横浜開港時(江戸時代末期)から続く老舗商社・田辺商事。創業200周年に向けた第一歩としてこのほど、中期経営計画を策定した。事業モデルと組織モデルの両面からアプローチすることで、持続可能な経営を目指す。
明治維新直前の1867年(慶応3年)、開港間もない横浜で創業した田辺商事。砂糖の卸問屋としてスタートし、戦後は製パン材料をはじめとする食品全般のほか、ドライアイス、保冷剤、洗剤、包装資材、燃料、ブライダル用品など、取扱品目を増やしながら総合商社へと成長を遂げた。
しかし、人口減少社会の日本において、現状の事業形態では市場縮小は避けられない。そこで同社では将来も継続的に成長できるように、創業以来、初となる中長期経営計画の策定に当たった。
「今回策定した中期5カ年計画は、創業200周年(2067年)を見据えた第一歩。タナベ経営とともに2020年夏から取り組み、2021年4月から実行に移しています。
当社は、砂糖やパンの材料である小麦やイースト菌などを取り扱っていますが、人口減少や高齢化を背景に今後、日本人の摂取カロリーの減少傾向は避けられず、このままの状態で事業を続けていては先細りです。
また、ドライアイスは二酸化炭素(炭酸ガス)を原料に作られますが、脱炭素社会への移行で生産量は減る傾向にあるなど、当社の事業を取り巻く環境は厳しいと言わざるを得ない。そんな強い危機感から、今後の変化を見据えた事業戦略と、最適な事業ポートフォリオの構築に挑みました」
中期経営計画を策定した背景をそう説明するのは、田辺商事の代表取締役社長、田辺哲郎氏である。田辺氏は150周年を目前に6代目社長に就任すると、社員の待遇を改善するために給与の見直し、休日出勤や残業削減といった働き方改革を敢行。そして今、200周年を目指した基盤づくりに乗り出している。
【図表】中期戦略コンセプト
中期経営計画の策定に当たり、田辺商事では各事業の最前線で活躍する中堅社員を選抜し、中期経営計画策定のプロジェクト(PJ)を発足。PJメンバーは各事業部の課題を抽出し、その後、浮かび上がった課題に対する解決策を議論していったという。
新しい事業戦略を実行するには、それを実践する組織も有機的に機能しなければならない。そこで事業戦略と同時に組織体制の整備も議論し、改善案を打ち出していった。
「中期経営計画策定に当たっては、現場の声を重視しました。当社は地域によって主力になる販売商品や取引先のニーズも異なるので、全国に47拠点ある営業所の意見に耳を傾けながら、現実に即した改革案をつくることが重要です。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、一堂に会して議論できないといった制約を受ける中でしたが、メンバーはよくやってくれたと感謝しています」(田辺氏)
こうして、現場の声を反映した同社初の中期経営計画は、2021年2月に完成した。早速、翌月の全国の所長会議で共有し、会議に参加した所長が各拠点に持ち帰って、各営業所で周知を実施。同時に、会議のダイジェスト版動画を資料にして、全社員に「田辺商事の目指すビジョン」の共有を図っていった。
中期経営計画では、まず「2030ビジョン」として「200年企業へ、『田辺商事SHINKA』への挑戦」を掲げている。その上で、前半である2021年4月~2026年3月までを「将来の安定経営に向けた事業・組織体制の基盤をつくる5年間」と位置付けた。
同時に、「食品事業」と「化成品事業」、そして「財務・組織マネジメント」という3つの枠組みで中期戦略コンセプトを明確化した。(【図表】)
食品事業は、砂糖や小麦粉などを扱う「糖粉問屋から“食品卸サービス業”への進化」を掲げ、化成品事業では「御用聞き営業から一歩進んだ、クロスセル提案営業への成長」という方向性を示した。さらに財務・組織マネジメントでは、「組織経営体制への移行による全社シナジー最大化戦略」を掲げるなど、将来を見据えて“進化”を遂げるための戦略を打ち出している。
「食品事業は、小口取引などにより業務効率の悪い取引先の見直し、重点得意先への経営リソースの集中など、利益率の向上を図る方針を打ち出しています。さらにベーカリーチェーンなどに対して、開業支援サービスや売り場づくりの支援を行うなど、付加価値の高いサービスを提供していくことで、売り上げ拡大と利益額の向上を目指しています」(田辺氏)
同時に、かつて食材を供給していたスーパーマーケットなど、休眠状態の取引先を再訪問し、顧客の再発掘を積極的に行うという。
化成品事業においては、クロスセル提案営業、つまり取引のある顧客に対して、関連する別の商品も提案することで売り上げ拡大を図る戦略を中心に据えた。例えば、ドライアイスを納入している顧客に対して、先方の状況に応じて発泡スチロールや洗剤、包装資材、オフィス用品などを提案するというものだ。
「当社の主力商品であるドライアイスの顧客は、今では要冷凍・冷蔵商品を輸送する宅配業者が中心ですが、かつては結婚式場にも多くのドライアイスを納品していました。披露宴などの演出で使用していたのですが、式場のニーズに合わせて宴会用椅子、テーブルおよび小物なども供給してきました。そんなクロスセル営業をさらに発揮し、深化させるとともに、幅広いお客さまに提案することで販売機会を増やしていきたいと考えています」(田辺氏)
食品事業と化成品事業で新たな方針を打ち出した田辺商事。サービス対象や営業スタイルの変化に伴って必要となるのが、新しい組織体制の構築である。現在、化成品事業はドライアイスを中心に販売する化成品1部と、包装資材や洗剤などを取り扱う化成品2部に分かれているが、クロスセル営業を推進した場合、同じ営業担当者が両方の商材を担当しなければならない。そこで1部と2部を統合することで解決を図る。
さらに、各営業所においては、1人の担当者が食品・ドライアイス・化成品の全てを取り扱う場合も出てくる。つまり、営業体制も組み直さなければならない。
「こうした組織体制の改革も、中期経営計画を実践する過程において段階的に行う予定です。しかし、地域によってお客さまのニーズや営業所が置かれている環境は異なります。
そこで、これまでは各営業所を本社が管理する体制でしたが、地域の状況に合ったマネジメントを行うために、北海道、東北、関東、中日本といったように地域ごとに統括部長を置いて、現状に即した形でクロスセル販売に移行したいと考えています。
大切なのは、中期経営計画を重視しつつも、現場の状況に即した改革を行うこと。そのことを肝に銘じながら注意深く実行したいと考えています」(田辺氏)
営業体制と同様に、体制改革を視野に入れているのが自社の物流センターだ。同社の主力商品のドライアイスには、出荷と同時に溶け始めるという特性があるため、顧客近くに営業所を数多く設けてきた。しかし、今後は営業所の統合や、配送ドライバーのセールス化などによってコスト削減と業務効率化を視野に入れる。
クロスセル営業の実現には社員の意識改革が必須であり、その意識改革こそ、中期経営計画の成否の鍵を握ると言っても過言ではない。
「中期経営計画はスタートしたばかりで、本格的な取り組みはこれからです。その際に社員がどのくらい熱意をもって臨めるかによって、成果は大きく変わると予想しています。
社員一人一人が“自分事”として捉え、新しい田辺商事を自分たちの手で創り上げていくという意識が不可欠です。計画を遂行するための具体的な戦術などを社員同士で話し合い、実行に移すことで当事者意識を醸成していきたい。また、コロナ収束後には、私も現場に出向き、対話を通して今回の中期経営計画の重要性を説いていきたいと考えています」(田辺氏)
今後は、中期経営計画推進の原動力となる人材の育成に力を注ぐ方針も掲げる。創業200年に向けて、田辺商事は力強く一歩を踏み出している。
PROFILE
- 田辺商事(株)
- 所在地:神奈川県横浜市中区山下町71-2
- 創業:1867年
- 代表者:代表取締役社長 田辺 哲郎
- 売上高:260億円(2021年3月期)
- 従業員数:415名(2021年6月現在)