運行管理の業務に当たる社員。道路状況や受注状況に応じて効率的な配車を行う
Visionalグループのビジョナル・インキュベーション(東京都渋谷区)によると、同社が運営する事業承継M&Aプラットフォーム「ビズリーチ・サクシード」が2021年9月に公開していた物流関連の譲渡案件数は、2020年同月比1.8倍、2019年同月比2.7倍だった(2021年10月7日発表)。このことからも分かるように、運送業界におけるM&Aは活況である。その背景について松岡氏は次のように述べる。
「昭和の時代、運送業の認可を得るのは簡単ではありませんでした。それが平成になって、いわゆる『物流二法』(貨物自動車運送事業法と貨物運送取扱事業法)で規制緩和が進み、認可を容易に取れるようになったのです。
それは参入障壁を低くした半面、事業者の急増に伴う価格競争を背景に、運賃の値崩れを加速させました。さらに、業務のIT化によってインターネット上での求貨求車※が広く普及しており、これも運賃の上昇を抑える要因となっています」
また、過当競争によって経営に行き詰まる運送会社が相次いでおり、経営者の高齢化と相まって、自社を譲りたい企業が増えているという。加えて、小売りなど荷主の業界で再編が進んでおり、荷主が大手企業グループの傘下に入った途端に仕事がなくなるといった事態にも直面している。
「運送業の優勝劣敗が明確になっている昨今は、強みを打ち出した経営が重要になるでしょう。M&Aにおいても、単に仕事を増やしたいといった理由で追求するのではなく、自社の強みや弱みを冷静に検討した上で、慎重に取り組む姿勢が欠かせないと考えます」(松岡氏)
M&A案件は多数あるものの、契約に向けて進むものは「10件に1件もない状況」と松岡氏は言う。故に富士運輸が事業規模の拡大を図る上では、「M&Aよりもむしろ自前で拠点を増やしていった方が良いことが多い」。それでもM&A戦略を進める意図としては、「各地域で頑張っているにもかかわらず、経営で苦戦している企業の競争力を高め、そこで働く従業員の待遇改善などに貢献したい思いが強い」と松岡氏は語る。
※荷台の空いているトラックの情報と、荷物を運びたいが車両が手配できない荷主をつなぎ、適切な配車を行うこと
M&Aの進め方のポイントとして、松岡氏は「まず売り手企業の給与体系や安全対策の状況などを見定める」。そして、経営トップ同士の面談では、相手の困っている課題を聞き出し、「当社にはこのような解決策があると提案していく」という。
「M&Aで運送会社を買いたいと話す社長の中には、ドライバーの確保を理由に挙げる方が少なくないのですが、それは得策ではありません。経営母体が変わることで、辞めていくドライバーが一定数出るからです。それでも買収する価値があるかどうかの見極めが重要なのです」(松岡氏)
また、売り手企業はさまざまな経営課題を抱えていることが多いため、「その会社をよみがえらせるための戦略が欠かせない」と松岡氏は強調する。
「当社は経営管理に必要なシステムが充実しており、買収後にシステムを導入してもらうことで、企業再生を図っていける自信がある」(松岡氏)
事業を拡大させ、M&A戦略を成功させている富士運輸。しかし、その発展の過程では経営の苦労が多かった。
松岡氏は27歳で富士運輸へ入社して以来、会社が抱える労務の課題を一手に引き受け、その解決に注力してきた。苦難を乗り越えた末に決断したのが、運送サービス向上のためのISO9000シリーズ※の認証取得と、全国に拠点を持ちネットークを構築することだった。この目標に向けて経営革新を断行してきたことが、今日の成功の礎となっている。
運送業界を取り巻く環境が大きく変わりつつある中、さらなる成長のために松岡氏が目指すのは、「価格競争に陥ることのない、業界にとって必然性のある企業グループ」だ。より充実した拠点ネットワークを構築するとともに、温度管理や特殊貨物などに対応できる車両を整備し、他社との差別化を進めていく。
※品質マネジメントシステムに関する国際規格
各地域でがんばっているにもかかわらず、
経営で苦戦している企業の競争力を高め、
そこで働く従業員の待遇改善などに貢献したい
PROFILE
- 富士運輸(株)
- 所在地:奈良県奈良市北之庄町723-13
- 設立:1978年
- 代表者:代表取締役 松岡 弘晃
- 売上高:316億円(2021年6月期)
- 従業員数:1842名(2021年6月現在)