女性社員が結婚・出産といったライフイベント後もキャリア形成できる仕組みを積極的に推進。リーダー登用を進展させ、商品開発や営業力の強化を成長につなげている。
女性の活躍を支援する社内組織
キリンウィメンズネットワーク
2018年の女性管理職比率、日本は12%とG7で最下位――。国際労働機関(ILO)が発表した女性の労働に関する報告書※1によると、2018年に世界で管理職に占める女性の割合は27.1%と3割近くに達したが、日本はわずか1割にとどまり、先進7カ国(G7)で最下位だった。ILOの統計によると、日本の女性管理職比率は1991年の8.4%から、27年間で3.6ポイントしか上昇していないという。政府が打ち出した「2030(指導的地位に占める女性の割合を2020年に30%にする)」という目標値は、残念ながらあと1年では達成できそうにない。
だが、こうした現状において、女性社員の活躍推進を骨太に進めている企業がある。キリンホールディングス(以降キリンHD)――ご存じ、『キリン一番搾り』や『午後の紅茶』など酒類・飲料事業を中心とするメーカーだ。
同社の女性活躍推進の発端は2006年にさかのぼる。当時、結婚や出産を機に退職する女性社員が多いことに危機感を持った経営トップ層が、「キリン版ポジティブアクション」を制定。その第一歩として、翌2007年に女性の活躍とネットワークづくりを積極的に支援するための社内組織「キリンウィメンズネットワーク(KWN)」を発足した。
「2000年代はじめ、当社では男性社員の仕事への満足度は高く、長く働いているのに対し、女性社員は総合職で入社しても男性ほど満足度は高くなく、また結婚・出産を機に退職する方が大多数を占めていました。この状況を変えるために生まれたのがKWNです」
そう説明するのは、人事総務部多様性推進室の豊福美咲氏である。2019年現在、同社の女性管理職者の比率は8.4%。2013年の4.2%と比べ、6年で倍増している。
同社はビールや清涼飲料水の他、食品や医薬など多彩な商品を開発・販売している。女性をターゲットとした商品も多い中、女性の視点やアイデアを生かせるかどうかは同社の今後を大きく左右する。女性活躍推進は、成長戦略の一つと位置付けられているのだ。
発足以降、「半歩先でもいいから前へ」を合言葉に、KWNは取り組みに着手。まずは、継続的に働く上でどのような支援策が必要かを広く女性社員からヒアリングし、それをまとめて経営陣に直接届けた。
その結果、多くの新制度が生まれた。配偶者の勤務地異動に伴い、最大3年間、休職できる「ワークライフバランスサポート休業制度」。自己都合で退職した人を再雇用する「キャリアリターン制度」。育児や介護などで転勤が難しい総合職の社員が、最大5年間、転勤を回避できる「転勤回避措置制度」。いずれも仕事とプライベートの両立を図りやすいよう配慮した制度と言える。
「制度導入によって結婚・出産後も子育てをしながら活躍する女性が増えました。それがキャリア形成につながり、若い女性社員のロールモデルが誕生するなど、好循環が生まれています」(豊福氏)
キリンHDはボトムアップとトップダウンの両輪で、改革を推し進めているのである。
※1『 A quantum leap for gender equality:For a better future of work for all(男女平等に向けて大跳躍:より良い仕事の未来を全ての人に)』(2019年3月7日発刊、英文)
公募選抜で次世代の女性リーダーを育てる〝大学〟
キリンウィメンズカレッジ
2013年にはユニークな取り組みも開始した。「前倒しのキャリア」だ。20、30歳代の女性社員を対象にしたもので、難しい業務やキャリアチェンジが育児などのタイミングと重複しないように、現状よりハードルの高い仕事を“先取り”で経験し、スキルを磨く試みである。
「女性リーダー育成の一環として行っているプログラムで、早い時期に通常よりも難易度の高い業務を経験してもらいます。やりきることで自信を深められますし、自分の得意分野や個性を知ることもできます。さらに、出産・育児を経て職場復帰する時にも役立ちます。復帰の際は勤務していなかった期間への不安が先立ちますが、難易度の高い業務を先に経験していれば、自信を持って復職できます」(豊福氏)
この取り組みによって、子育てをしながらリーダーとして働く人が増え、組織の活性化に好影響を与えているそうだ。
キリンHDは女性リーダーを育てるために、キャリアに応じた施策を講じており、前倒しのキャリアもその一部である。
まず、全社員が毎年、リーダーとの「キャリア面談」を行い、キャリア形成に対する不安やライフイベントの悩みなどを洗い出す。入社3年目の女性社員は、上司と共に「キャリアワークショップ」を受講。前倒しのキャリアについての理解を図り、リーダーとキャリアについて話せる下地をつくる。
入社3~5年目の現実的に悩み始める年齢層に対しては、「メンタリングプログラム」がある。いわゆるメンター制度だ。メンティーは将来のキャリア像を描いたり、メンターのアドバイスで悩みや不安を解決したりできる。そして、入社6年目以降に待っているのが「キリンウィメンズカレッジ(KWC)」である。
KWCは、公募選抜型の次世代リーダー育成研修プログラムだ。定員は25名、全6回のセッションを約6カ月かけて展開。受講者は、社内外の講師によるキャリアやロールモデルについての講演、問題解決や経営戦略、リーダーシップについての講義、他部門リーダーとの提言練習を経て、役員を前に最終プレゼンテーションを行う。
「KWCは、リーダーシップを発揮することに遠慮・抵抗感のある人や、ビジネススキルに苦手意識を持った人に気付きを与えるための研修です。リーダーとして活躍している社内外の講師がリーダーの考え方を講義して、その世界観やビジネスの醍醐味を知ってもらいます。さらに、他部門リーダーによる“提言壁打ち”や役員向け最終プレゼンテーションなど、主体的に取り組めるプログラムも用意しています。各セッションは1日のみですが、各セッション間に課題が与えられるので、かなりハードな内容です」(豊福氏)
最終プレゼンテーションのテーマは「自場所への提言」。「自場所」とは現在の職場のことで、自身より2階級上のリーダーの立場に立ち、現部署の改善策などを発表する。
2014年にスタートしたこの“大学”で、毎年多くの女性社員が学び、ビジネスリテラシーを身に付けて巣立っていく。
「なりキリンママ・パパ」期間中はデスク横に告知を出し、周りのサポートを受けやすいように意思表明する
子育てなどを疑似体験 相互理解を深める
もう一つ、ユニークな取り組みがある。「なりキリンママ・パパ」。営業職の女性活躍を推進する異業種合同プロジェクト「新世代エイジョカレッジ」※2に参加し、組織改革や営業変革に取り組むキリングループ飲料各社の女性営業職社員の提言から生まれたものだ。
「実際には子どものいない社員が、営業ママ・パパになりきって時間の制約がある働き方をし、労働生産性を上げる取り組みです。男女共にこれを経験することで、子育てや介護をしながら働くことの大変さを疑似体験するとともに、どのような働き方が良いのか、周囲はどうサポートすべきかなどを考えるきっかけにしています。2016年度のエイジョカレッジの大賞を受賞し、社内でも2017年からテスト的に導入して、2019年から本格的に活動をスタートしました」(豊福氏)
なりキリンママ・パパでは、「育児」「親の介護」「パートナーの病気」という三つのシチュエーションから一つを選び、仮想の家族の名前を登録。残業をしない、フレックスタイムや在宅勤務などの制度をフル活用し、配偶者サポート制度やベビーシッター制度も利用するという前提で、1カ月間いつもと同じ業務に当たる。
期間中には、保育園から「子どもが熱を出した」といった突発的な連絡が入る。この連絡は、なりキリンママ・パパの事務局がランダムに入れるのだが、その時はどんなに忙しくとも仕事を切り上げなければならない。現実に起こり得る状況の中で、仕事と子育て・介護の両立生活を目指すことになるのだ。
「突発的な事態に備えた時間管理・進捗管理能力の向上や、職場でサポートしてもらう周囲とのコミュニケーション強化、巻き込む力の養成といった効果を期待しています。当然、将来のライフイベントに備えた予行演習としても効果的ですし、マネジメント力の向上にも役立つと思います」(豊福氏)。
この取り組みは、すでに同社の複数の部署に導入。メディアで取り上げられたことにより、地方自治体の職員向けの研修にも活用されているという。
若手社員への意識付けから男性社員の行動変革にまで及ぶキリンHDの女性活躍推進活動は、企業文化として根付き、大きな花を咲かせている。
※2 「営業で女性がさらに活躍するための提言」に向けた異業種合同プロジェクト。2014年にリクルートホールディングス、サントリーホールディングス、日本アイ・ビー・エム、KDDI、三井住友銀行、日産自動車、キリンの7社とコンサルティング会社のチェンジウェーブが創設し、現在まで30社を超える企業が参加
キリンホールディングス 人事総務部 多様性推進室 人事担当 豊福 美咲氏
PROFILE
- キリンホールディングス㈱
- 所在地:東京都中野区中野4-10-2中野セントラルパークサウス
- 設立:1907年
- 代表者:代表取締役社長 磯崎 功典
- 売上高 : 1兆9305億円(連結、2018年12月期)
- 従業員数:3万464名(連結、2018年12月31日現在)