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【企業事例】優れた経営戦略を実践する企業の成功ストーリーを紹介します。
モデル企業 2020.05.29

前へと進むトップを後押しし、絶妙のコンビに:元松下電器産業 代表取締役副社長 最高財務責任者、一般社団法人 日本CFO協会 副理事長 川上 徹也 氏

経理の乱れは、経営の乱れに通じる――。 経営の神様を支えた大番頭の教えを受け継ぎながら、グローバル時代に対応する新たな経営モデルを確立した経営改革に学ぶ、CFOの心得とは。

   
新たなキーワードはFP&AとCHRO
  「経理部長の拡大版がCFO。そういう考えでは、務まらない時代です」   そう語るのは、日本CFO協会の副理事長を務める川上徹也氏である。同協会は2000年、多様化やグローバル化が進む経営環境の変化を見据え、新時代のコーポレートガバナンスの確立を目的に発足した。市場・社会対応型の経営モデルをリードするCFOを育成し、CFO組織・機能の強化を支援している。CFO資格やFASS(経理・財務スキル検定)の認定、情報交流セミナーや研究会などを目的に、幅広い産業分野から集う会員(法人・個人)は約220社・約6000名を数える。   松下電器産業(現パナソニック)でCFOを務めた川上氏もその扉をたたいた一人だ。決算発表やIRなど、資本市場への対応も担うCFOは、事業部で経験したP/L(損益計算書)や原価計算などの経理業務とは、まったく違う土俵だと感じたからである。   「ディスカッションは旧大蔵省財務官の行天豊雄さんなど一流の専門家やCFOばかり。高い専門性に触れて刺激を受け、勉強になりました。同じ悩みを持つ友人のネットワークも広がり、経営改革の壁に直面したときも、心強かったです」(川上氏)   かつての学び舎で後進を育成する立場になった川上氏は、同協会で力を入れていることが二つあると言う。海外先進企業で導入が進むFP&A(Financial Planning & Analysis:財務計画・分析)と、CHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)の育成だ。   FP&AはCFOのもと経営の意思決定に必要な分析、戦略の策定・実行を担う機能で、財務部門だけでなく経営企画部門や社長室などの機能も併せ持つ。最大の特徴は、事業モデルの構築や将来予測など、未来志向の役割を果たすことにある。   CHROはイノベーションを創出する育成教育や人事戦略を担い、CFOとともにCEO(最高経営責任者)を支える存在である。同協会の姉妹団体である日本CHRO協会は、経営の中枢を担う人事、経理、法務、企画部門、財務も含めて「管理型」ではない「デザイン型」経営をリードするCHROの育成を進めている。   「経営課題がグローバルに平面から立体的へ複合化する今、中枢機能を部門別の専門特化で強化するだけでは経営は成り立ちません。   ESGや気候変動、最新では新型コロナウイルス。経験知だけでは克服できない課題に対するガバナンスは、数字の良しあしだけでなく、多様な側面から本質を長い目で多面的に見通すことが求められます。M&A(企業の合併・買収)の知識も必須ですし、これからのCFOは本当に難しいし大変だなと。社外のつながりで得た情報や知見を自社の経営改革に生かすことが、これまで以上に重要でしょうね」(川上氏)     ※企業の持続的成長のために必要とされる観点である環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の略称    
「憲法」といわれた経理の仕組みを改革
  川上氏もかつて、前例のない経営改革への挑戦者だった。松下電器産業が上場以来初の赤字決算(2001年度中間期決算)となり、当時の代表取締役社長である中村邦夫氏が「経営理念以外、聖域は設けない。全て破壊する」と断行した改革を支えたことだ。   20世紀型の経営モデルを破壊し、21世紀型の新モデルの創造へ。系列販売店の家電流通改革に、雇用構造改革、グループ企業の子会社化による事業再編、赤字企業の売却 ――。経営構造を根本から見直す改革は初めてのことばかりで、赤字続きと資金の減少に苦しんだ。転機は、B/S(貸借対照表)重視のキャッシュフロー経営へとかじを切ったことである。   「年間数百億円のコストカットを実現しましたが、P/Lからは改善しか生まれません。本質的改革は棚卸資産の削減や総資産の健全化など、B/Sから始まるのです」(川上氏)   新たな経営管理指標としてCCM(Capital Cost Management:資本コスト)を導入。「CCM=事業収益-投下した資産コスト」で、資本コスト率は8.4%に設定。P/Lで売上高や利益の「規模」が分かるだけでなく、B/Sでも棚卸資産の回転率向上などプラスを生み出す投資の「効率」を、絶対値で評価できるようにした(【図表】)。さらに在庫や成長性、品質ロスなど複数あった事業評価の物差しを、キャッシュフローとCCMの達成・改善度の二つに限定。人事評価や年俸報酬と連動すると、あっという間に全社に浸透した。   【図表】CCMの運用 出典:川上氏作成の資料を基にタナベ経営が加工・作成     「何をもって評価するかは、本当に難しいもの。語りが流暢でプレゼンの上手な人が評価されがちです。でも、数字はシンプル。黙っていても、誰もが分かりますからね」(川上氏)   また、本社から各事業部門への配賦費を、売上高に比例する変動型から全社一律の定額型に改定。同じ利益率でも賦課費の違いで見えにくかった「本当の業績」を見える化した。   「いくら改革をやっても、経理の仕組みが変わらないと会社は変わらない。中村社長にそう言われたのです。経理の仕組みは憲法と言えるもの。絶対に変えるな、と経理の先輩に教わりましたし、賦課費が増える事業部門からも大反対の声が上がりました。でも、経営理念以外に聖域がないなら、経理も変わろうと」(川上氏)   では、どう変わるのか。川上氏が道標に定めたのは「グローバル、フェア、オープン」。会社が目指す方向性、誰もが矛盾を感じない公平さ、そして会社の現状が数字で分かり共有化できるという意味だ。この結果、13カ月連続の赤字から始まった経営改革は、5年間で営業利益1兆円、資産1兆1000億円と見事なV字回復を果たした。   「仕組みが変わると、意識、行動、結果が変わることを、身をもって体験しました。ただ、最大の原動力は事業にあり、V字商品と呼ばれた素晴らしい技術・商品です。CFOだけが改革を進めても、経営は良くなりません。トップが事業を引っ張り前へと進む。その“転がり出し”を後押しするのがCFOです」(川上氏)     ※資本コストを重視した松下電器産業独自の経営管理手法      
唯一の聖域をガバナンスの根幹に
  V字回復の軌跡は川上氏の著書『女房役の心得』(日本経済新聞出版社)に詳しいが、タイトルに掲げた「女房役」とはどういう意味だろうか。   「改革は見方を変えると、過去否定にも映ります。数字で語り、数字の裏にある人やモノの動き、バランスなどを多面的に補佐する。トップが前進する裏付けとなる武器をつくり、磨きをかける。だからCFOは、女房役なんですよ」(川上氏)   経理の乱れは、経営の乱れに通じる――。松下電器産業の創業者である松下幸之助氏を支えた大番頭の女房役、高橋荒太郎氏の言葉を川上氏は心に刻んできた。どんな時も羅針盤の役割を果たし、経営に役立つ経理が使命との教えだ。   「高橋氏とは絶妙のコンビでしたし、本田技研工業の創業者・本田宗一郎氏にも藤沢武夫氏という右腕がいました。トップは孤独といわれますが、だからこそコンビの経営がとても大事です。それは、トップの決断が大きく針路を左右する中堅・中小企業にも共通することでしょう」(川上氏)   実は川上氏にとって、コンビ経営は苦い思い出のスタートだった。業績が絶好調で決算の上方修正を発表直後、ITバブルの崩壊で下方修正。トップをミスリードしたと感じていたからである。だが、経営改革で赤字から脱け出した時、中村氏から1通のメールが届いた。   「『二人で着実に改革の成果を出していきましょう』。そのように書いてあって、疲れも吹き飛びました。それから対話を重ねていき、二人の合言葉ができたのです。『後輩に負の遺産を、残さないようにしよう』と。本当の意味で、CFOに目覚めた瞬間でした」(川上氏)   合言葉が生まれる底流にあったのは、改革で唯一の聖域だった経営理念だ。トップからの信頼も、IRの情報発信への高評価も、全社員の誇りも、目先を取り繕うのではなく、経営理念に基づいてありのままを伝え、耳を傾けることから生まれる。それはBCP(事業継続計画)を揺るがす問題発生の芽を摘み取る「事後の百策に勝る、事前の一策」にもつながる。CFOとして体感した思いを、川上氏はこんな言葉で後進に伝えている。   「経営理念は細部に宿る。それが、ガバナンスの根幹でしょうね」       CFOとしていつも 「本質的、中長期的、多面的」なものの見方を、心掛けていました 元松下電器産業 代表取締役副社長 最高財務責任者
一般社団法人 日本CFO協会 副理事長
川上 徹也 氏
日本CFO協会副理事長、関西学院大学大学院経営戦略研究科客員教授、一橋大学CFO教育研究センター講師、公益財団法人松下幸之助記念志財団幹事、日本証券業協会委員、関西経済連合会評議員。1965年松下電器産業(現パナソニック)入社。2000年同社取締役、常務、専務、副社長を経て、2007年同社経理大学学長に就任(2012年退任)。
     
Column

至誠一貫で「四つの顔」の未来に「Focus」

たどり着いた境地は「至誠一貫」。CFOとして誠を尽くすために、川上氏は「経営トップ・社外・従業員・経理部門」に対する四つの顔があると語る。   第一に、良き女房役としてトップの志や経営戦略、企業価値や財務体質を高めるガバナンスを支えること。第二には、投資家へ的確な情報発信を担うディスクロージャー(企業の情報開示)。第三は、公平でオープンな経営管理の仕組みや仕掛けをつくり、従業員とトップをつなぐプロデューサー。第四は、経理・財務機能の質と効率を向上し、プロフェッショナル人財を育てることである。   四つの顔が機能しやすいCFO組織も、当時の松下電器産業は備えていた。3カ月ごとの事業予測報告は経理の先読みを可能にし、各事業部に配置する技術・営業などのIR担当とも情報を共有。また、事業部門の経理担当者を本社直轄でCFOが任命する「経理社員制度」は、恣意的ではない厳密な「本当の数字」を担保した。   「今後は、手間と時間、工数の塊だった経理業務も、RPA(ロボットによる業務自動化)などICTの活用で、マンパワーを将来予測に生かすことになるでしょうね」(川上氏)   CFOのFは「Financialであり、Focusも意味する」と独自の見方を示す川上氏。四つの役割それぞれに未来志向で焦点(Focus)を当てることが、CFOの第一歩になっていく。   川上氏が信条としたのが“Clean hands, Cool head, but Warm heart.”「お金に清潔で言行一致を大事に、定量的に数字を平常心で判断し、優しい気持ちという意味ではなく相手の立場がどれだけ分かるか、理解しようと耳を傾けるということです」(川上氏)
   

PROFILE

  • 一般社団法人日本CFO協会
  • 所在地:東京都千代田区平河町2-7-1
  • 設立:2000年
  • 代表者:理事長 藤田 純孝
  • 会員数:5716名(2020年3月現在)