財務こそ革新的であるべき――。 29期連続増配という株主還元優等生、花王の経理責任者を務め、数々の革新を起こしてきた青木氏に財務トップの果たすべき役割を聞いた。
「花王は伝統的に『絶えざる革新』という言葉を掲げてきました。商品の開発や生産技術はもちろんのこと、財務においても同様です。常に新しい手法を取り入れ、作業の合理化・効率化を目指し、自分たちで消化した上で、さらに次の取り組みに挑戦する。そうやって会社の羅針盤となるデータをブラッシュアップさせつつ、提供してきたのです」 そう語るのは、花王で長く経理責任者を務め、2019年よりアンリツの社外取締役を務めている青木和義氏である。花王の企業理念の一つである絶えざる革新とは、「消費者の暮らしや事業環境の変化を感じ取りながら、現状に甘んじず、困難さえも自己革新のチャンスと捉え、常に商品と仕事の改善を推進する」というもの。この企業姿勢で、上場企業の中でも指折りの「株主還元優等生」といわれる花王の会計財務部門を率い、革新を続けてきた一人が青木氏だ。 花王の財務部門は1983年に「ノン伝票化」をスタートさせ、85年には手形・小切手を廃止。その間、青木氏は、工場などをはじめとする「現場」で数々の改革に携わった。 その後、2007年に会計財務部門管理部長になると、09年には経理業務のBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)化をサポートした。11年には、海外も含めたグループ会社全体の効率的な資金管理を図るGCM(グローバル・キャッシュ・マネジメント)を導入。当初のネッティング※1やプーリング※2機能から、ペイメント・ファクトリー※3、サプライヤー・ファイナンス※4機能を加えた体制へと進化させた。2012年に執行役員会計財務部門統括に就任した後、2016年にはIFRS(国際会計基準)も導入している(【図表1】)。 【図表1】花王の会計財務部門の取り組み年表
出所:青木和義氏作成資料を基にタナベ経営が加工・作成
※1…ビジネスプロセスアウトソーシング
※2…花王独自の全社業務革新活動 常に一歩先を行く業務プロセスの革新に取り組む中で、1999年、花王が経営の主要指標として据えたのが、EVA(Economic Value Added:経済的付加価値)だ(【図表2】)。 EVAは税引後営業利益から資本コストを差し引いて算出される。資本コストとは、有利子負債や資本(純資産)に対するコストで、それを差し引いたEVAは真の利益を表す。企業の使命が企業価値の向上であるならば、EVAは、その企業価値を数値化したものである。言い換えるならば、企業がどれだけ付加価値を創出しているかを表す。そのEVAと投資家の期待値(株価)とを結び付けるのもEVA理論である。 ※1…企業間などで取引のたびに決済を行わず、一定の期日に債券と債務をまとめて相殺し、差額分だけを決済すること ※2…グループ会社の余剰資金を集約する仕組み ※3…グループ内の支払業務を集中管理する仕組み ※4…サプライヤーの請求書を金融機関が買い取り、企業が期日前に現金を受け取れる仕組み 【図表2】EVAの仕組み
※1…Economic Value Added(経済的付加価値)。Stern Stewart & Co.の登録商標
※2…Net Operating Profit After Tax
「EVAには数々の利点があります。中でも、最も重要なのは経営に目標を与えてくれるところです。売り上げを増やすのは、もちろん良いことではありますが、ともすれば市場の中で存在感を高めることが目標にすり替わってしまいがちです。企業の価値はそれだけではありません。財務の健全性、つまり、いかに少ない投下資本(有利子負債+資本)で業績を上げるかが重要となります。そういった意味で、資本コストの最小化よりも最適化を意識すべきでしょう」(青木氏) 導入直後の2000年3月期を100とした指標で、リーマン・ショック後の一時期を除き、花王は常にEVAを増やし続けてきた。投下資本を意識することで、長期的な視点から利益の伴う成長を通じて継続的に企業価値を高めてきたのである。 「EVAを導入したことによって、花王は自社株買いや配当、社内留保といった資本政策に自信を持つことができました。さらに、投下資本に対してどれだけ回収できるかとの見方が共通認識となり、企業価値を上げていくのだという意識を全社一体となって持つことができました。 しかも株価は、現在の価値だけでなく、将来価値も加算される。つまり、いわゆる『潜在性(ポテンシャリティー)』が評価されるのです。長期的に安定した成長を続けていく上で、非常にうまく機能していると思います」(青木氏) 企業が生んだキャッシュは、自律成長のための投資に振り向けたり、M&Aを仕掛けたり、あるいは自社株買いや有利子負債の早期返済に充てたりすることもできる。もちろん、安定的・継続的な配当支払いに回すことも可能だ。 実際、花王は1980年代から29期連続増配を果たし、花王という企業に対する信頼性とさらなる期待を集めることにつながっている。投資家に安心して長期にわたって株を保有してもらう―。そこに経理責任者をはじめとする財務部門の働きが大きいことは想像に難くない。 花王では社内の各事業や海外子会社に対し、投資家視点を持って評価している。株式を公開していない中小企業の多くにとって、EVAはそのまま経営指標の柱に据えられるものではないかもしれない。だが、企業価値という視点を持つこと、キャッシュの使い方を重視するという考え方は、どの企業にも共通する。 「株価や配当といった分かりやすい指標はなくとも、あらゆるステークホルダーの期待に応える取り組みを続けていくことは、長期的に大きな支持を得ることにつながります。安定的に経営を続けていく上で、ぜひ持っておくべき視点です」(青木氏)
他にも、青木氏の経験から学ぶべきところは大きい。冒頭の「絶えざる革新」は、その中でも最も示唆に富んだ言葉だろう。 「私自身、若い頃から経理の業務について『こうすればもっと効率化できるのではないか』『便利になる方法が他にあるのではないか』と常に考えながら日々の仕事に当たっていました。配送伝票、倉庫の指示書、発注書に請求書……と、一つの業務でいくつもの紙を発行し、その度に決裁を取るのは無駄が多い。実際に、工場の経理担当を任された時は、いくつもの仕組みを簡略化しました」(青木氏) 当時、全社で導入したらもっと経理業務が効率良くなるのではないかという具体的な手法やアイデアを、青木氏はいくつも思い付いていたそうだ。「その頃は全社に提案できる立場ではありませんでしたが、それらを書きためておいて、管理部長になったあたりから、どんどん実践に投入していきました」と青木氏は話す。 若き日の青木氏は、職務を唯々諾々と務めるだけでなく、ボトムアップで施策を発案していた。現状に満足することなく、常に改善のための視点を持つことが、CFO機能に携わる人材には求められるのだろう。 「もちろん、そう考えているのが財務のトップだけでは、『笛吹けど踊らず』ということになりかねません。財務に携わる全ての人間が、同じ方向を向いていること。ベクトルを合わせていくことが大切だと思います」(青木氏) そのためには財務トップ、あるいは経営トップによる明確な宣言と、アイデアを提案する社員を評価する体制、教育制度などが大切になってくる。 「教育では、全メンバーに対して勉強の機会を惜しむことなく与えるべきです。定期的な研修はもとより、役割をローテーションしてOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)で学びの幅を広げたり、外部コンサルタントと交流したりすることなども効果的でしょう」(青木氏) EVAなどは経営トップの了解を取りながら進めた革新だが、自らの管理下にある業務はどんどん革新し、創造的に活動・提案できる経理人材を育てる。それも財務のトップたるCFOの力によるところが大きい。
もう一つ、財務が重要視すべきだと青木氏が力を込めるのは、「分析能力」である。 「この数字は何を意味するのか。どうやってこの数字が出てきたのか。この変化の背景には何があったのか。それらを洞察する力、あるいはそこに疑問を持つ力を養うことが大切です。その分析を基にして、いかに組織全体の健全性を保つか、いかにリスクを取っていくかの判断材料をトップへ提供するのが財務の役割です。そのためには、さまざまな理論を習得するとともに、現場で何が起こっているかをつぶさに観察し、検証できる目が必要なのです」(青木氏) 幸いなことにITが普及した現在では、効率的な仕組みづくりが容易になり、必要な情報をタイムリーに入手しやすくなってきている。分析に必要な各種指標の作成も多様なツールが手伝ってくれる。 「ITをどれだけ味方に付けられるかが、財務を強化できるかどうかの分かれ道と言えるでしょう。新しいものを積極的に取り込み、またそのための人材も採用、育成していく。そこは躊躇してはいけません」(青木氏) 自社の財務を強化するために、どのようなシステムを構築すればいいか、そこから目標利益達成のためにどういう活動が必要なのかを考え、進むべき道を提案していく。他社のまねでは意味がない。さまざまな手法・ツールの中から、自社に適したものを選択するのである。 「“財務屋”としてこれほど面白いことはないでしょう」(青木氏) 現場で何が起こっているかをつぶさに観察し、検証できる目が必要です
元花王 行役員 会計財務部門統括
アンリツ 取締役
青木 和義 氏
1955年、東京都生まれ。1979年花王石鹸(現 花王)に入社。1994年和歌山工場経理課長、2001年会計財務センターIR部長、05年花王(中国)投資有限公司副総経理兼副董事長、07年会計財務部門管理部長を経て、12年執行役員会計財務部門統括に。17年に花王を退職後、19年からアンリツ社外取締役に就任。