新型コロナウイルスの感染拡大や緊急事態宣言の発出によって、急速に広がったテレワーク。ポストコロナにおける働き方の可能性と、それに対応する制度設計の在り方について、リクルートワークス研究所の所長・奥本英宏氏に聞いた。
コロナ禍で急拡大するテレワーク
内閣府が公表した「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(2020年6月21日)によると、全国で就業者の34.5%がテレワークを経験したと回答。さらに、日本経済団体連合会(経団連)の「緊急事態宣言の発令に伴う新型コロナウイルス感染症拡大防止策 各社の対応に関するフォローアップ調査」(2020年4月21日)の結果からは、新型コロナ対策としてテレワークを実施した企業は97.8%、そのうちテレワーク勤務者の割合が5割以上の企業は72.7%に上るなど、テレワークが短期間で急拡大した様子がうかがえる。
これまで幾度も導入が議論されながらも限定的な運用にとどまっていたテレワークだが、大混乱の中で多くの企業が実現できた要因はどこにあるのか。リクルートワークス研究所の所長である奥本英宏氏は、その背景の一つとして「2019年の『働き方改革関連法』施行を含め、これまでの働き方改革への取り組みが下地となった」と指摘する。
同関連法では、長時間労働の上限規制や年次有給休暇の取得義務化、フレックスタイム制や裁量労働制の対象業種の見直し、「高度プロフェッショナル制度」の創設、2020年4月施行の「同一労働同一賃金」義務化(中小企業は2021年4月)など、雇用形態によらない公正な処遇に向けた取り組みが進められている。
「一連の改革には二つのテーマがあります。一つは、長時間労働の削減や処遇の均等・均衡といった最低限の就労条件の整備。それによって1人でも多くの働き手が社会に参画しやすい環境を整えることです。もう一つが、働く場所と時間の選択。個人の希望や志向、家庭の事情に合わせた働き方の選択の実現です。特に、コロナ禍では後者が大きく前進しました」(奥本氏)
テレワークに潜むマイクロマネジメントの危険性
そうした働き方の変化によって今、何が起きているのか。奥本氏が指摘するのは、「『働く場所』『仕事の任せ方、進め方』『働くことや仕事そのもの』に対する意識変化の兆し」だ。
「働き方改革ではこれまで、働く時間に焦点が当てられていました。しかし、コロナ禍で働く場所への意識改革が格段に進んだと見ています。テレワークが広がる中、場所に縛られていた固定観念が揺らぎました。これが今後の人事施策などに大きく影響を及ぼすと考えています」(奥本氏)
だが、同時に見えてきたのは職務や経験に応じたリモートマネジメントの難しさだ。成果が上がる仕事のやり方を確立している社員の多くがテレワークでより生産性を上げる一方、経験の浅い新人や他部署との連携が欠かせないアシスタントからは戸惑いの声も少なくなかった。テレワークはマネジャーのマネジメントスキルによる差が生まれやすく、仕事の指示が適切になされず時間を浪費するメンバーや、メンバーに過度な報告やチェックを求めるマネジャー、完全に放任するマネジメントの放棄といった状況が散見された。
特に注意すべきは、細かく管理するマイクロマネジメントに陥りやすい点だ。なぜなら、緻密すぎるマネジメントは、部下の仕事に対する姿勢を受け身にしてしまい、チームワークの低下やマネジャーの負担増大、組織力の低下をもたらすからである。
「もともと働き方改革で求められていたのは、勤務時間と勤務地の多様性を踏まえたダイバーシティーマネジメントです。一人一人に向き合いながら社員の主体的な取り組みとチーム力を促進するマネジメントへの転換が、ここにきて喫緊の課題となっています」(奥本氏)
【図表】コロナ禍における不安感
出所:リクルートワークス研究所『Works』(160号、2020年6月)
働くことや仕事についての社員の意識変化が
今後の働き方に影響を与えていく
意識の変化を捉え新たな働き方を示せ
さらに、ポストコロナ時代の働き方に影響を及ぼすと考えられるのが、働くことや仕事そのものについての社員の意識変化である。生死に関わる感染症に対峙した経験は、多くの社員にとってワーク(仕事)とライフ(生き方)について深く内省する契機になっている。
実際、「リクルート住まいカンパニーが展開する住宅情報サイト『SUUMO』(スーモ)では、郊外住宅の閲覧が増えている」(奥本氏)など、安全・安心に働き、暮らすことへの意識の高まりが見て取れる。
また、リクルートワークス研究所の調査によれば、コロナ禍で「自分自身の今後」「この社会で生きていくこと」「所属する組織との関係」に対する漠然とした不安を抱えている社員が多いことも明らかになった(【図表】)。
こうした意識変化が今後の働き方に影響を与える可能性は十分にある。変化をいち早く捉えた企業は、すでに新たな試みを開始している。
例えば、ある建設関連の中堅企業はテレワークの経験を生かした採用活動を始めた。建設業界ではCADオペレーターの採用難が続いているが、同社は「週4日の在宅勤務、1日は出社」という新たな雇用形態を導入。見事、子育て中のオペレーター経験者の採用に成功した。
また、地方にあるIT企業がフルリモート正社員として東京在住者を採用した事例や、地方の中小企業が副業・兼業可能な人材をリモート社員として採用し、商品マーケティングや新製品開発に活用する事例なども現れ始めている。
「家族の介護などで出社や転勤が困難になった社員にとっても働きやすい雇用形態です。働き方の自由度を上げる制度構築につながる可能性を十分に秘めています」(奥本氏)
ジョブ型の導入は慎重に検討すべき
一方、評価や処遇に関してもいくつか動きが見られる。その一つが、時間管理から成果管理の評価制度に移行すべきという「ジョブ型雇用制度」導入に関する議論だが、奥本氏は「冷静に考えるべき」と警鐘を鳴らす。
「職務主義への移行は一つの流れになっていますが、『ジョブ型』という言葉が曖昧なまま使用されている今の状況を懸念しています」(奥本氏)
そもそも政府が「成長戦略」「骨太の方針」に掲げるジョブ型とは、職種や場所、期間を限定した新たな雇用区分を指しており、新たな雇用契約形態によってさまざまな働き手の参加を促すことを目的としている。欧米型の職務評価や職務給を導入すべきという意図ではないことを、しっかりと押さえておかなければならない。
そこを曖昧にしたままジョブ型を導入すれば、仕事内容を詳細に定めて評価するマイクロマネジメントを加速させることになる。それよりも「大きなくくりによる職務・役割の設定や、専門技術・職務能力の組み合わせなど、さまざまなバリエーションを制度設計することが重要」と奥本氏は考える。
「今は、あらゆる仕事において部署をまたぐ連携が強くなり、業務を明確に区分することが難しくなっています。また、ソリューション型のビジネスにおいては、顧客によって仕事の枠組みが変わることも珍しくありません。そうした現場にマイクロマネジメントを持ち込むと、かえって企業のイノベーション力や成果を上げる力をそいでしまいます。そうした事態を避けるためにも、事業モデルや従業員の成長モデルに沿って、仕事のくくりを大きくすることが大切です。いわゆる『ジョブ型』を安易に導入するのではなく、社員の成長とやりがい、成果が上がるローテーション、評価軸の設定も含めて、人材を生かす制度を考えていくべきでしょう」(奥本氏)
マネジメントの課題を解決するには、ジョブ型の導入以前に、「当期に取り組む課題をメンバーと合意し、業務状況をモニタリングし、その成果を評価する」という、マネジメントの基本レベルを高めることが先決だろう。2020年4月の緊急事態宣言の後、社員教育を見合わせた企業は少なくないが、オンライン研修などを有効に活用しながらマネジメントの底上げを継続的に図ることは、ポストコロナ時代を支えていく自律的な社員育成の重要な鍵になる。
機動性に富む中堅・中小企業が変化の先鞭をつける
コロナ禍によって、企業の大小を問わず、多様な働き方やそれに伴う制度改革は加速している。ただ、この変化がもたらすのは、「働き方の自由な選択」だけでないことは明らかだ。足元ではすでに、就業環境の違いがもたらす生産性の格差に加え、テレワークによる運動不足やメンタル不調といった健康面の課題、家庭内DV(ドメスティックバイオレンス)の増加や家族の不和といった安全・安心面の課題も露見し始めている。
新型コロナウイルスの影響は数年続くともいわれる中、以前とまったく同じ働き方に戻すのは難しいと考える方が賢明だ。積極的にテレワーク環境の整備に取り組んでいくべき段階に入ったと言えるだろう。
「場所に縛られない働き方は、今回のようなウイルスに起因するパンデミック(世界的大流行)だけでなく、台風や地震といった危機的状況においても効果を発揮します。働き方改革は人手不足の問題だけでなく、企業のBCP(事業継続計画)の観点からも非常に重要です」(奥本氏)
すでに各地で、中小企業発の新たな試みや、同じ地域・業種の企業と行政の協働が成果を上げ始めている。「一歩進んだ施策の導入は、機動性に富む中堅・中小企業に利がある」(奥本氏)。「働き方改革推進支援助成金」をはじめ、国や自治体が各種助成金を用意している今は、中長期を見据えた環境整備への投資を検討する絶好のタイミングでもある。
「コロナ禍で多くの経営者が『社員の安全を守るか、業績を優先するか』で悩まれ、ほとんどの経営者が社員の安全を選ばれました。そのメッセージは社員に伝わっているはずです。その思いを、次は創造的な働き方、社員のやりがいにつなげていただきたいと思います」(奥本氏)
リクルートワークス研究所 所長 奥本 英宏氏
PROFILE
- (株)リクルート リクルートワークス研究所
- 所在地:東京都中央区銀座8-4-17 リクルートGINZA8ビル
- 設立:1999年
- 代表者:所長 奥本 英宏