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【企業事例】優れた経営戦略を実践する企業の成功ストーリーを紹介します。
モデル企業 2026.06.30

ヒビノの束ねて伸ばす、蜂の巣の経営哲学 ヒビノ

コンサートや大型イベントの音と映像を支えるヒビノ。連結売上高676億円、グループ44社へと事業規模を広げてきた背景には、「ハニカム型経営」を支えるM&A戦略がある。「高値で買わない」「社員の処遇は下げない」。そうした考え方を軸に、同社は独自性のある事業の集積を進めてきた。社長・吉松聡氏に、その歩みと戦略を聞いた。


ヒビノは業務用音響機器の設計・販売で設立し、音響、大型映像サービスなど事業を拡大し続けてきた

ヒビノは業務用音響機器の設計・販売で設立し、音響、大型映像サービスなど事業を拡大し続けてきた



現場力と機材力が支える競争力

代表取締役社長(COO)として経営全般を担う吉松氏の中心的な役割は、M&Aや経営戦略の策定にある。もっとも、本人は「細かいことから大きなことまで、経営全般に関わっています」と話す。戦略だけでなく現場との距離を保つ姿勢は、ヒビノの社風の1つといえそうである。


ヒビノの競争力は、大きく2つある。1つ目は、音響分野で培ってきた技術力と、それを支える人材の厚さだ。かつて、海外アーティストが日本で公演する際は、音響スタッフも本国から帯同するのが一般的だった。そうした中、ヒビノは機材提供に留まらず、国内で未確立だったPAエンジニアリングの技術を習得し、実績を積み重ねながら「コンサートのヒビノ」として認知度を高めていった。


その後、現会長の日比野晃久氏が日本で初めてコンサートに大型映像演出を導入した。当初、業界の反応は慎重だった。高額な機材によるコストと設営時間の増加も壁となった。「音楽は聞くものだ」という声も多かったという。ただ、会場の大規模化が進むにつれ、状況は変わった。広い会場では、後方の観客はステージが見えにくい。映像は演出面だけでなく、集客面でも意味を持つようになった。結果として、映像演出は業界の標準になっていった。


「ヒビノがそのスタンダードを作りました。日本のコンサートのあり方を変えた側面があります」(吉松氏)。


もう1つの強みは、機材の保有規模にある。ドームやアリーナ級のコンサートで使用するLEDディスプレーは、一会場分だけでも数億円規模に上る。こうした高額な機材を、複数の大型会場で同時に公演が行われても対応できるだけ保有する企業は多くない。ヒビノは、この機材基盤に加えて、現場で運用する技術力も備えている。その両方が、同社の事業を支えている。この強みが試されたのが、2021年の東京オリンピック・パラリンピックだった。


2020年はコロナ禍でイベントが相次いで中止となり、コンサート・イベントサービス事業の売上高は前年比62%減まで落ち込んだ。吉松氏も「どれだけ持ちこたえられるか、大きな不安とストレスがあった」と振り返る。


一方で、翌2021年は東京オリンピック・パラリンピックの全会場における音響・映像業務を担った。この需要を取り込んだことで、同年は黒字に転じた。多会場を同時に支えられる体制が、ここで改めて示された。



有事に揺るがない事業構造を目指して

M&Aを成長戦略の柱に据えるきっかけとなったのは、2011年の東日本大震災だった。業績は数カ月で回復したものの、一時的にコンサート関連の仕事が消失した。


「特定の事業に偏っている収益構造だと、有事の際のリスクが大きい」(吉松氏)


その危機感が、その後の経営判断につながっていく。経験を踏まえて、2014年に掲げたのが「ハニカム型経営」だった。ハニカムとは蜂の巣を意味している。正六角形を隙間なく並べた構造は、軽さと強さを両立する。同社ではこれを、独自の強みを持つ事業を複数束ねる経営の比喩として用いている。


自前で新規事業を育てることに固執せず、M&Aを選んだ理由は明確だ。時間を買い、人材も得るためである。一から育てるには時間がかかる。M&Aなら、技術やノウハウ、顧客基盤を持つ人材ごと迎え入れられる。また、グループ化によるシナジーは業務提携よりも大きいとの判断があった。


ハニカム型経営の効果は、コロナ禍で見えやすくなった。コンサート・イベントサービス事業が前年比62%減となる一方、販売施工事業と建築音響施工事業はそれぞれ8%減にとどまった。売上高全体の落ち込みも25%減に抑えられた。


吉松氏はこれを「ハニカム型経営の成果」と捉える。ただし、営業利益ベースでは連結40億円超の赤字だった。一定の下支えにはなったものの、さらに構造を強くする必要があるという認識も残った。


その後は新領域への展開を加速させた。高機能ワークチェアの専門店を運営するオフィックスの子会社化、建築音響分野の4社体制整備など、音と映像の周辺からまったく異なる領域まで事業を広げていった。


結果として、M&Aによる連結売上高は2014年度の38億円から2025年度には420億円超へ拡大した。連結売上高全体に占めるM&Aの寄与率は60%に達している。


M&Aの実績に占める割合は、直接交渉が58%、仲介会社紹介が27%、銀行紹介が15%という構成だ。直接交渉のうち約半数は先方からのアプローチだという。一方で、成長性の面で結果が出やすいのは銀行紹介の案件だと吉松氏は見る。


ヒビノ 代表取締役社長(COO) 吉松 聡 氏

ヒビノ 代表取締役社長(COO) 吉松 聡 氏


「銀行からの紹介は、上場会社のノンコア事業を切り出す案件が多い傾向にあります。親会社で非主軸とされていた事業が、ヒビノにグループインすればコア事業となり、成長の主役となるわけです。社員のやる気が劇的に変わります」(吉松氏)


ノンコアからコアへ。立ち位置の変化が、事業の伸びにつながるという見立てだ。


案件選定で重視するのは次の3つである。「事業シナジーが期待できること」「経営の方向性が一致していること」「適正で無理のない買収価格であること」だ。


中でも買収価格には厳しい基準を置く。


「高値で買ってしまうと、買収コストの回収に時間がかかり、償却負担も重くなります。そうなると、子会社社員の昇給や賞与を抑えざるを得なくなります。これでは誰も幸せになれません」(吉松氏)


欲しい案件だったとしても、適正価格を超えれば見送る。この判断を徹底している。


もう1つ重視しているのが、経営者の姿勢だ。


「魅力ある事業でも、金額の話ばかりになる経営者とはご縁がなかったと思うようにしています」(吉松氏)


社員をどう見ているか。事業にどれだけ熱意を持っているか。そうした点を、面談を通じて確かめる。数字だけでは見えにくい部分だが、M&A後の統合を左右する要素でもある。


PMIの進め方も一貫している。基本は「緩やかな統合」だ。グループインしたからといって、すぐにヒビノ流へ統一することはしない。「自分たちより優れた制度を持つ会社もありますから、無理に統一する必要はない」と吉松氏は話す。


子会社の判断を8割尊重しつつ、全社方針は2割程度にとどめる。その上で、資金支援とシナジー創出を後押ししていくという。


その背景には、北米企業を清算するに至る経験があった。現地任せのデューデリジェンス(DD)と、信頼関係づくりの不足が原因だったという。その反省から、現在は本社主導のDDへと仕組みを改めた。失敗をそのままにせず、その後の運用に確実に反映していく。この改善の積み重ねが、次なる挑戦への確かな礎となる。


新宿の大型街頭ビジョン。LEDディスプレイおよび音響システムをヒビノが納入した

新宿の大型街頭ビジョン。LEDディスプレイおよび音響システムをヒビノが納入した



M&A後の成長を支える3つの要因

「M&A後の子会社が高い成長率を維持できる理由は、資金・士気・シナジーの3点に集約されます」と吉松氏は説明する。


まず分かりやすいのは資金面の変化だ。中小企業のオーナーは、会社の資金と個人資産の距離が近く、大きな投資に慎重になりやすい。グループに入ることでその制約が薄れ、これまで見送っていた投資がしやすくなる。韓国のグループ会社では、子会社化から7年で売上高が2倍以上に成長した。資金面の制約が外れたことが、成長戦略を後押しした。


次に士気だ。ノンコア事業として扱われていた企業の社員が、ヒビノグループの中で中核事業の一員として位置付けられる。そこで働く意味や誇りを持ち直すことが、業績にもつながっていく。


シナジーの面では、2020年に東京・日の出駅前に新社屋を竣工し、グループ各社を集約したことが転機になった。それまで接点の少なかった社員同士が日常的に顔を合わせるようになり、関係性ができた。結果として、各社が持つ専門性がつながり、多様なニーズにワンストップで応える総合力が加速していった。


「シナジーは仕組みではなく、人間関係から生まれるものです」と吉松氏は話す。


グローバル戦略も見直しが進んでいる。北米M&Aの反省を踏まえ、現在はアジア・オセアニア地域に軸足を移した。オーストラリアとシンガポールの会社をグループに迎えたのも、その流れにある。物理的・文化的な距離が近い方が、連携しやすいという判断だ。


そして2026年5月発表の新中期経営計画「Beyond 1000」を前に、2月から4月にかけて3カ月連続でM&Aを実施した。映像機器販売・施工・騒音対策という弱点分野を補完する狙いがあるという。


「ハートのエースを7枚そろえるような体制を整え、総合力を高めていく」(吉松氏)


ハニカム型経営は、そうした拡張と補完を重ねながら、次の段階に進もうとしている。


ヒビノ(株)

  • 所在地:東京都港区港南3-5-14
  • 設立:1964年
  • 代表者:代表取締役会長(CEO) 日比野 晃久
  • 売上高:676億300万円(2026年3月期)
  • 従業員数:1829名(2026年3月現在)