事業拡大に伴い採用を大幅に増やしている日本オラクルは、社員の定着率やエンゲージメント※1の向上に高い成果を上げている。企業文化と自社の強みを生かしたオンボーディングの取り組みに迫る。
離職防止と早期戦力化を目指す
DX(デジタルトランスフォーメーション)の一環でクラウド利用を進める企業が増えている。IDC Japanが2021年3月に発表した調査結果によると、2020年の国内パブリッククラウドサービスの市場規模は、前年比19.5%増の1兆654億円。2025年には2020年比2.4倍の2兆5866億円に成長すると予測される。
この流れを追い風に、日本市場で業績を伸ばしているのが日本オラクルだ。クラウド事業の推進に伴って大幅に採用を拡大する中、オンボーディングをはじめとする独自の人事戦略が従業員エンゲージメントの向上に高い成果を上げている。
オンボーディングとは、「on-board(船や飛行機に乗っている)」から派生した言葉で、本来は船や飛行機の新しい乗組員・乗客に対して必要なサポートを行い、慣れてもらうプロセスのこと。人事用語としては、新しく入社した人材の離職を防ぎ、早期に戦力化するための施策を指す。
例えば、業務やコンプライアンスに関する教育制度に加えて、年齢や社歴が近い先輩社員が上司とは別に新入社員をサポートするメンター制度、定期的な1on1ミーティングの実施、気軽に相談できる専用チャットルームの開設、テレワークの孤独感を緩和する「リモートランチ」など、それぞれの状況に合わせて各社とも工夫を凝らしている。
日本オラクルのオンボーディングとしては、先輩社員が新卒・中途社員をサポートする「バディー制度」、同社のクラウド型人事ソリューション「Oracle Fusion Cloud Human Capital Management (HCM)※2」の活用などが挙げられる。
※1…従業員エンゲージメント:従業員が自社のビジョンや方針に共感し、自発的に貢献したいと思う意欲や、自社への信頼・愛着を表す指標
※2…Human Capital Management:従業員を重要な経営資源の1つと捉え、組織内の人事・給与・評価・就業状況などあらゆる人材情報を統合的に管理する経営手法。または、その人材情報を管理するシステム
各部門が独自のオンボーディングを実施
企業における人材開発や社員教育と聞いて思い浮かべるのは、人事部門や総務部門だろう。しかし、日本オラクルでは、新人が配属される部門が権限と責任を持ってオンボーディングを実施する。
「各部門の独立性・自律性の高さが当社の特徴です。入社後は新卒採用であれば約2週間、中途採用の場合は1~2日程度の全社研修を実施していますが、それ以降は各部門が独自のオンボーディングを行います」
そう話すのは、人事本部長の一藤隆弘氏である。
自律的な組織カルチャー。これが同社の採用から育成、評価に至る人事戦略のベースである。もちろん、同社にも人事部はあるが、オンボーディングを主導するというより、各部門がオンボーディングをスムーズに実施できるような下地をつくる役割を担っている(【図表1】)。人事本部シニアマネジャーの寺尾直子氏は次のように説明する。
【図表1】日本オラクルのオンボーディングプログラム

出所:日本オラクル提供資料よりタナベ経営作成
「当社の場合、配属部門のマネジャーとメンバー、人事本部のビジネスHRがオンボーディングの3本柱です。オンボーディングをリードするのはマネジャーの役割であり、メンバーは新入社員を歓迎し、情報や経験を教える役割。それを支えるのがビジネスHRです」
具体例として、同社コンサルティングサービス事業統括部門のオンボーディング(【図表2】)について語るのはビジネスHRシニアマネジャーを務める内田友加氏である。この取り組みの中で特徴的なのは「相談体制の充実」。上司、ナビゲーター・サブナビゲーター、Employee Success(エンプロイーサクセス)、ビジネスHR、産業医の5つから、入社メンバーが相談相手を選べる仕組みである。
【図表2】コンサルティングサービス事業統括部門のオンボーディング施策

出所:日本オラクル提供資料よりタナベ経営作成
ナビゲーターは、簡単に言えば案内役。「社内のどこに何があるのか」「誰に質問したらいいのか」といった日常的な質問に答える役割であり、冒頭で述べたバディーに当たる。
「ナビゲーターは直訳すると『航海士』。社員が向かうべき方向へ案内していく役割です。1名の新入社員に対し、ナビゲーターとサブナビゲーターの2名を必ず付けています。独自の呼び名がある点も、部門ごとにオンボーディングが運用されている一例と言えます」
続けて、Employee Successについて内田氏は次のように説明する。
「Employee Successはコンサルティングサービス事業統括部門独自のチームです。ビジネスHRは社員の相談に乗ったり、全社視点から公平・公正な判断をしたりする立場ですが、このチームはどうしたら社員が幸せになるか、部門が成功できるかを考えます」
上司にはしづらい相談もあるが、窓口が複数あればどこかに相談できる。社員の定着率向上や早期戦力化を導く重要なポイントだ。
「特に新卒社員には、『相談しやすい窓口を選べるので安心して働いてほしい』と伝えていますし、社員も内容によって相談相手を変えています。『私には相談がなかったな…』と寂しい気持ちになることもありますが(笑)、他に相談できる場所があったということ。うまく機能している表れだと思います」(内田氏)
テクノロジーがオンボーディングを進化させる
各部門独自の施策を可能にし、オンボーディングの要となるシステムが、冒頭で紹介したOracle Fusion Cloud HCMだ。特に、コロナ禍によってテレワークが常態化する中、果たす役割が大きくなっている。
Oracle Fusion Cloud HCMは人事リソースのデータベースであるだけでなく、目標管理などにも活用されている。
事業拡大によって大幅な人員拡充を図った結果、同部門では社歴の浅い社員の比率が高くなっている。そうした中、組織の方向性をそろえるために徹底したのが「ビジョン」「戦略」「ゴール」の共有だ。マネジャーは試用期間中に社員一人一人と面談してビジョンや戦略について説明し、ゴールを決める。さらに、ゴールをOracle Fusion Cloud HCMに入力し、達成状況に対するフィードバックもシステム上で共有するなどして目標管理を行っていく。
「徹底してビジョンと戦略、ゴールを共有したことは非常に有効でした。組織に共通言語が生まれたことで方向性が明確になり、メンバーは上司から何を期待されているのかについて理解が深まりました。
さらに、システム上でいつでも目標を確認できるため、メンバーはゴールを見失うことなく仕事に取り組めるようになりました」(内田氏)
システム化はビジネスHRにとってもメリットがある。「事務作業やコストを大幅に削減できるため、人事戦略の企画など重要度の高い業務にリソースを使えるようになる」と一藤氏。同社では、ビジネスHR担当者1名で数百人の社員を担当するが、人事を統合管理できるシステムの存在がそれを可能にしている。
時代に合わせてアップデートを図る
自律的な組織カルチャーとテクノロジー。この両輪が機能することで、日本オラクルのオンボーディングは高い成果を上げている。半面、懸念されるのは、部門最適化がセクショナリズムにつながりかねないことだ。
これに対して一藤氏は、「コアバリューの共有には特に力を入れています。例えば、入社して最初のオンボーディングでは、ダイバーシティー&インクルージョンや女性リーダーシップ、企業の社会的貢献といった基本的な価値観に関するレクチャーを受けます」と説明する。さらに、「オラクルにはコンプライアンスに関する充実したプログラムがあり、定期的に研修も実施する」(寺尾氏)など、日常的に価値観やルールを確認できる環境づくりを行っている。
また、社内ネットワークをつくる仕組みも多い。例えば、従業員リソースグループ※が国内外に数多くあり、その活動を通して価値観を共有したり、相談できるメンターができたりする。また、Oracle Fusion Cloud HCMには部門や国を超えて社員同士がコミュニケーションを取ったり、サポートし合ったりできるような仕組みも実装されている。
一連の取り組みから見えてくるのは、あらゆるリソースを重ねながら独自のオンボーディングがつくり上げられていることだ。自社のカルチャーや強みを生かしたオンボーディングを設計し、現在も見直しを図りながら施策を進化させている。
「コロナ禍におけるオンボーディングでは、オンライン環境をどう生かすかが鍵になります。現在、当社では全社員がほぼ毎日テレワークです。今後もこの状況は続くでしょうから、これまでのような個人の自律だけでなく、チームとしての自律も大事になる。そこで、自律というカルチャーを点から面に広げる試みをスタートしています。さらに、データの見える化を図り、人事や現場の判断に活用できるよう取り組みたいと考えています」(一藤氏)
変化を恐れない同社の柔軟な姿勢が、時代をリードする人材を育成する土壌になっている。
※Employee Resource Group(ERG):多様な特性や能力の発揮をサポートする従業員主導のコミュニティー。女性、LGBTQ、障害などのERGがある

日本オラクル 人事本部長 一藤 隆弘氏
PROFILE
- 日本オラクル(株)
- 所在地:東京都港区北青山2-5-8
- 設立:1985年
- 代表者:執行役 社長 三澤 智光
- 売上高:2085億2300万円(2021年5月期)
- 従業員数:2407名(2021年5月現在)