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【企業事例】優れた経営戦略を実践する企業の成功ストーリーを紹介します。
モデル企業 2020.12.28

変革を起こす「3本の矢」を放ち、「働いてよかった」を実現:熊本市医師会熊本地域医療センター

   

人命を預かる医療現場で、看護師が直面する「離職サイクル」。業務過多でスキル・キャリアアップの時間を取れず、ワーク・ライフ・バランスが保てないことを理由に退職が相次ぐ負の循環を脱却し、「働いてよかった!」と実感できる看護現場へと転換させた「3本の矢」の変革を追った。

   
「みんなで選んだ」2色のユニフォーム
  白衣の天使が「彩りある天使」になり、働き方改革に成功――。そんな驚きの舞台となったのが熊本地域医療センターだ。   高度・救急医療の急性期病院で地域医療の支援拠点である同センターの名が全国にとどろいたのは2019年冬。きっかけは「看護業務の効率化先進事例アワード」(日本看護協会)で、「『ユニフォーム2色制』と『ポリバレントナース育成』による持続可能な残業削減への取り組み」により最優秀賞を受賞したことだ。   表彰式の壇上に立ち、事例発表も務めた看護部長の大平久美氏は「看護現場の課題である離職サイクルを断ち切りたい。みんなが定刻に帰れる病院になりたい。それだけを考えて始まったんですよ」と振り返る。患者の急変や緊急入院による業務過多から退職者が増え、補充した入職者を指導する中堅看護師も業務負担が増えて退職し、スキルと実践力の育った人材が定着しない。そんな負の連鎖が、離職サイクルだ。   受賞理由の「ユニフォーム2色制」が始まったのは2014年4月。その胎動は前年末の忘年会にあった。ユニフォームの更新時期が迫っていたことから、大平氏は忘年会で看護師が自らモデルになって行うファッションショーを企画。看護師たちが楽しみながら新ユニフォームを選んだ。   「一新するだけでうれしいのですが、もっとみんなでワクワクして、離職サイクルの沈滞ムードを変えたかったのです。それまでのユニフォームはずっと白衣で、部長と副部長が決定していたのですが、『みんなで選ぼう』と。正直、残業削減に役立つことまでは考えていなかったですね」(大平氏)   6種類の候補から選ぶユニフォームのファッションショーは大盛況となり、当時の院長が「日勤と夜勤の2色制にしたら?」と提案。最多得票のバーガンディーが日勤、次点のピーコックグリーンが夜勤に決まった。「2種類になれば、管理する業務が増え、コストも倍増する」と悩んだ大平氏だが、その後、購入ではなくリース契約にすることで、管理業務が不要になりコスト削減にもつながると分かった。   「安心しましたし、勤務時間で色が違うユニフォームなら、残業がひと目で分かる。スムーズな引き継ぎに使えると直感しました」と大平氏。ユニフォーム2色制に一緒に取り組んだ看護師長の中村絵美氏は「導入時から、みんなワクワクでした。自分が着るユニフォームを、初めて自分たちの投票で選ぶわけで、当然モチベーションは上がります。私たちを尊重してくれるのが分かり、うれしかったですね」と話す。   導入後、看護師が互いに時間管理を意識して動き出し、色が違うユニフォームを着たスタッフを見つけると「帰れる?代わるよ」という声が飛び交うようになった。定刻通りに笑顔で帰る看護師が増え、見守る大平氏の心も楽しく晴れやかになっていた。   ※看護単位内での協働のみならず、看護単位を超えた複数のポジションを担える看護師    
バーガンディー(右)が日勤、ピーコックグリーン(左)が夜勤のユニフォーム。勤務交代時、日勤と夜勤の担当者が一緒に病室を巡回し、ウオーキングカンファレンスを行う(2019年末に撮影)    
部署の垣根を越えるポリバレントナース
  ユニフォーム2色制により離職サイクルから脱却し始めた2018年、第2、第3の「変革の矢」が放たれた。第2の矢は、業務過多の残業を減らす「ポリバレントナースの育成」だ。   当時サッカーワールドカップ日本代表の選手選考でポリバレント性が話題になり、そこから当時の院長が名付けたという。「業務に余裕がある現場から急な欠勤が生じた現場へ。特定のスキルが必要な業務は、そのスキルを持つ看護師が別の病棟から来て肩代わりする。そんな『助っ人』で応援できる体制に変えて、経験を重ねながらキャリアを高めていけるようにしようと」(大平氏)   ポリバレントナースの育成は、所属看護単位の垣根を越え、病院全体で最適な看護を提供する力となった。例えば、交代時間をまたぐ緊急入院や、看護師の数が少ない検査室などを適切にフォロー。「ゆとりを持って勤務に就きたい」「焦って始業したくない」という思いから、定刻より前に出勤して点滴や服薬準備を行っていた夜勤スタッフの業務を、日勤のポリバレントナースが退勤前に肩代わりして解消した。   ポリバレントナースの育成には、保有スキルが分かる職務経歴書を活用。また、「いつ、どこに、誰がいて、任せられるスキルは何か」を一覧表で見える化することで、迅速な助っ人対応が可能になり勤務シフトが組みやすくなった。さらに、一人一人の「なりたい看護師像」を描き出す育成ツールが「私のロードマップ」だ。例えば、「外科で看護をしたい」という個人目標を明確化し、看護部・病棟目標など「病院が求める看護師像」と照らし合わせながら、個別仕様のスキル&キャリアアップにつながるOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)や研修を実施。自発的にポリバレントナースが育つ環境を整えていった。   第3の矢は、業務の引き継ぎをより効率化する「ウオーキングカンファレンス」だ。日勤と夜勤の交代時、退勤する看護師リーダーが出勤するスタッフをスタッフステーションに集めて情報を伝える方法での申し送りを廃止。日勤と夜勤の看護師が一緒に患者のベッドサイドへ行き、担当交代やその日の検査予定を伝え、リアルタイムの情報を収集できるように変えた。   「『事件は現場で起きているんだ』という、テレビドラマの名ゼリフがあります。私たちも電子カルテの記録だけに頼らず、現場で起きる大事なことを、陸上4×100mリレーの日本代表チームみたいにスムーズなバトンパスでつなぎましょう、と。   スタッフステーションで行う申し送りはまさに一大セレモニーで、その間、ナースコールに対応するのは退勤間際のスタッフでした。それをやめて、自分で情報を取るように変えたのです。新人が観察ポイントに気付いて、声掛けのタイミングをつかむなど、日常的な看護過程で先読みができるようになりました」(大平氏)   現場をよく知る中堅と若手が一緒に巡回し、複数の目で患者と接するウオーキングカンファレンスは、得る情報の精度が高まり、患者の安全や看護の質が向上。OJTの格好の舞台にもなっている。   ※複数のポジションをこなすこと。当時、サッカー日本代表の西野朗監督が、選手選考の基準として挙げたことから話題になった
   
残業時間と離職率が大幅に減少
  3本の矢による業務変革は、大きな成果をもたらした。ユニフォーム2色制導入前の2013年度、日勤の1人当たり年間平均残業時間は112.8時間、離職率20%超だった。それが19年度はそれぞれ13.5時間、9.9%と大幅に減少。離職率が全国平均以下、日勤・夜勤の始業前残業はゼロ化を実現した。   着実に成果が生まれた底流として「かかってよかった。紹介してよかった。働いてよかった。そんな病院をめざします。」という病院の理念の存在が大きかったと大平氏は振り返る。   「みんなのベクトルを合わせやすかったので、『理念を具現化しよう』と言い続けました」(大平氏)   ユニフォーム2色制がアメリカンフットボール、ポリバレントナースはサッカー、ウオーキングカンファレンスは陸上リレーと、チームスポーツからヒントを得た変革。次はラグビーワールドカップの「ワンチーム」へと続くところだが、さらにスケールを大きくした「ひとつ屋根の下」戦略を、2019年度から看護部目標に掲げている。   「時間管理と先読みの看護で、ひとつ屋根の下にいる患者さんをみんなで看る”。担当病棟だけでなく熊本地域医療センターの看護師として、みんなで『かかってよかった』と言ってもらえるように。コロナ禍の2020年度はその延長線上で、3本の矢をより強靭にする実践に取り組んでいます」と大平氏。新たに、患者や家族の立場で寄り添う看護サービスを追求する勉強会「看護の語り場」が、中村氏など看護師長を中心に始動。また、看護師主任の杉本理恵氏は主任会議のメンバーとしてウオーキングカンファレンスの標準化に挑んでいる。   「本当に患者さんが気掛かりで引き継いでほしいことを、コンパクトな時間でキャッチする。そんなカンファレンスを目指しています」(杉本氏)   3本の矢が定着するひとつ屋根の下の看護現場には「かかってよかった」「働いてよかった」と互いの心が通じ合う証しがある。勤務交代時のスタッフステーションの雰囲気が変わったのだ。   「声を掛けてくれる患者さんやご家族に、『勤務時間外なので』とは言えませんが、対応は受け身でした。電話はワンコールで出ないと、『冷たい病院』のように映ってしまう。そんなシーンがなくなったことが、何よりうれしいのです」(大平氏)   天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者である―。ナイチンゲールの言葉を体現するかのように、熊本地域医療センターの挑戦は今日も続く。     左から、熊本地域医療センター 看護師主任 杉本理恵氏、看護部長 大平久美氏、看護師長 中村絵美氏。2019年末に撮影(左)センター内に掲示されたユニフォーム2色制の告知ポスター。掲示することで制度に関する利用者からの理解を得られたという(右)    
Column

「○○したくなる」が、変革を後押し

ユニフォーム2色制は、行動経済学の「ナッジ理論」の事例としても注目に値する。ナッジ理論とは「小さなアプローチで人に望ましい行動を取らせる仕掛け」。経済的インセンティブや罰則ではなく、自発的な行動変容を促す意思決定環境をつくり出すことだ。   レジ前の床に足跡のシールが貼ってあると、自然と買い物客がそこで立ち止まるように、ユニフォーム2色制も「ひと目見たら分かる」ことが行動につながり、成果へと導いている。   実は残業が多い理由の一つに、看護師の責任感があった。「例えば『氷枕を作って』と患者さんにお願いされたら、自分の手で届けたい。そんな風土が看護の現場にあって、引き継ぎが可能な業務でも残業をしていました」(大平氏)   誇り高きマインドを傷つけない。ユニフォームをみんなで選び、スキルに合わせて業務を任せ、主体性を失わせない。そんな「○○したくなる」環境は、変革が持続するナッジになったと言えるだろう。
   

PROFILE

  • (一社)熊本市医師会 熊本地域医療センター
  • 所在地:熊本県熊本市中央区本荘5-16-10
  • 創立:1981年
  • 代表者:院長 杉田 裕樹
  • 従業員数:410名(連結、2020年10月現在)