開発途上国が貧困から抜け出すことを支援するために確立した「自立できるビジネスの仕組みと運用」のロールモデル。打ち出したのは、地域貢献を経営の基軸に設備工事業を展開する福井県の中小企業だった。
仕組みだけでなく運用できるモデルを構築
「一体、どうなっているんだ?」
目の前に現れた衝撃の光景。テラオライテック社長(当時)の寺尾忍氏が、本気でSDGsビジネスに乗り出す転機となった瞬間だ。
日本JC(日本青年会議所)が展開するアジア各国に安全な水を届けるキャンペーン「SMILE by WATER」。2017年度にカンボジア北部プレアビヒア州で食用魚の養殖事業に着手し、その収益で井戸を掘って水を確保する事業モデルを推進した。日本JC専務理事だった寺尾氏は順調な成果報告を受けていた。
ところが2018年、自ら現地に足を運んだ寺尾氏に一つの転機が訪れる。
「事業を継続しているはずが、魚は消え失せていました。売ったのか食べたのか、誰に聞いても分からない。新しい井戸も増えていませんでした」(寺尾氏)
事業モデルはあっても運用サイクルを回せないことが要因だったが、日本JCで再構築することも難しい。そこで自社で取り組むことを決意した。
「専務理事を務めた身として、そのままにはできません。それに、私の姿を見て『日本人が来てくれた。お金ください』と駆け寄る現地の人々の姿に大きなショックを受けたのです。仕組みはあっても運用できないことに加え、自立する意識に乏しいことが最大の課題だと分かりました」。そう寺尾氏は振り返る。
日本JCモデルを継承したテラオライテックは、経済的な自立支援と持続的な成長を可能にする仕組みと運用を構築する「NATIONAL PRIDE PROJECT IN CAMBODIA」(以降、NP)を始動した。2019年5月に現地法人を設立し、運用管理マネジャーとして社員を派遣。カンボジア政府や州政府、東南アジア地域における土木工学分野の人材育成を目的とした高等教育機関であるアジア工科大学とパートナーシップを締結した。養殖池を整備し、稚魚の孵化施設の建設にも着手。SDGsとビジネスをつなぎ、社会課題を解決する新モデル「テラオ式」(図表)は大きな期待を集めている。
実はそのさなか、寺尾氏は撤退を真剣に考えた時があった。何度も現地へ足を運び、貧困地域のイメージと現地の実情にギャップが生じていると気付いたからだ。
「水が飲めずに亡くなる命を救う支援が必要だった段階は過ぎ、貧困格差を埋めるため次のステップへ進むべきなのに足踏みしている。カンボジアの人が自分たちで上下水道のインフラを整え、技術も身に付けて『主役』になるような支援をしようと思い直しました」(寺尾氏)
貧困ビジネスを逆手に取って「テラオ、一緒にうまいことやろう」と誘うような現地の人もいるなど、課題は山積している。だが、それと同時に、NPの仕組みと運用で水の課題が解決し、収入も増え、生活環境が向上していく手応えを感じ始めた。「水や衛生設備へ1ドル投資すると、そこから産み出される社会的・経済的利益は約4ドルになるとも言われています。自分や地域にメリットがあると実感できたときに『もっと主体的に携わりたい』と現地の人が思ってくれたら」と寺尾氏は話す。
NATIONAL PRIDE PROJECT IN CAMBODIA
カンボジア王国・プレアビヒア州にて経済的自立支援と持続的成長計画の推進
地域に雇用と資源をもたらす新産業を生み出し、その収益をカンボジア政府に寄付して、上下水道のインフラ整備の公共投資に回す「テラオ式」モデル。設備工事はテラオライテック本社の技術支援を受けた現地法人が請け負い、運用管理体制も構築した
上下水道のインフラ整備を通して、持続可能な社会の実現へ貢献する
「わが事」意識を向上し顧客にも共感を広げる
1966年の創業から54年、福井県内で給排水衛生・空調換気・電気の設備工事業を手掛けるテラオライテック。NPでSDGsのゴール6(水と衛生)と7(エネルギー)を掲げるのは、「水とエネルギーのプロフェッショナル」として本業の強みを生かせることが大きい。
社内にSDGs推進委員会を立ち上げ、SDGsの理念やNPの進捗を共有する研修会を開催。社員はSDGsバッジを身に着け、社用車にもステッカーを貼るなど、本業とSDGsが日常に結び付く活動を続けている。それでも「遠く離れた国へのボランティア的な支援」という空気感が漂う時期もあった。
「現地で得た収益を日本に持ち帰り、社員に還元して給料が増えるわけじゃない。儲かるビジネスか、自分に直接的なメリットがあるかを具体化しないと『わが事』にならないのは、日本もカンボジアも同じです。経営者の多くがSDGsに一歩踏み出せない理由も、恐らくそこにあるのでしょう」(寺尾氏)
NPの始動後、寺尾氏は社長職を弟の剛氏に託し、会長に就任した。「外国で養殖を始めたらしいね。本業、大丈夫なの?」と不安視する取引先や協力企業があったからだ。
「社員がかわいそうなんですよ。真面目に技術を磨き、現場でしっかり設備工事をしているのに、そんなことを言われて。私は気にもしませんでしたが、経営の第一線を退こうと決めました」(寺尾氏)
SDGsビジネスへの理解が進まない逆風にも、変化の兆しはある。NPが地元紙やテレビで報道され、SNSで自社発信も開始すると「ニュース、見ましたよ。すごいですね!」と声が掛かるようになり、社会的認知度や社員の意識の向上につながっている。また、自社のリフォーム事業で、売り上げの一部をNPに寄付する契約プランの提案も計画中だ。
「貧困国の実情はなかなか知り得ないし、知っても直接的に何かできる人は多くありません。それなら、顧客を巻き込んで共感を広げることも、事業継続の可能性を高めるアプローチの一つになる。自社のブランディングと持続的な発展にもつながっていくと思います」(寺尾氏)
スモールスタートから高収益事業へ
NPは2020年春、15カ年の損益計画を策定しプレアビヒア州政府に提出した。2020年度の売上高は2500万円の見通しで、今後5年間で初期投資を回収。6年目から年間売上2億円台、純利益率は90%超の高収益事業を目指す。利益の全額は寄付。上下水道のインフラ投資や養殖事業、井戸の打ち込みなどに充てる試算だ(2020年4月現在)。
SDGsビジネスは投資資金がネックになる。寺尾氏も手持ち資金でのスモールスタートだった。しかし、現在は地方銀行やインパクト投資※機関など資金提供の協力先が増え、事業拡大に光明が差している。カンボジア政府からも、ロールモデルとして国内各地域やアジア諸国へ横展開する要請を受けているという。
「地域ごとに水の確保の仕方が違うので、モデルは少しずつ異なりますが、最終的なゴールはただ一つ。その地で暮らす人が、自分たちの力で水を確保し続けられることです」(寺尾氏)
SDGsビジネスへの挑戦は思わぬチャンスも生んだ。カンボジアの首都プノンペンに建設中の超高層ビル「Japan Trade Center」の設備工事に携わることになったのだ。カンボジアの大規模複合施設を日系企業で初めて開発する大手建設会社の経営者から、白羽の矢が立った。
「当社がNPでやろうとしていることに共感いただき、『ぜひ仕事を任せたい』と話がありました。その方も、カンボジア企業との協同プロジェクトで日本の建築技術を伝えたいとの思いを持っていたからでしょうね」(寺尾氏)
事業パートナー選びの際、SDGsビジネスが目に見える物差しになるということだ。
寺尾氏はさらに現地法人で20歳代のカンボジア人2名を雇用し、日本で設備工事の技術・現場管理の研修を実施。将来、現地法人のリーダーとしてNPやカンボジア国内の施工管理を担う人材となるよう育成している。今後は、日本人を対象にテラオ式モデルを推進する担い手の養成講座も本社で開講する予定だ。
「経営のノウハウと社会課題への考え方を徹底的にたたき込み、のれん分けのようにアジア各国での起業をバックアップできれば、と。ものすごく夢のある話ですし、実現可能な夢なんですよ」(寺尾氏)
「未来を予測する最善の方法は、それを発明することである」(米国の科学者アラン・C・ケイ)。この至言は、SDGsビジネスに最もふさわしい、未来志向のメルクマール(指標)と言えるだろう。
※社会的課題の解決に取り組む企業や領域に投資し、経済的なリターンと社会的なリターンの両立を目指す投資
テラオライテック代表取締役会長 寺尾 忍氏
Column
地域社会を未来につなぐ主役に
「一つ成功したから次も、では遅い。アジア各地に貢献できるビジネスを同時多発的に進めていくつもりです」(寺尾氏) 「地域社会への貢献」を経営理念に掲げる企業は多い。テラオライテックもその一つだが、寺尾氏は社長就任後、理念が具体的に目に見える事業を展開。設備工事事業に加え、介護施設の福祉事業、リフォームやアパレル販売のライフスタイル事業、学習塾など、「衣食住学」で多面的に地域貢献のビジネスフィールドを広げてきた。 「福井県は3世帯の同居率が日本一高く、家庭や地域の良い環境が子どもの学力を押し上げ、防災にも貢献しています。リフォームで3世帯同居を支え、核家族化の課題を解決できればとビジョンを描いています」(寺尾氏) 会社も社員一人一人も、地域の良い文化を未来につなぐ主役になる。2018年、「地域未来牽引企業」(経済産業省)に選定されたその姿は、SDGsビジネスそのものと言える。PROFILE
- テラオライテック(株)
- 所在地:福井県越前市本保町第8-5-1
- 創業:1966年
- 代表者:代表取締役社長 寺尾 剛
- 売上高:12億6000万円(2019年6月期)
- 従業員数:35名(2019年6月現在)