21F
- 設立:1980年
- 代表者:代表取締役会長兼CEO ポール・デュプイ、代表取締役社長兼COO 猿谷 哲
- 従業員数:2696名(2022年12月現在)
関連記事
/consultingmethod/33681/