高知県高知市に本社を置く酒蔵・酔鯨酒造の評価が国内外で高まっている。きっかけは、2017年に挑戦した高級酒市場への参入。商品ラインアップの拡充によって、日本酒ファンの拡大を目指す。
新たなファン層を獲得するハイエンドコレクション
料理を引き立てるすっきりとした飲み口で、地酒愛好家からの人気が高い「酔鯨」。製造元である酔鯨酒造は2017年、新たな挑戦として高級酒市場への参入を果たした。そのフラッグシップブランドとして投入されたのが、「酔鯨 純米大吟醸DAITO(ダイト)」(2万2000円、税込み)だ。
DAITOが目指したのは、同社が掲げる「食文化を豊かにするプレミアムな日本酒」を表現する最高級酒。そのコンセプト通り、原料米には山田錦の中でも希少とされる兵庫県加東市東条特A地区産のものを使用している。これを30%まで精米し、2種類の酵母を使って発酵させる独自製法によって、大吟醸ならではの華やかな香りとキレの良い飲み味を実現した。
2018年には、世界で最も影響力を持つ品評会として知られる「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)2018」の日本酒部門(純米大吟醸の部)において最高位の金賞を受賞。高い品質と高級ワインを思わせる洗練されたパッケージデザインも相まって、日本酒好きはもちろん、フレンチやイタリアンと合わせる食中酒として新たなファン層を広げている。
新ブランド構築に当たって陣頭指揮を執ったのが、2016年に代表取締役へ就任した大倉広邦氏だ。創業者・窪添竜温氏の孫に当たる大倉氏は、学生時代から地酒・ワイン専門店でアルバイトにいそしみ、卒業後は大手ビール会社に11年間勤務するなど、酒業界一筋でキャリアを積んできた。
そうした経験から、「高級すし店で白ワインを楽しむ人が増えているように、酔鯨もフレンチやイタリアンと一緒に楽しんでほしい」と大倉氏は話す。日本酒業界の常識にとらわれない発想こそ、経営を成功に導く重要な要素と言えるだろう。
DAITOの発売以降、同社は酔鯨ならではのすっきりとした飲み口を残しつつ、厳選した原料米と同社の技術の粋を集めて醸す5種類の純米大吟醸を「HIGH END COLLECTION(ハイエンドコレクション)」としてブランド化。料理やシーンに合った一品を選べるラインアップを取りそろえ、さらなるファン拡大を目指している。
酔鯨酒造 代表取締役 大倉 広邦氏(左)。ハイエンドコレクションの1つ、「酔鯨 純米大吟醸 万(Mann)」は、最高級の酒米・山田錦を酔鯨酒造の醸造技術で醸したフラッグシップ商品だ(右)
消費者との接点を増やし日本酒需要の拡大につなげる
ここまでの流れを見ると、地方の酒蔵が高級化にかじを切ったように映る。だが、同社のリブランディングの本質は、「もっとたくさんの人に酔鯨を飲んでもらいたい」(大倉氏)という純粋な動機にある。高級化は、その1つの手段に過ぎない。
「ブランディングの教科書には『ターゲットを絞る』と書いてありますが、当社は特別な日に楽しむ高級酒も、近所のスーパーマーケットなどで手に入る食卓酒も、同じように大切にしています。あえて両方を持つことで、日本酒ファンを幅広く増やしていきたいと考えているからです」(大倉氏)
「ブランド化=高級化」と捉えられがちだが、ブランドの起源は放牧されたウシ(家畜)の所有者を判別するために付ける焼き印「brandr(ブランドル)」と言われている。もともと酔鯨は、大量生産された普通酒が全盛だった1969年に、創業者が「差別化の時代の到来」を予見して開発した商品であり、1980年代には全国の地酒専門店に並ぶなど、ブランドとしての知名度も高まっていた。しかし、2000年代以降、値引きによる販売量重視の戦略に傾いた結果、量販店の店頭に並ぶ大量の商品に埋もれてしまい、輝きを失っていた。
「2013年に当社へ戻ったとき、一生懸命に酒造りをしているのに、会社として目指す方向を見失っているという印象を受けました。良いお酒を造っているのに評価が低い状況を見て、非常にもったいないと感じました」(大倉氏)
「酔鯨 純米吟醸 高育54号」(左)と「酔鯨 純米吟醸 吟麗」(右)。漢字から鯨のアイコンへとラベルのデザインを刷新した(ともに左側がリブランディング前、右側がリブランディング後)
課題に気付いた大倉氏は早速、本来の姿である「差別化によるファン拡大」に回帰すべく行動を起こした。その1つが、ボトルに貼るラベルのデザイン変更である。一目で酔鯨と判別できること。これはブランドにとって大事なポイントだ。
具体的には、それまで親しまれてきた漢字のロゴから、鯨のアイコンを全面に打ち出した個性的なデザインへと刷新。社内や親族から反対の声も挙がったが、「失敗したら辞めよう」(大倉氏)と覚悟を決めて押し切った。
「海外では、漢字を使った日本酒のラベルはどれも同じに見えるため、商品を覚えてもらえません。日本人にとってワインの名前が覚えづらいのと同じです。だったら、商品名ではなくアイコンを使って視覚的に覚えてもらおうと。相談した地酒専門店にいただいた『鯨のアイコンを使ってみてはどうか』というアイデアも参考にしながら、新しいデザインを考えました」(大倉氏)
現在、同社にはホエールテール(鯨の尾)と優雅に泳ぐ鯨の2種類のアイコンが存在する。ホエールテールのラベルは地酒専門店が取り扱う高級酒に、鯨を描いたラベルは主に量販店で販売される商品に使われており、ラベルに印刷されたロゴマークは商品のジャンル分けの役割も果たしている。
また同社は、1人でも多くの人に酔鯨を知ってもらい、体験してもらうためのきっかけづくりにも力を注ぐ。例えば、フレンチと酔鯨のマリアージュを楽しむパーティーをはじめ、クルーズ船や電車を貸し切った体験型のイベントを開催。他にも、ユニクロとコラボしたUT(ユニクロTシャツ)やスペインのバルセロナ発キャンディーブランド「PAPABUBBLE(パパブブレ)」とのコラボなど、日本酒とはほど遠い企業との取り組みも見受けられる。そうした企画へ積極的に取り組む背景には、大倉氏が抱く強い危機感がある。
「国内の酒消費量における日本酒のシェアは5%程度まで落ち込んでいます。すでにワインにも抜かれており、国酒”と言うにはあまりに寂しい状況です。こうした現状を変えるには、酔鯨の魅力を発信するだけでなく、日本酒になじみのないお客さまに少しでも関心を持っていただく努力が欠かせません。
ユニクロでTシャツを手に取った人の何人かが日本酒に興味を持ってくれたらそれでいい。その中の1人でも実際に日本酒を飲んでいただければ幸せです。そうした活動を積み重ねるうちに、少しずつですが日本酒のシェアを上げていけるのではないかと思います」(大倉氏)
最新設備を備えた「土佐蔵」での仕込み作業。米にどれだけ水を吸わせるかが酒造りの肝となる(左)。コンクリート打ち放しのシャープな外観を持つ土佐蔵(右上)。蔵内にストア兼カフェを併設し、酒の試飲だけでなく、酒粕や甘酒を材料にしたスイーツも提供(右下)
酒造りに注力し多くの人に酔鯨を届ける
2018年、酔鯨酒造は最高品質の酒造りを目指して「土佐蔵」を高知県土佐市に竣工した。最新の設備がそろった土佐蔵では、ハイエンドコレクションをはじめとする純米大吟醸酒を中心に生産を行う。一方、特別純米酒や純米吟醸などリーズナブルな価格帯の商品は、本社に隣接する「長浜蔵」が製造拠点。現在はこの2拠点体制で操業を続けているが、今後は本社・生産拠点とも土佐市に集約する計画という。
「長浜蔵の老朽化や海に近いという立地を考えると、南海トラフ地震に対するリスクマネジメントの意味でも、土佐市への集約を進めていきたいと考えています」(大倉氏)
山間の雄大な自然の中にある土佐蔵には、多くのこだわりが詰まっている。例えば、自家精米へのこだわりだ。ほとんどの酒蔵は精米を外注しているが、同社は「農家さんが愛情を込めて作った原料米を自社で精米したい」との思いで大型精米機を導入。精米後すぐに最適な温度・湿度で管理することで、常に最良の状態で仕込みに回すことができる。あるいは、仕込み用のタンク。通常、酒蔵で使用されている10分の1程度の容量のタンクを使うことで、攪拌時のムラを極力抑えている。
「土佐蔵では酒造りの工程を見学できます。実際に見ていただくと、当社が目指す酒造りを、より深くご理解いただけると思います」(大倉氏)
また、農家の高齢化が急速に進む中、同社は地域の農家と協力して原料となる米作りもスタートした。農家の減少によって原料米の確保が難しくなる前に手を打つなど、将来に向けたサステナブルな生産体制の構築にも余念がない。
「当社のテーマは『Enjoy SAKE Life』。お酒のある生活を楽しんでほしいというのが、私たちの一番の願いです。そのためにも、本業である酒造りに注力しながら、幅広い商品展開で世界中の方々に日本酒のある生活を楽しんでもらえるブランドへ、酔鯨を育てていきたいと考えています」(大倉氏)
PROFILE
- 酔鯨酒造(株)
- 所在地:高知県高知市長浜566-1
- 設立:1972年
- 代表者:代表取締役 大倉 広邦
- 売上高:9億890万円(2020年9月期)
- 従業員数:50名(2021年4月現在)