ミャンマーのグループ会社の従業員と五常・アンド・カンパニー本社のメンバー。現地法人の運営は基本的に現地スタッフが行う
貧困などの理由で銀行口座を保有できない成人人口は世界で17億人。世界の4人に1人が金融システムにアクセスできていない現状がある。この大きな社会課題の解決を目指すのがファイナンス・インクルージョン(金融包摂)であり、SDGsの重要な柱の一つになっている。全ての人が金融サービスへアクセスできることを目指す事業に迫る。
開発途上国の低所得者層を支援するために起業
「誰もが自分の未来を決めることができる世界」。これが五常・アンド・カンパニーの掲げるビジョンである。日本も含め、世界には自分の意思で未来を切り開きにくい環境に置かれている人々が数多くいる。そうした人々に金融サービスを届けるため、開発途上国でマイクロファイナンス機関を展開しているのが同社だ。
同社の設立は2014年。起業したのは、モルガン・スタンレー・キャピタルを経てユニゾン・キャピタルに勤務していた代表取締役の慎泰俊氏である。
「私の祖父母は朝鮮半島が日本だった頃に日本本島にやってきました。孫に当たる私は『戦前に朝鮮半島から日本にやって来た人の子孫』ということで、今も国籍はありません。もちろん、特別永住権はあるので、たいていの権利は保証されているのですが、海外へ渡航する際などには不便を感じます。それ以外にも理不尽を感じることが多かったこともあり、生まれた属性でその人の運命が決まってしまう仕組みを変えたいと考えていました。
世界には自らの力で未来を切り開くのが困難な環境にいる人がたくさんいます。そんな人々にとってまず必要なのは生活に密着した金融サービスであるとの考えから、プライベート・エクイティー投資※で金融プロフェッショナルとしてのキャリアを積む傍ら、2007年にNPO法人Living in Peaceを設立。そして、2009年に日本で初となるマイクロファイナンス投資ファンドをつくり、開発途上国の人々に金融サービスを提供するマイクロファイナンス機関へお金が流れる仕組みをつくりました」
その後、慎氏は32歳で五常・アンド・カンパニーを設立した。
社名の「五常」は、江戸時代の農政家である二宮尊徳(金次郎)が発足した「五常講」に由来する。「講」とは、仲間が少額のお金を出し合い、まとまった資金を必要とする人がそれを借りて事業を行い、返済する相互扶助の仕組み。今でいう信用組合のようなものだ。二宮尊徳は五常講を経営するに当たり、借り手に対して農政技術の伝承や経営指導も担ったといわれている。
その精神を現代に受け継いだ五常・アンド・カンパニーは、貧困層を含め、全ての開発途上国で経済的な自立を図りたい人々へ金融サービスを届けるために誕生した。
※未上場企業の株式の取得・引受を行う投資行為。成長が見込める企業に投資をし、企業価値を高めて売却する
五常・アンド・カンパニーの顧客数
出所:五常・アンド・カンパニーのプレスリリース(2019年10月17日)より作成
2030年までに1億人以上へ
金融アクセスを提供
現在、五常・アンド・カンパニーがマイクロファイナンス機関を展開しているのは、カンボジア、スリランカ、ミャンマー、インドの4カ国。これらの地域にマイクロファイナンス機関を設立したり、既存の機関と資本提携を結んだりして、低所得者層への融資を実現している。
「まずカンボジアの現地法人に資本参加することから事業を開始しました。最初の事業拠点国にカンボジアを選んだ理由は、同国が海外の資本や人材を活用して復興するという政策を掲げていた結果、外資系企業への規制が緩く、通貨もドルでよかったことにあります。
その後はスリランカ、ミャンマーへと事業拡大を図りましたが、これらの国々でも、かつてNPO法人の活動を通じて得たネットワークが大きなアドバンテージになりました。当社の現地法人のオペレーションは基本的に現地経営者とスタッフに任せているのですが、経営者を決める際に当時の人的ネットワークを生かすことができたのです。
インドにはすでに数多くのマイクロファイナンス機関が存在しており、新規参入しづらい環境でもあるので、既存事業者への資本参加を通じて事業を展開しています」(慎氏)
同社の現地法人で働く従業員は3400名を超え、顧客数は約54万6000人となった(2020年1月現在)。融資者に家族が4人いると仮定すると、間接的に200万人を超える人々に融資を行った計算になる。
五常・アンド・カンパニーが融資対象にしているのは1日5.5ドル以下で生活をしている人々だ。こうした貧困層・低所得者層は世界にまだ数多く存在しており、そういった人たちが金融にアクセスできる環境を提供できれば生活の向上が図れる。そこで同社は、2030年までに「民間版の世界銀行」をつくり、50カ国の開発途上国で1億人以上に金融アクセスを提供するという目標を立てている。
ローンオフィサー(融資担当者)は顧客がいる村へ出向いて金融サービスを提供。キャッシュレス化・自動化が進んでも対面を重視している
ITやキャッシュレスを活用して低金利融資を実現
五常・アンド・カンパニーの融資対象は99%以上が女性である。男性は肉体労働や出稼ぎなどの仕事を見つけやすいのに対し、女性の仕事は家事や内職が中心で、なかなか新しい仕事に就きにくいからだ。女性が融資を受けることができれば、地域に伝わる手工芸を事業化したり、新しい農機具を買って生産性を改善したりできる。
「手工芸を行う場合、ミシンを購入できれば生産性は大きく向上します。事業が軌道に乗れば、近所の主婦を集めて小さな工場を作ることも可能です。そうなれば地域経済が活性化して貧困から脱出しやすくなる。同じように、農業でも農機具や設備に投資できれば事業拡大を図れます。
また、女性が経済的に自立すれば家庭内での発言力が増し、家族で話し合いをする機会も増えて、家族にとって正しい答えを導きやすくなります」(慎氏)
多くの開発途上国は経済成長を遂げインフレ傾向にあるため、国や中央銀行の金利が高い。そこに事業コストや収益を上乗せすると、五常・アンド・カンパニーの融資も高金利になりがちだ。しかし、多くの女性が融資を受け、経済的に自立していくためには、できるだけ金利を低く抑えることが不可欠であり、それがマイクロファイナンス機関の使命でもある。
そこで重要になるのがデフォルト率(債務不履行率)と営業コストを下げること。前者はいわゆる「貸し倒れ」を少なくすることであり、同社はこれを0.5%以下に抑えている。日本の消費者金融はもちろん、銀行やその他のマイクロファイナンス機関と比較してもかなり低い。
一般的にマイクロファイナンスの営業コストは融資額の10%を超える。訓練された従業員を雇い、金融機関用のシステムを導入しながら、対面で少額の金融サービスを提供しているためだ。これに対して同社はITやキャッシュレスサービスを活用し、融資手続きの簡略化を図るなどの工夫をして、さらに低金利での融資を実現しようとしている。
多くの場合、資金の提供と回収は集会場で実施。知り合いが見ているため返済率は高い。また、1カ所に皆を集めることで業務効率も高めている
日本と現地から資金調達を行って融資
五常・アンド・カンパニーの本社は、主に日本の金融機関や企業から投融資を受け、現地法人の資金調達をサポートしている。2020年2月には、クレディセゾンと900万ドルの融資契約に合意するなど、マイクロファイナンス機関の活動に興味を持つ日本企業との取引が増えている。
現地法人の人材育成支援も、本社の重要な役割である。同社の理念に共感した現地スタッフの自主性を生かした運営を心掛けていると慎氏は言う。
「現地法人には『五常』という社名を付けていません。そう名付けることで、『日本に支配されている』という思いを抱く人がいるかもしれないからです。現地法人を設立する際、初めは現地の人々と議論しながら経営方針を決めていきますが、ある程度、時間がたったら、大きな問題がない限り現地スタッフに任せています。大切なのは、こちらの常識を押し付けるのではなく、現地の常識を尊重すること。ただし、常にスピーディーに課題解決を図れる組織にすることだけは譲らずに運営してもらっています」(慎氏)
実は、世界の大手マイクロファイナンス機関には、本社のオペレーションのまま他国へ進出しようとして失敗したところが少なくない。一般人を対象にするリテール金融は、本質的にローカルなビジネスだからだ。現地の文化や風土を理解し、組織やオペレーションの仕組みを構築することが大切なのである。
「すべての人に金融包摂を」をミッションに掲げる五常・アンド・カンパニーは、2030年のゴールに向けて着実に前進している。
五常・アンド・カンパニー 代表取締役 慎 泰俊氏
PROFILE
- 五常・アンド・カンパニー(株)
- 所在地:東京都渋谷区千駄ヶ谷3-14-5
- 設立:2014年
- 代表者:代表取締役 慎 泰俊
- 従業員数:3424名(現地法人含む、2020年2月現在)