創業から1世紀を超えて蓄積した技術力と品質で、高付加価値チェーン製造のトップブランドとして、グローバルにも活躍の場を広げる和泉チエン。2026年3月に初のM&Aを実行し、工業用金網メーカーの真鍋工業(大阪市東成区)をグループインした。新たな柱をつくるM&A成長戦略の構想段階から戦略の構築・実行、PMI、持続的な検討体制まで伴走支援するタナベコンサルティンググループ(以降、TCG)との対談で、M&A推進の要諦を振り返る。
付加価値の高いチェーン製品群を提供する和泉チエン。年間生産チェーンの総距離は約 1万7000 km(地球の直径の約1.3倍相当)に及ぶ
環境変化に適応し依存構造から脱却
TCG・上田(以降、上田) 和泉チエンは、2026年3月に創業110年を迎えました。自転車・バイク用、自動車エンジン・産業機械用の高性能・高耐久チェーン製品で、揺るぎない「IZUMIブランド」を確立しています。
ベトナムの新工場建設によるグローバル展開の拡大など、オーガニックな成長フェーズを維持し続ける中で、M&Aを成長戦略の新たな柱に位置付けた、きっかけを教えてください。
和泉チエン・東野社長(以降、東野社長) 一つには、チェーン業界で経営統合が相次ぐなど、外部環境が大きく変わり始めていることです。もう一つ、当社の事業内容は、OEM先主要2社の業績に左右されやすい事情がありました。
和泉チエン 代表取締役社長 東野 和之氏
現状を打破するために、チェーン事業以外にも新たな事業を伸ばしていこうと、M&Aに踏み切ることにしました。自社ブランド展開によるオーガニック成長はもちろんですが、それだけでは限界があります。次なる100年を見据えた選択肢として、M&Aによる新たな経営の柱づくりが必要でした。
TCG・岡本(以降、岡本) 従来からTCGは多角的にコンサルティング支援をさせていただき、ジュニアボードで「10年先のありたい姿」を描き出したのも、その一つです。「日本のチェーンメーカーとしてBIG3の地位を確立する」姿の実現へ、2034年に売上高150億円の達成目標を掲げました。
和泉チエン・東野取締役(以降、東野取締役) 各事業が何をどれだけ伸ばせるかと試算を重ねた結果、「簡単には150億円は達成できないぞ」と考えました。具体的には、20億円分足りないと分かり、それを努力目標ではなく、M&Aでつくっていく戦略目標に定めることを中期経営計画で明文化し、全社に宣言しました。
自ら描くM&A戦略がセオリー
上田 中堅企業のM&Aは、銀行や仲介業者から案件情報が持ち込まれて検討を始めることも少なくありません。一方で、和泉チエンは、まずは戦略をつくろうと2025年6月にTCGを交えたディスカッションを実施し、10月から3カ月間でM&A戦略を構築しました。
東野社長 M&Aが増えていることは認識していましたが、現実には買収後、必ずしもうまくいかないケースの方が多いことも耳にしていました。TCGから最初に伝えられたのが、M&A戦略の重要性です。「まずは戦略を練ることに集中しましょう」と。
狙うターゲット領域、投資基準、M&Aを検討する組織体制。その3つを真っ先に決めることで、「こういう企業を買収したい」という方向性が明確になり、いろんな案件情報が舞い込む中でフィルターをかけ、調査選別できるように変わりました。
岡本 自社が描いた絵(戦略)に合うターゲット企業を、「能動」的に自ら探して選ぶ。持ち込まれた案件情報だけで判断する「受動」ではないM&Aの実行が、買う側も売る側も、共により良く成長していくための、セオリーです。東野社長が指摘されたように、M&A後に業績やマネジメントで問題が起きるのは、セオリー通りではないM&Aの実行が数多くあることに起因しています。
ターゲット領域は、3年周期で3ステップのロードマップを組みました。ステップ1は金属加工・研磨など製造業の「生産力・技術力強化型」、ステップ2は「営業力・販売力強化型」、ステップ3はIoT・DXなど新たな収益の柱をつくる「新規事業型」。ステップ1と2の入れ替えも想定し、単発ではなく連続的なM&Aを実行する戦略設計です。
東野取締役 投資基準では、重視する3つの基準を定めました。1つ目は、立地条件です。当社が大阪の企業なので、買収先の企業も本店所在地が大阪の近辺であることです。2つ目が、売り上げ規模です。売上高が5億~20億円規模で、当社の10分の1程度であれば管理がしやすいと考えました。3つ目が、企業風土がマッチすることです。今回のM&Aでは特に、企業風土のマッチングが本当に大事になる、と実感しました。
和泉チエン 取締役 総務グループ長 兼 営業グループ長 東野 泰希氏
初M&Aの決め手は一緒になっても違和感がない「親和性」
岡本 M&A戦略の構築から3カ月後、2026年3月11日付で真鍋工業の株式を取得し、子会社化しました。M&Aは大きな投資ですが、初動が早く後手に回ることなく実現しました。
ステップ2「営業力・販売力強化型」に適した譲り受け案件でしたが、真鍋工業に惹かれた理由、M&A実行にかじを切った決め手を、振り返っていただけますか。
東野社長 先ほど東野取締役の話にもありましたが、企業風土が重要なポイントでした。最初のトップ面談やTCGからの情報提供で「この会社であれば、一緒になっても違和感なくやっていける」と。
本社が大阪市で、売上高が8億円、社員も20名弱でマネジメントに適した規模感。戦略的に設定した投資基準に合致することが、最終的に踏み切れた要因です。グローバル展開などでも大きな投資は経験済みでしたが、M&Aの投資決断は初めてですし、取締役会で初めて話を切り出す時は緊張感がありました。
上田 真鍋工業の株主(経営陣)からも「和泉チエンのパーパスやMVVに共感しました」という声がありました。互いが持つ企業風土の、親和性ですね。
タナベコンサルティング ファイナンス エグゼクティブパートナー 上田 裕貴
東野取締役 真鍋工業の企業理念は「信頼を築くために『3感の樹』(感謝・感動・感性)が繁る企業を目指します」。創業以来、一貫して「ヒト・技術・品質を大切に」し続けてきた当社と、よく似た企業文化が根付いています。
岡本 戦略がないままに検討を進めてしまう企業も少なくありません。また、セオリー通りに戦略を立てても、何もしないまま絵に描いた餅で終わる企業もあります。
「0から1」の決断に踏み切れる企業とそうでない企業で、大きな差が生まれることになります。
東野社長 当社は非常にタイミングが良かったですね。戦略を立てて、これからやっていきましょうという段階で、マッチする企業をTCGに紹介してもらい、選ぶことができました。
「鉄は熱いうちに打て」と言いますが、相手先の真鍋工業も好意的だったおかげでスムーズに進めることができました。
東野取締役 もしも戦略なく実行していたら、全国の案件情報を探してしまい、魅力ある企業なら遠く離れた地域でも検討していたかもしれません。真鍋工業が大阪ではなく遠隔地だったら、日々のマネジメントはやりづらかったでしょうね。
東野社長 何回か経験すれば、距離感があってもやっていけると思いますが、初めてのM&Aでしたから。
岡本 「安全で100点満点」のM&Aはありません。リスクを伴う投資だからこそ、デューデリジェンス(DD)が重要になります。今回は「財務、税務、労務、法務、ビジネス」に分けて詳細に調査・分析しました。
東野社長 最も重視するのは業績ですが、財務諸表はP/L(損益計算書)だけでなくB/S(貸借対照表)も含めた財務内容を中心に、TCGに丁寧に調査してもらい、全体的にクリアな情報を得ることができました。
「M&Aは、ふたを開けてみたらさまざまな問題がある」と言われますが、自己資本比率が高く損益も問題なく、投資リスクが少ないと分かりました。1点だけ、在庫の多さだけが気になりました。在庫をどう評価するかで当然、利益が大きく変わりますから。
東野取締役 在庫がどんな性質のものか、妥当性があるのかを、現場に足を運んで確かめました。同じ製造業なので、現場を見れば感覚的に分かります。人材面もしっかり確認しました。TCGから「キーパーソンは誰なのか。その人は、買収後も残ってくれるかが、M&A後の運営の最重要事項」とアドバイスを受けていました。
岡本 DDを終えて、最後の検討フローは株式譲渡契約書の締結です。株価交渉は、売る側はなるべく高く、買う側はなるべく安く、が真理ですが、本末転倒にならないことが重要です。譲り渡し企業の希望条件とかけ離れた過度な交渉は、モチベーションやシナジーを高めて互いにより良く成長していく友好的なM&Aにはなりません。
東野社長 投資基準は設定しても、売る側にも納得感があって、後悔のないように。高いか安いかの判断は一概に言えませんし、法外でない限り、価格交渉でもめるのは望ましくありません。結果として今回はスムーズな交渉で妥当な価格になったと、買う側の私も納得できました。
投資基準は設定しても、売る側にも納得感があって、後悔のないように。
PMIで化学反応を起こしさらなる伸びしろを
岡本 真鍋工業のグループインは、2026年4月にプレスリリースで公示しました。印象的だったのが、商号や事業体制について「当面の間、現行体制を維持しつつ、段階的なシナジー創出を図る」と明文化し、発信されたことです。
タナベコンサルティング 成長戦略M&A チーフマネジャー 岡本 聖平
東野社長 真鍋工業には創業86年の歴史があります。創業者の子ども世代が旧株主で、自社への思い入れがとても強く、理由あって売却に至っても、継続できるものならしたいのが本音だと感じていました。そうした思いも、当社が背負っていかなくてはならないと考えました。
岡本 グループイン後のPMI(経営統合)は、社員との個別面談と、売り先や仕入れ先、外注先、金融機関などの取引先へのあいさつ回りから始動しました。
東野社長 個別面談は、思いの丈があふれ出る感じで、社員の皆さんが意見を出してくれました。ネガティブな発言ではなく、M&Aで体制が変わることで、やりたいことがあっても得られなかったチャンスが生まれるかも、という期待の方が大きかったのだと思います。
やってみたいことが妥当なら、一つずつ応えることで、やる気も高まっていきます。取引先にも「未来永劫とは言いませんが、すぐに取引を変えることはありません」と伝え、不安を払拭してもらいました。
岡本 M&A実行後、取引先のあいさつ回りは100%実施されますが、社員との個別面談を実施しない企業も見受けられます。
東野社長 従業員数にもよりますが、少なくとも「この人!」というキーパーソンとは面談した方が良いでしょうね。M&Aによる環境変化を理由に退職する社員が少なくないとTCGに聞いていたので、あえてまず全員と面談してからPMIに入るようにしました。
東野取締役 私も個別面談はやって良かった、と感じています。雇用はどうなるのか、給料や就業規則は変わるのか、といった不安を直接、解消できますし、より良く変えることは皆で一緒に考えていきましょう、と伝えることもできました。
上田 PMIは、社内業務を再整理する転機にもなります。引き継いだ事業を伸ばすために、業務フローの最適化や外部人材の獲得、外注化など、戦略的に何をどうすべきかを考えていくことが重要です。
営業機能も、販路が広い真鍋工業と和泉チエンが、互いに良い化学反応を起こし、1+1=2ではなくプラスアルファが生まれ、バリューチェーンの強化にもつながります。
東野取締役 扱う商材や業界が異なり、それぞれの課題を抱えていますが、一つのグループとしてざっくばらんに「こうすれば良いんじゃないか」などと話し合えたら面白くなると思います。
真鍋工業の商品群はブランド力があって、購入したいという新規の問い合わせが毎月、一定数入ってくるのが強みです。しっかりと営業戦略・目標を立て、営業メンバー全員でチームとして動き出せば大きく変わっていくでしょう。伸びしろは十分にあると思っています。
上田 ブランド力は、M&Aのキーワードの一つです。それぞれの業界・市場でブランド力があるほどに、戦略的にしっかり筋道を立てることで、さらに伸ばすことができ、グループシナジーや一体感も高まっていきます。
東野社長 私自身も、チェーン業界の経験知では考えつかなかった視点や学びを、真鍋工業から得ています。両社の人的交流が始まって、互いに新たな気づきが生まれる効果も期待しています。
東野取締役 真鍋工業がパートナーとなることを発表した後、当社社員から「本当にM&Aを実行したことに驚きました」という声をもらいました。中期経営計画で掲げていた方針に対する本気度が社内にも伝わり、社員の意識やマインドが変化する一つのきっかけになったと感じています。
2026年夏に、創業110周年記念パーティーを開催します。真鍋工業メンバーも参加予定であり、和泉チエン単体でなくグループ一体となる記念式典として、とても良い刺激になると楽しみにしています。
M&Aの実行によって中期経営計画の本気度が伝わり、社員のマインドが変わるきっかけに
連続M&Aで到達するグループ経営の未来
上田 初めてのM&Aは、ゴールではなく通過点です。中期経営計画に掲げる「M&Aで20億円」の目標達成には、まだ10億円の隔たりがあります。「2034年に売上高150億円、BIG3入り」の姿に到達する道筋として、連続的なM&Aによるグループ経営を推進していくことになります。次なるターゲットや方向性のイメージは、いかがでしょうか。
東野社長 「こんな企業があれば」と、戦略構築時に描いたターゲットが他にもあります。また、これまで協力関係にあった業界企業や関連業種など、チェーン事業と親和性がある企業もターゲットになると考えています。
東野取締役 戦略のステップ1「生産力・技術力の強化型」で、自社機能を強化し、すぐにシナジーが生まれる企業をM&Aしていきたいですね。
岡本 何事も「0から1へ」が一番難しいですが、それが形になると見える世界観も変わってきます。和泉チエンも、初のM&Aで「1」が生まれたことで、持ち込まれる案件情報も増えていくでしょう。
次なるM&Aに向けて、まずは足元にある真鍋工業のPMIを完遂することで、その実績が社外の信用を高めていきます。また、社内的にも検討体制を確立してノウハウを蓄積していくことで、M&Aに組織的に取り組むための標準化が進みます。
東野社長 その通りですね。やらなければ何も分からないし、動かない。やってみて初めていろんな問題、課題もあることを実感しますが、その課題をクリアしていけば、学びを得てまだ伸びていける実感が、肌感覚であります。
上田 最後に、M&Aを検討している全国の経営者へ、アドバイスをお願いします。
東野社長 当社も初心者ですが、まず、買収前に戦略・基準・体制をつくること。もう一つは戦略で描いた道筋へ一歩を踏み出すことです。
100点満点を狙っても無理ですし、ある程度マッチする企業が現れた時に、そのタイミングとご縁を着実に捉えることが必要です。それが、一歩を踏み出すということだと思います。
東野取締役 初めてM&Aを検討すると不安も大きく、石橋を叩いて叩いて、結果として渡らない企業が多いのも理解できます。それでも、しっかり叩くことができたなら、ある程度のリスクは取ってやっていかないと、成長もありません。最後は経営判断です。多少のリスクは許容した上でやっていくという、経営者の意思決定が大事なのだと思います。
岡本 買い手企業の経営の質が問われるということですね。本日は有意義なお話を、ありがとうございました。
和泉チエン(株)
- 所在地:大阪府阪南市箱作100-1
- 創業:1916年
- 代表者:代表取締役社長 東野 和之
- 売上高:97億6000万円(2025年9月期)
- 従業員数:209名(2026年5月現在)