課題に気付いた大倉氏は早速、本来の姿である「差別化によるファン拡大」に回帰すべく行動を起こした。その1つが、ボトルに貼るラベルのデザイン変更である。一目で酔鯨と判別できること。これはブランドにとって大事なポイントだ。
具体的には、それまで親しまれてきた漢字のロゴから、鯨のアイコンを全面に打ち出した個性的なデザインへと刷新。社内や親族から反対の声も挙がったが、「失敗したら辞めよう」(大倉氏)と覚悟を決めて押し切った。
「海外では、漢字を使った日本酒のラベルはどれも同じに見えるため、商品を覚えてもらえません。日本人にとってワインの名前が覚えづらいのと同じです。だったら、商品名ではなくアイコンを使って視覚的に覚えてもらおうと。相談した地酒専門店にいただいた『鯨のアイコンを使ってみてはどうか』というアイデアも参考にしながら、新しいデザインを考えました」(大倉氏)
現在、同社にはホエールテール(鯨の尾)と優雅に泳ぐ鯨の2種類のアイコンが存在する。ホエールテールのラベルは地酒専門店が取り扱う高級酒に、鯨を描いたラベルは主に量販店で販売される商品に使われており、ラベルに印刷されたロゴマークは商品のジャンル分けの役割も果たしている。
また同社は、1人でも多くの人に酔鯨を知ってもらい、体験してもらうためのきっかけづくりにも力を注ぐ。例えば、フレンチと酔鯨のマリアージュを楽しむパーティーをはじめ、クルーズ船や電車を貸し切った体験型のイベントを開催。他にも、ユニクロとコラボしたUT(ユニクロTシャツ)やスペインのバルセロナ発キャンディーブランド「PAPABUBBLE(パパブブレ)」とのコラボなど、日本酒とはほど遠い企業との取り組みも見受けられる。そうした企画へ積極的に取り組む背景には、大倉氏が抱く強い危機感がある。
「国内の酒消費量における日本酒のシェアは5%程度まで落ち込んでいます。すでにワインにも抜かれており、国酒”と言うにはあまりに寂しい状況です。こうした現状を変えるには、酔鯨の魅力を発信するだけでなく、日本酒になじみのないお客さまに少しでも関心を持っていただく努力が欠かせません。
ユニクロでTシャツを手に取った人の何人かが日本酒に興味を持ってくれたらそれでいい。その中の1人でも実際に日本酒を飲んでいただければ幸せです。そうした活動を積み重ねるうちに、少しずつですが日本酒のシェアを上げていけるのではないかと思います」(大倉氏)
2018年、酔鯨酒造は最高品質の酒造りを目指して「土佐蔵」を高知県土佐市に竣工した。最新の設備がそろった土佐蔵では、ハイエンドコレクションをはじめとする純米大吟醸酒を中心に生産を行う。一方、特別純米酒や純米吟醸などリーズナブルな価格帯の商品は、本社に隣接する「長浜蔵」が製造拠点。現在はこの2拠点体制で操業を続けているが、今後は本社・生産拠点とも土佐市に集約する計画という。
「長浜蔵の老朽化や海に近いという立地を考えると、南海トラフ地震に対するリスクマネジメントの意味でも、土佐市への集約を進めていきたいと考えています」(大倉氏)
山間の雄大な自然の中にある土佐蔵には、多くのこだわりが詰まっている。例えば、自家精米へのこだわりだ。ほとんどの酒蔵は精米を外注しているが、同社は「農家さんが愛情を込めて作った原料米を自社で精米したい」との思いで大型精米機を導入。精米後すぐに最適な温度・湿度で管理することで、常に最良の状態で仕込みに回すことができる。あるいは、仕込み用のタンク。通常、酒蔵で使用されている10分の1程度の容量のタンクを使うことで、攪拌時のムラを極力抑えている。
「土佐蔵では酒造りの工程を見学できます。実際に見ていただくと、当社が目指す酒造りを、より深くご理解いただけると思います」(大倉氏)
また、農家の高齢化が急速に進む中、同社は地域の農家と協力して原料となる米作りもスタートした。農家の減少によって原料米の確保が難しくなる前に手を打つなど、将来に向けたサステナブルな生産体制の構築にも余念がない。
「当社のテーマは『Enjoy SAKE Life』。お酒のある生活を楽しんでほしいというのが、私たちの一番の願いです。そのためにも、本業である酒造りに注力しながら、幅広い商品展開で世界中の方々に日本酒のある生活を楽しんでもらえるブランドへ、酔鯨を育てていきたいと考えています」(大倉氏)
PROFILE
- 酔鯨酒造(株)
- 所在地:高知県高知市長浜566-1
- 設立:1972年
- 代表者:代表取締役 大倉 広邦
- 売上高:9億890万円(2020年9月期)
- 従業員数:50名(2021年4月現在)