モデル企業
2020.05.29
危機対応による業績V字回復とグローバル展開を支援:元日本電産 取締役専務執行役員 最高財務責任者 CFOサポート 代表取締役社長 兼 CEO、東京都立大学大学院 経営学研究科 特任教授 吉松 加雄 氏
世界シェアナンバーワンの製品群を持つ総合モーターメーカーの日本電産。業績不振からの迅速な回復や国境を越えたM&Aを成功させ、カリスマ創業者を支えたCFOの実績を検証する。
カリスマを支えた“懐刀”
世界屈指の総合モーターメーカー・日本電産のCFO(最高財務責任者)としてカリスマ創業者の永守重信氏を支え、業績不振からのV字回復やグローバルなM&A(会社の合併・買収)のPMI(Post Merger Integration:買収後の統合)を推進した立役者が吉松加雄氏だ。
「私の考えるCFOの役割は、持続的に企業価値を向上させる戦略を立案し、最適かつ合理的な意思決定によって“結果”を出していくこと。経営者の意思決定を支援し、自ら実行を推進するビジネスパートナーと言うべき存在です」
そう語る吉松氏が日本電産に入社したのは2008年1月。当時、「科学的な経営の導入による経営管理の高度化」「グローバル化」「M&AとPMI」が日本電産CFOのミッションとして掲げられており、その推進役として日本企業と外資系企業でCFOの経験豊富な吉松氏に白羽の矢が立った。吉松氏は同年6月に50歳で最年少取締役となり、2009年6月にはCFOに就任。7年間CFOを務め、その後2年間、欧州に駐在しながらグローバルPMI推進統轄本部長としてM&AのPMIを統括し、2018年6月までの計10年間、役員として同社の企業価値の向上に力を注いだ。その実績を検証していこう。
ちなみに吉松氏が日本電産に入社した2008年の12月末と、役員退任前の2018年3月の同社の株式時価総額を比較すると、4991億円から4兆8866億円へ約10倍の伸びを示している。
リーマン・ショックから迅速に回復
吉松氏が前任のCFOから業務引き継ぎに当たる中、2008年9月にリーマン・ショックが勃発した。日本電産グループの収益予想を多様なケースでシミュレーションした吉松氏は、「最悪のケースだと赤字転落もあり得る」と社長(現会長)の永守氏に伝えた。
これに応じた同社は12月19日にアナリストやマスコミを集め、日本電産本体と上場子会社5社の通期業績予想の下方修正を発表。さらに事業環境が悪化する中、2009年1月の年頭記者会見で、永守氏は日本電産グループ各社の役員および社員の給与カットを発表した。社員の危機感はいや応なしに高まった。
その後、日本電産グループの社長会で永守氏が立案した「WPR(ダブル・プロフィット・レシオ:利益率倍増)Ⅰプロジェクト」が発足。そのPMO(推進事務局)のリーダーに吉松氏が任命され、グループ全社・事業所(工場)のCFO機能と連携した推進体制が採られた。
「経営体質と収益構造の改革を目指し、①売上高半減=黒字死守、②売上高75%回復(25%減収)=元の利益率、③売上高100%回復=営業利益率倍増というガイドラインを設けました。これを実現するため、多様なシミュレーションを行ってロジックを組み立て、固定費や変動費、労務費、経費、材料費をどこまで下げなければならないかというモデルを設計。当時、十数社あった子会社を訪問し、海外の量産工場とは電話会議を開いて、各社・各拠点の収益構造に応じたアイデア出しを行いました」(吉松氏)
また、全幹部に向けたプロジェクトマニュアル「WPRの思想と経営手法」の作成・配布により、全社への浸透を促した。同マニュアルは作成当初40ページほどだったが、実用性を追求して更新を重ねた結果、最終版は約200ページに達し、英語版も作成された。
こうした積極果敢なWPRⅠの取り組みが功を奏し、2009年度は第1四半期から第3四半期までWPRⅠのガイドラインを達成。第4四半期と通期では過去最高の営業利益(第4四半期265億円、通期783億円)を記録した。そして2010年3月には、給与カット相当額に金利相当額を上乗せした臨時ボーナスを支給し、社員の労に報いたのである。
グローバルな取り組みで売上高1兆円超を達成
リーマン・ショックから迅速に回復した日本電産は、それまでの主力商品であった精密小型モーターから車載、家電・産業用モーターへビジネスポートフォリオの転換を急いだ。しかし、精密小型モーターや電子光学部品の需要低迷が響き、2012年10月の第2四半期決算発表で通期業績を下方修正したのに続き、翌13年1月の第3四半期決算発表で通期業績の下方修正を再度公表し、純利益が前年比9割減となった。売り上げ目標(連結)も2012年度1兆円、2015年度2兆円とする中期経営計画「ビジョン2015」を下方修正し、2015年度の目標値を4割減の1兆2000億円とした。
この間に危機感が一段と高まり、2012年始動の「WPR(ワールドクラス・パフォーマンス・レシオ:世界水準の業績達成目標)Ⅱプロジェクト」が加速的に展開された。「目標に掲げたのは、①ビジネスポートフォリオの転換と拡大の推進=兆円企業(売上高1兆円超)への飽くなきこだわり、②連結営業利益率15%の達成=「ASSET(アセット)アプローチ」による収益構造改革の断行、③キャッシュ創出力の強化による財務体質改善=CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル:キャッシュ化速度)改善とCAPEX(資本的支出)管理強化によるFCF(フリーキャッシュフロー)の極大化です」と吉松氏は言う。
クロスボーダーM&Aによってグループ化した欧米の子会社には、MBA(経営学修士)やCPA(公認会計士)の資格を有する幹部が多い。そこで、子会社に対する共通言語として開発したのがASSETアプローチだ。構造改革の各プロセスである分析(Analysis)、予測・シミュレーション(Simulation)、解決策の立案(Solution)、実行(Execution)、業績反転(Turnaround)の頭文字を取って命名された。「これによってPMI途上の会社ともASSETという共通言語を使いながら緊密なコミュニケーションが可能になりました」と吉松氏は話す。
この結果、WPR IIプロジェクトが発足してから、わずか半年でASSETアプローチの全プロセスを完遂。2013年度の第1四半期から業績のV字回復が始まるというスピード感を示した。業績は順調に伸長し、2014年度に通期初となる連結売上高1兆円超、連結営業利益1000億円超を達成した。
「WPR Iを成功させたプロセスは、ハーバード大学のジョン・P・コッター教授が『企業変革力』(日経BP社)で提唱している『八段階の変革プロセス』に似ていると言われました。本を読むと確かに似ている。そこでWPR IIでは、この八段階を意識してプロジェクトを進めました(【図表】)。それがWPR IIを半年足らずで遂行できた大きな要因の一つだと思います」(吉松氏)
【図表】日本電産の企業変革の八段階プロセス
出典:吉松氏作成の資料を基にタナベ経営が加工・作成。「八段階の変革プロセス」の列の出所は、ジョン・P・コッター著『企業変革力』(日経BP社)
M&Aの要諦PMIを担う
日本電産の成長を支える重要戦略がM&Aである。1984年から買収をスタートし、現在までに日本電産グループに収めた会社・事業は60を優に超える。
「買収後にシナジー(相乗効果)を上げて、買い手側も売り手側もWin-Winの関係になるように取り組んでいます。そのために力を注いでいるのがPMI(買収後の統合)です。M&Aはクロージング(譲渡完了)までを目標とする会社が多いようですが、私が在籍した頃の日本電産は『クロージングはM&A全体の20%にすぎず、残りの80%はPMIにかかっている』という方針でした。現在ではPMIの重要度が増して『クロージングはM&A全体の10%』としています。クロージングが終了した段階では、資本的に子会社になっただけです。そこからシナジーを上げるためのPMIが始まります」と吉松氏はPMIの重要性を指摘する。
日本電産では、M&Aの案件発掘からクロージングまでを担当するのが企業戦略室。そしてPMIを担当するのが、買収主体の事業本部や子会社、管理面では購買や生産管理、そしてCFOを含む経理・財務関係の部署(CFO機能)である。
「クロージングと同時に連結決算の対象になりますから、日本電産の連結決算システムを即座に導入します。また、財務的に資金を一元管理して余剰資金があれば『グローバル・キャッシュ・マネージメントシステム』に移して資金の効率化を推進。さらにCCC管理を徹底してキャッシュ化速度の短縮を図ります。
このような経理・財務関連以外にも、高い目標目線と日本電産ならではのスピード感を伝え、『経営は結果がすべて』『経営は数値管理』『経営はリスク管理』という経営の三大要諦の徹底を図っていきます」(吉松氏)
国境を越えたクロスボーダーM&Aが進む中、同社では興味深い現象が起きている。
「日本電産は2010年に米国エマソン・エレクトリック社のモーター&コントロール事業を買収して子会社化しました。その会社が2012年にイタリアと米国の会社を買収し、2016年には“母体”と言えるエマソン・エレクトリック社から欧州事業を買収したのです」(吉松氏)
売られる側から買う側への転換は、社内のモチベーションを大きく引き上げるに違いない。そして日本電産グループの一員として事業を展開する誇りとやりがいを社内に浸透させたのは、CFO機能によるPMIの成果と言えよう。
経営者の意思決定を支援し、持続的に企業価値を向上させるキーパーソンとなるCFO。中堅・中小企業もその機能を果たす人材・組織の育成・設置を検討すべきだろう。
CFOは、経営者の意思決定を支援し、
持続的に企業価値を向上させる戦略を
自ら推進するビジネスパートナーと言うべき存在です
元日本電産 取締役専務執行役員 最高財務責任者CFOサポート 代表取締役社長 兼 CEO
東京都立大学大学院 経営学研究科 特任教授
吉松 加雄氏
(株)CFOサポート代表取締役社長兼CEO、東京都立大学大学院特任教授、ホシザキ(株)社外取締役。慶應義塾大学経済学部卒、スタンフォード大学経営大学院修了(経営学修士)。1982年、三菱電機入社。三菱電機在籍中に英国、シンガポール、米国の現地法人で経理財務の責任者を歴任。その後、サン・マイクロシステムズ(現オラクル)、日本ベーリンガーインゲルハイム、エスエス製薬の財務担当役員を経て、2008年1月日本電産入社。同年6月取締役執行役員、2009年6月取締役常務執行役員兼CFOに就任。2011年日電産(上海)管理有限公司董事長を兼務、2013年、取締役専務執行役員(CFO)、2014年Nidec US Holdings Corporation(現Nidec Americas Holdings Corporation)取締役社長を兼務、2015年日本電産ヨーロッパ取締役会長を兼務。2016年6月から2年間グローバルPMI推進統轄本部長として欧州駐在、2018年6月に退任。
Column
CFOの育成ポイント
CFOの業務は将来予測、事業計画や戦略の策定、資本市場とのコミュニケーションなど多岐にわたり、高い専門性と広い視座が求められる。そのような人材を育成するポイントを吉松氏に聞いた。 求められる能力 ビジネス感覚にたけ、仮説・検証に基づいたアプローチで、現在の収益から今後の売り上げ状況や需要動向などの先行きを想定し、それに伴って収益がどのように推移するかを複数のパターンで予測。その中から最も起こりそうなパターンを三つほど選び、それぞれの長所と短所をまとめて経営者に提案し、意思決定を支援する力が求められる。 育成方法 一つの職務を3年ほどで終え、次のキャリアパスに向かうジョブローテーションが有効だ。1年目は前任者や上司から言われた通りに仕事をこなして実務を習得。同時に職務についてどのような改革が図れるかをOff-JTで勉強する。それを生かして2年目は業務改革を実行。3年目は習得した知識やノウハウの標準化と形式知化を図り、マニュアル化する。 さらに外部の監査法人から会計士を派遣や出向で受け入れ、制度会計や管理会計、財務などをサポートしてもらう。その現場に接することで社員の能力も研磨されるだろう。これを私は「産監」連携シナジーと呼んでいる。PROFILE
- ㈱CFOサポート
- 所在地:兵庫県神戸市東灘区御影中町3-2-4-1410
- 設立:2019年
- 代表者:代表取締役社長 兼 CEO 吉松 加雄