その他 2021.08.02

理念を浸透させ「我が事意識」を育む
オタフクホールディングス


2021年8月号

 

 

 

1952年に開発した「お好みソース」は、全国のスーパーの約85%で取り扱われている。鉄板で焼いたような香ばしい風味の「焼そばソース」や、本格的なお好み焼きが作れる「お好み焼こだわりセット」も人気

 

 

2022年に100周年を迎えるお多福グループ。オタフクソースを中核として成長を遂げながら、創業の精神を共有できる仕組みと社風づくりで一体感のあるグループ経営を実践している。

 

 

事業会社をホールディングスが下支えし、強固な体制を築く

 

 

全体最適を求めてホールディングス化

 

原爆投下により焼け野原になった広島で、米軍から支援物資として配給されたメリケン粉(小麦粉)を、鉄板一枚で調理できる手軽さから生まれた「広島お好み焼き」。このお好み焼きに合うソースが欲しいというお好み焼き店の要望に応えてオタフクソースが開発したのが、従来のウスターソースよりも塩分と酸味が控えめで、とろみのある「お好み焼用ソース」だ。以来、広島のソウルフードであるお好み焼きとともにオタフクソースは歩み続けてきた。

 

オタフクソースの前身である佐々木商店が創業したのは1922年。今から100年前のことだ。酒としょうゆ類の卸小売業としてスタートし、その後、醸造酢の製造を手掛けて、1952年に「お好み焼用ソース」を発売。ソースのコク深い甘みを出すため1975年にはデーツ(ナツメヤシの実)を原材料に加え、1982年には業界に先駆けて樹脂容器「フクボトル」を採用するなど、商品を改良してきた。

 

広島お好み焼きの広がりとともに始めた、お好み焼き店の開業希望者を対象とする「お好み焼研修センター」や、スーパーマーケットでのお好み焼きの実演販売などが知名度の向上につながった。現在、「お好みソース」(1957年に「お好み焼用ソース」から改名)は全国のスーパーの約85%で取り扱われる商品として確固たる地位を築いている。

 

いまや国内に4社、海外に3社ある事業会社を支えるオタフクホールディングスが、2009年に持ち株会社制へと移行し、現在の社名に変更したのは2014年のことだった。

 

「関連会社が増え、各社が部分最適になってきたので、全体最適化を図るためホールディングスへと移行しました。また、管理部門はシェアードサービスにした方が効率的だという判断もありました。現在は、創業者の佐々木清一の孫の世代、つまり3世代目が経営を担っています。4世代目への事業承継を考えたときに、数ある会社の株を1社ごとに相続するより、まとめて相続した方が節税できるという側面もありました」

 

ホールディングス化の背景をそう説明するのは、オタフクホールディングスの代表取締役社長の佐々木茂喜氏だ。グループの中核会社であるオタフクソースの6代目社長だった佐々木氏は、2009年からオタフクホールディングスの代表を兼任。2015年にオタフクソースを7代目へ譲ってからは、よりグループ経営への移行に注力している。(【図表1】)

 

 

【図表1】グループ組織図

出所:オタフクソース企業ホームページと取材内容を基にタナベ経営作成