DXを推進するにはデータサイエンスに精通した人材が不可欠だ。日本で初めてデータサイエンス学部を開設した滋賀大学の竹村彰通学部長に、人材育成のポイントを聞いた。
データの収集・分析を行い、価値を生み出すデータサイエンティスト
DXが新たな顧客創出や顧客のロイヤルティー向上を自社にもたらすことは想像にたやすい。しかし、多くの企業が抱えている問題は、自社の状況に合ったDXをどのように構築するのかという点だ。その際に中心的な役割を担うのが、データの収集・分析を行い、新たな方策を立案する「データサイエンティスト」である。
米国や中国ではすでに若者の間で人気の高い職業として定着し、企業のマーケティングや工場のスマートファクトリー化を担当するなど、その活躍の場はさまざま。年収が高く花形職業であるデータサイエンティストだけに、大学でもデータサイエンスを学べる学部は人気だ。米国で130大学、中国に至っては300大学もあるといわれている。
「米中と比較すると日本のデータサイエンスは後れをとっているので、データサイエンティストの育成は急務と言えるでしょう。しかし、残念ながら日本でデータサイエンス学部を設けているのは開設予定のものを含めて10大学程度と、米中と比較するとかなり少ないのが現状です。今後は、そのニーズの高さからデータサイエンス学部を開設する動きは広がっていくはずです」
日本のデータサイエンスを取り巻く大学の状況をそう説明するのは、滋賀大学データサイエンス学部長の竹村彰通氏である。滋賀大学は、2017年4月に日本で初めてデータサイエンス学部を開設した。第一期生は現在4年生で、2021年春には社会人になる予定だ。
「就職を希望する学生に企業からの内定が出るなど、社会にデータサイエンティストを送り出すという本学部開設の目的は担えていると実感しています。同時に、各企業でデータサイエンティストのニーズが非常に高まっている証しでもあると考えています」(竹村氏)
2020年8月には、データサイエンス分野の発展を戦略的に促進することを目的に、滋賀大学をはじめ一橋大学、総合研究大学院大学、長崎大学、兵庫県立大学、立正大学の6大学で「データサイエンス系大学教育組織連絡会」を設立。会長に竹村氏が就任し、専門教育推進の在り方や専門教員養成などについて意見交換をしながらデータサイエンティスト育成の土壌を整備している。
講義を行う竹村氏
データサイエンスの必要性をいち早く感じ、社員に学ばせる企業が増加
データサイエンティストは、データサイエンスの基礎である統計学と計算機科学を駆使し、データの取得・整形などのコンピューター処理を経て分析を行う。そして、そこから得られた知見を現実の問題解決に役立てる役割を担う。情報システムを構築するシステムインテグレーターとは違い、データに潜むパターンや秩序を導き出し、課題解決を図る方法や仕組みを創造する専門家である。文理融合的な学問領域と言われているものの、「数学の素養は必須」と竹村氏は指摘する。
統計学と計算機科学以外にも経営的な知見が求められるとともに、組織内の各部門との意思疎通を図るコミュニケーション能力も必須のスキルとなる。さらに、営業DXを推進するならマーケティングの知識、製造DXなら生産管理や検査の知識といったように、各職種の専門知識も必要である。
データを活用して新規顧客の創出や顧客満足度の向上を図るために、データサイエンティストは今後ますます不可欠な存在となってくる。その必要性をいち早く感じ、社員にデータサイエンスを学ばせている企業も少なくない。
「滋賀大学では2019年4月にデータサイエンス研究科を開設し、多くの社会人を受け入れています。受講者はIT企業からだけでなく、製造業など幅広い業界から来ています。彼・彼女らの目的は、デジタルデータを活用した自社の課題解決です。
データサイエンスは実学的な学問領域ですから、学部においても実践的な学びを展開しています。実務家教員(企業などでの実務経験を生かして教育に当たる高等教育機関の教員)も在籍しているので、企業が抱える課題をテーマに、グループワークなどを通してデータサイエンスによる解決方法を学んでもらっています」(竹村氏)
同学のデータサイエンス研究科で学ぶ社会人は、ある程度キャリアを積み、業務に関する知識を深めているとともに、新しいことへ興味を持てる20歳代後半から30歳代前半の人が多い。社会人としてこれまでに培ってきた知見に加えて、統計とプログラミングの知識と技能を習得することで、データサイエンティストを目指す人は増えている。
滋賀大学が2016年4月に設置した「データサイエンス教育研究センター」は、データサイエンスに関する先端的な教育研究活動を行うとともに、企業や自治体と連携しながらさまざまな社会貢献や教育開発を行うことを目的としている。
滋賀大学経済学部講堂。大正期における旧専門学校の講堂の典型として国の登録有形文化財に指定された
産官学連携で自社に資するデータサイエンティストを育成
同センターの取り組みの一つに、トヨタグループとの連携で行う「機械学習実践道場」と呼ばれる研修プログラムがある。この研修は2017年から毎年行われており、トヨタグループのエンジニアをビッグデータ分析の指導者候補として育成している。2019年度はトヨタグループ16社から117名のエンジニアが参加し、毎月1回、合計8回の講義や指導会を通して学んだ。
「この研修プログラムは、実際の業務の現場で抱える課題をテーマにし、データ分析や機械学習手法の使い方について具体的な指導を行っています。毎年、約100名の参加者が学んでおり、前年の受講者が翌年には指導の補佐をするなど、トヨタグループの中でデータサイエンティストが着実に育っています」(竹村氏)
その他にも、同学は数多くの企業や官公庁との連携プロジェクトを推進している。信用調査会社の帝国データバンクと共同で「DEML(Data Engineering and Machine Learning)センター」と呼ばれる組織を立ち上げ、同社が保有する膨大なデータと滋賀大学のデータサイエンスの知見を組み合わせて、実践的なデータの抽出や予測モデリング開発などに当たっている。
「また、タイムパーキング事業を展開するパーク24グループとは、時間貸駐車場の利用実績データや各種データを用いて、混雑状況や需要の変化を予測する数理統計モデルの開発を推進。この研究を基に、駐車場の特徴や時間帯に応じた適切なサービスの提供を目指している。
経営者自らがデータサイエンスを理解し、トップダウンで推進することも大切
データサイエンスを用いた試みに力を入れているのは大企業ばかりではない。例えば、滋賀県を中心に近畿・北陸・東海地方で総合スーパーマーケットを展開する平和堂と滋賀大学は連携協力協定を締結。この協定により、学生は同社が保有する販売データを用いた実践的な演習を経験できるようになり、同社はその分析を基に新たな価値を創出する機会を得た。
「中小製造業では、製造ラインや工作機械にセンサーを取り付けてデータを収集・分析することで、これまで熟練工に頼っていたものづくりを自動化するなどの動きも加速しています」(竹村氏)
ただ、中堅・中小企業は社員数が限られているため、大企業のように新たにデータサイエンス部門を創設し、そこに権限委譲を与え、DXを推進するといったことがしにくい。そのためデータサイエンスの活用は、社外の専門事業者に依頼することになりがちだ。しかし、それでは時代の変化に対応できないと、竹村氏は警鐘を鳴らす。
「確かに中堅・中小企業は、限られた人的・資金的な経営資源の中でデータサイエンティストを育成しなければならず、難しい側面はあります。しかし、ずっと外注に頼っていると企業文化は変わりません。データサイエンティストを自社に在籍させることによって他職種の社員の意識が変化し、デジタルデータを活用した仕組みの構築や自社全体の競争力強化に結び付くはずです。
そのためには、担当者に任せきりにせず、経営者自らがデータサイエンスを理解して、トップダウンでDXを推進することも大切でしょう。本学では多くの企業の課題に耳を傾けて協力体制を築きながら人材育成を支援していますので、ぜひご相談いただきたいですね」(竹村氏)
現場に眠るデータ資産を飛躍のばねに変えるには、「データをどうビジネスの成果につなげるか」という視点を持つデータサイエンティストの育成が欠かせない。
滋賀大学 データサイエンス学部長 教授 竹村 彰通(たけむら あきみち)氏
PROFILE
- 滋賀大学 データサイエンス学部長 教授 竹村 彰通(たけむら あきみち)氏
- 1952年、東京生まれ。ピアニストを目指し、東京芸術大学へ進学。その後、東京大学経済学部、同大学院経済学研究科修士課程を経て、米スタンフォード大学統計学大学院修了。1997年、東京大学院経済学研究科教授。2001年、東京大学大学院情報理工学系研究科教授。2015年、滋賀大学データサイエンス教育研究推進室長に就任し、学部の創設に尽力。現在、データサイエンス学部長、データサイエンス研究科長。2011年~2013年まで日本統計学会会長を務めた。著書に『現代数理統計学』(創文社)、竹内啓との共編『数理統計学の理論と応用』(東京大学出版会)などがある。