その他 2021.09.01

経営理念を再構築して自社の未来像を明確化:三洋貿易

 

 

 

 

合成ゴムの輸入を皮切りに、自動車部材や化学品など幅広い製品を取り扱い、成長してきた三洋貿易。さらなる飛躍を目指して取り組んだのは、経営理念の見直しも含めた長期経営計画の策定だった。

 

 

経営理念との関連を重視して新・長期経営計画を策定

 

ゴム・化学品の総合商社である三洋貿易の歴史は、戦後の神戸から始まった。

 

同社は1947年、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の政策による三井物産の財閥解体をきっかけに、当時、三井物産神戸支店で活躍したメンバーを中心として設立された。合成ゴムの輸入から事業を始め、化学品、自動車部品など取り扱い品目を増やしながら規模を拡大し、現在はゴム事業部、化学品事業部、産業資材第一事業部、産業資材第二事業部、機械・環境事業部、科学機器事業部の6事業部体制で取引先のニーズに応えている。

 

そんな同社が初めて長期経営計画を策定したのは2015年のことだ。代表取締役社長の新谷正伸氏(当時、取締役経営戦略室長)と役員の2名で、試行錯誤しながらつくり上げたという。

 

「2013年には東証1部上場を果たし、当社が目指すべき目標を社内外に向けて発信するために手弁当で作成したのが、長期経営計画『VISION2020』です。安定した財務基盤の確立などの基本方針とともに、連結経常利益50億円、新規投資案件5件以上という2つの目標を設定しました。ところが、増益が続き5カ年計画の目標を3年で達成。新たな長期経営計画が必要になりました。

 

新しい計画を策定するに当たってVISION2020を見直すと、経営理念との関連性がないことに気付きました。また、当時から行動指針や当社が大切にする価値観である『STC VALUES』などはありましたが、社員に全く浸透していませんでした。そこで、役員だけでなく各事業部から数名の幹部社員を選抜してプロジェクトチームを発足し、経営理念との連携を重視しつつ、外部の客観的な視点を取り入れながら2018年に策定したのが『VISION2023』です」(新谷氏)

 

 

【図表1】「VISION2023」の全体図

出所:三洋貿易提供資料よりタナベ経営が作成

 

 

先人の訓えと時代性を考慮した経営理念

 

経営理念の見直しでは、先人たちの訓えを継承しながら分かりやすい表現に置き換えていった。特に、初代社長を務めた玉木栄一氏の「根のある商売を育成したい」という訓えは脈々と受け継がれ、同社の企業文化として今も息付いている。

 

そうして生まれたのが、「堅実と進取の精神、自由闊達な社風のもと、柔軟かつ迅速に最適解を提供し、国際社会の永続的な発展と従業員の幸福を共創する。」という経営理念だ。

 

「堅実と進取の精神」「自由闊達な社風」という言葉は、設立以来受け継がれてきた三洋貿易の特長を表している。先見の明を持って商品生命の長いものを取り扱うとともに、新しい分野にも果敢に挑戦してきたからこそ生まれた長所だ。また、親族経営では生まれづらいオープンな社風も、STC VALUESなどの企業文化の醸成を推進する取り組みで育んできた。後半の文言は、同社が今後目指すべき方向性を示したものである。

 

「自由闊達な社風を生かしながら、今後も既存事業や新規開拓、グローバル展開に挑んでいく姿勢を込めています。しかし、長文の経営理念を唱和してもなかなか頭に入りづらいでしょう。そこで、経営理念とは別にスローガンとして設けたのが『最適解への挑戦』です。このスローガンを合言葉に、経営理念を具現化するための『目的』と『基本戦略』を設定し、その実現を目指しています」(新谷氏)

 

VISION2023の「目的」には、「最適解を提供する挑戦集団」と「継続的な利益成長」を定めた。前者では、スローガンにも掲げた「最適解」を取引先に提供することと、企業基盤の強化や働きがいのある環境の実現を目指す。後者では数値目標を設定している。(【図表1】)

 

「当社は設立以来、規模拡大よりも中身のある堅実な商いを目指してきた歴史があり、売り上げよりも経常利益を重視しています。VISION2023では連結経常利益を75億円に設定し、ROE(自己資本利益率)は15%、海外拠点成長率は10%に設定しました。ROEの目標値である15%は効率的に収益を上げ続けている証しと言えますし、海外での成長率10%は、経済発展が著しいASEAN(東南アジア諸国連合)でのビジネスを積極的に展開している当社にとって実現可能な数値だと考えています」(新谷氏)

 

基本戦略には「企業体質の強化」と「収益基盤の強化」の2つを掲げ、その下には7つの戦略を打ち出している。(【図表2】)

 

「中でも人材への投資は重要です。初代社長の玉木も、『商社は人である、教育は命である』という言葉を残しているように、企業の最大の財産は人です。これまでも人材教育には力を入れてきましたが、今後、新たな分野の開拓や付加価値の高いビジネスを展開していくには、より人材育成が鍵を握ると考えています。研修制度の充実はもちろん、人事評価制度も新たに構築していきます」(新谷氏)

 

同社には「商いは王道を歩み、品格をもって対応する」という伝統がある。これを実践するためにも、経営理念を体現できる人材が不可欠であり、そのための投資は惜しまない姿勢を表した戦略である。

 

 

【図表2】「VISION2023」で掲げる基本戦略

出所:三洋貿易提供資料よりタナベ経営が作成

 

 

付加価値の高いビジネスの創出を目指す

 

収益基盤の強化では、持続的な成長に向け「事業領域の深化」「新規ビジネスの開拓」「グローバル展開の加速」「新規投資案件の推進」の4つの戦略を掲げる。

 

三洋貿易は、あらゆる移動体を対象としたモビリティー、合成ゴムをはじめとしたファインケミカル、再生可能エネルギーの資材や畜産関連機器および飼料添加剤を取り扱うサステナビリティー、食品添加物や化粧品、在宅医療に関わるライフサイエンスという4つの市場をメインターゲットに設定。特に事業領域の深化に注力し、既存領域で新しい付加価値のあるビジネスを仕掛けるべく、事業の深掘りを進めている。

 

「2017年2月には、米・エンジニアリング会社のCaresoft Global(ケアソフト・グローバル)社と連携し、高エネルギーX線スキャンによるベンチマークデータ販売を開始しました。これは、病院のレントゲン解析と同じ原理を用いて、自動車の構成部品、組付け手法、材質などのCADデータ化を行うエンジニアリングサービスです。自動車の試作品づくりの効率化に大きく貢献できる技術として注目されています。このように、既存分野で新たなニーズを掘り起こして付加価値の高いビジネスを展開していきたいと考えています」(新谷氏)

 

また、2020年10月には「事業開発室」を設立。「6つの事業部を横断しつつ、新たなビジネスチャンスを創出するのが狙い」と、経営戦略室・M&Aグループ兼IRグループの木村康行氏は続ける。

 

「今まで事業開発は事業部の中に存在していましたが、事業ごとの縦割りの発想が強く、他事業とのシナジーが生まれていませんでした。ここを横断的に動き、広い視野を持って新しいビジネスの種を見つけることが重要だと考えています」(木村氏)

 

ほかにも、スタートアップ企業と連携して人間の心理状態を判断するセンサーの開発なども進めているという。

 

海外展開では、米国・中国・タイの拠点を中心にグローバル展開の加速を掲げる。同社は、自動車メーカーの製造拠点の海外進出に合わせる形で海外展開を進め、日本国内と同様のサービスを海外でも提供することで、顧客の信頼を獲得してきた。こうした柔軟な対応力を生かしながら、経済発展が著しいASEANを中心にさらなる成長を目指す。そして、新規投資案件の推進では、将来の成長市場などを中心に優れた技術を持つ既存企業やスタートアップ企業への投資と連携を進めている。

 

VISION2023はすでに3年目を迎え、着実に成果を上げている。2020年度は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、一時的に売上高と連結経常利益が落ち込んだものの、2021年度はV字回復を遂げた。

 

「手弁当からスタートし、長期経営計画の策定を通して強く感じたのは、経営には長期ビジョンが不可欠ということ。会社としての理念や目指す方向、目標を設けることで社員の意識が変化し、仕事に対するモチベーションも上がったと感じています。

 

当社は2022年で設立75周年を迎えます。そして四半世紀後には100周年を迎える。次の世代に良い形でバトンを渡すためにも、まずはVISION2023で掲げた目標を達成したいです」(新谷氏)

 

2度にわたる長期経営計画の策定で企業の進むべき道標を定めた三洋貿易は、企業体質・収益基盤の強化とともに付加価値の高いビジネスを創り出し、さらなる「最適解」の提供を目指していく。

 

 

 

三洋貿易 経営戦略室 M&Aグループ兼IRグループ 木村 康行氏(左)
代表取締役社長 新谷 正伸氏(右)

 

 

PROFILE

  • 三洋貿易(株)
  • 所在地:東京都千代田区神田錦町2-11
  • 設立:1947年
  • 代表者:代表取締役社長 社長執行役員 新谷 正伸
  • 売上高:760億円(連結、2020年9月期)
  • 従業員数:413名(連結、2020年9月現在)