アグリマスという社名の由来は「農業(アグリ)をおいしくいただきます」。野菜の販売で商売をスタートし、いまや地域のヘルスケアの課題に取り組む同社は、農業ビジネス発で育んできた3本柱の事業によって顧客のウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に良好な状態)実現を目指す。
「健康は食べるものから始まります。当社のミッションに掲げる『薬に頼らない本物の健康』、つまり『医食同源』が私たちの出発点です。創業である産直野菜のリヤカー販売から八百屋をつくり、その店舗の奥にヨガスタジオを増設。介護保険を利用したいという地域の声を聞いてデイサービスも始めました」
そう語るのは、アグリマスの代表取締役である小瀧歩氏だ。2013年にスタートした八百屋を主体とするヨガスタジオ併設のデイサービス施設「東京マルシェ池上」は、世の中にないビジネスモデルへの挑戦だった。
「定員が10名と少なく儲からないビジネスモデルですが、10名に光を当て、身心ともに豊かな地域の暮らしを支えています。それに、ここだけで終わらせないために、小さなコミュニティーの輪を池上から日本全国へ広げて事業をスケール化しようと、当初から考えていました」(小瀧氏)
スケール化の手段として着想したのが「健幸TV」。毎日定時に配信され、テレビ番組のように楽しめる健康プログラムである。2021年4月現在で150本以上の動画コンテンツをオンデマンド配信している。
介護保険に頼らない保険外サービスであること。過疎化が進む村や離島など、ヘルスケアの専門家がいない地域に使いやすく役立つコンテンツを届けること。この2つにこだわって提供を始めたが、開始当初は「カラオケ配信にも体操メニューはある」と断られる日々が続いた。牙城を崩そうとリーズナブルな価格を設定しつつ、より本質的な「リアルとインターネットの融合サービス」の実現を目指していった。
「出演するインストラクターが定期的に配信先のデイサービスに出張訪問し、一緒に体操をします。リアルなサービスとネット配信の融合で、質も確かなものになりました」(小瀧氏)
健幸TVの価値を高める転機も訪れた。東証1部上場の大手薬局チェーンであるメディカルシステムネットワーク(札幌市中央区)の出資を得てグループ企業となり、経営基盤が安定。また、全国一律の動画配信をOEM仕様に転換し、北海道・なの花薬局の「なの花TV」をはじめ、グループ企業の調剤薬局、各地域の介護施設やカフェ、終活を支援する行政書士、葬儀会社など多様なパートナーの自社ブランドを冠した「ご当地健幸TV」の提供を開始し、活用シーンが一気に拡大した。契約形態は、利益をあらかじめ決めた配分率で分け合うレベニューシェアだ。パートナーが地元で動画配信の利用施設を積極的に増やすことで、新たな収益源が次々と生まれている。
「動画の編集制作と配信のプラットフォームは当社が提供しますが、動画の内容はパートナーのオリジナル。介護予防から葬儀まで、異なる業種を横軸で貫くビジネスは従来になかったもので、多様な展開ができる面白さがあります」(小瀧氏)
利用施設は全国200を超え、パートナーのオンライン勉強会「ご当地健幸TVカンファレンス」も四半期ごとに開催している。全国共通の課題と解決策、地域固有の成功事例も共有するパートナーシップの連携は、互いの存在が良いロールモデルとなり、サービスを利用する高齢者の安心感や信頼の向上にもつながっている。
ご当地健幸TVの配信コンテンツは、東京マルシェ池上で開発・提供を続けている。それは、「とても意味があること」と小瀧氏は語る。
コロナ禍でニーズが高まる非接触型サービスとして、健幸TVで「コンテンツを売る」だけでなく、培ったノウハウを全国に伝播させる取り組みは、同社の事業シナジー発揮の要となるからだ。
「東京マルシェ池上は、プログラムも健康ランチも最高のものを提供し、いつも輝いていなければなりません。介護保険サービスをブラッシュアップしながら、保険外サービスを融合していく。可能な限り効率的な運用モデル、さらに運営するスタッフが前向きに働ける環境モデルとなって、『肉体的にも精神的にも負荷が高くて大変』と言われる介護シーンを変えていく。それを自社で実現しているからこそ、新規パートナー候補企業へ『あなたにもできます、一緒にやりましょう』と力強く提案できます」(小瀧氏)
小瀧氏が描く次世代の介護予防は、EBPM(Evidence-based Policy Making:エビデンスに基づく政策立案)と、先進のICTを駆使する姿だ。科学的なエビデンスに基づくアプローチで、地元の大森医師会(東京都大田区)や徳島大学(徳島市新蔵町)と連携し、健康脳の測定会による認知症の超早期発見や重症化予防のプラットフォーム「Welln(ウェルン)」を構築。2017・18年度の「健康寿命延伸産業創出推進事業」(経済産業省)にも採択された。
「EBPMに基づく実証事業がようやく事業化フェーズになり、これから自治体と共創が始まるところです。国内で1000万人が認知症になると言われる今、介護だけでなく財産管理や相続、事業承継など課題は山積みです。住宅メーカーやアミューズメント産業など、生活サービスの異業種ともつながって、新しいヘルスケアビジネスを創り出せると確信しています。何よりも、その実現によって数百億円規模の医療費や介護給付費を削減でき、日本の社会福祉制度が持続可能になるのです」(小瀧氏)
アグリマスは、新たに徳島大学やUHA味覚糖(大阪市中央区)と連携し、歯周病菌と認知機能の効果検証実験に着手。測定データの分析結果を早期集中対策につなげ、認知症測定アプリの開発を目指す。また、タブレット端末を活用した双方向のオンラインコミュニケーションで、介護・服薬指導、見守りや健康相談がより身近になり、精度や効率も向上する「健幸タブレット」サービスの提供を開始した。
さらに2020年10月、関東8都県で最も小さい村であり過疎化が進む山梨・丹波山村と健幸交流事業契約を締結し、地域創生の支援にも動き出した。
「健幸TVを利用いただき、健幸タブレットを配布してユーザーのICTリテラシーを向上しながら、私たちも現地で楽しくワーケーションする。共に健康になる共創・共生の交流事業です」(小瀧氏)
アグリマスが「地域活性化起業人」となって、EBPMに基づく健康づくりや村内産業の活性化、起業・税収増などの多面的なKPI(重要業績評価指標)を丹波山村と二人三脚で共創し、実現に向けて歩みを進めている。
「重要なのは一方的に押し付けないこと。暮らす場所も世代も違う人同士が教え合い、生かし合うことが楽しいと思えるように意識しています。少しずつ距離を縮めて価値観を共有できなければ、誰も付いてきてくれません」(小瀧氏)
双方向で、相互を高め合う関係性が「信頼のエビデンス」になる。他の自治体からも相談が相次ぐ背景には、国の補助金に頼れない時代が到来する前に、自立可能な自治体経営が求められていることがある。その厳しい現実を、ある自治体担当者の呟きから実感したと小瀧氏は言う。
「地域に介護福祉の基盤があっても、年齢分布を見れば、近い将来に働く人材がいなくなることは明白です。そうならないために、健康維持や介護・認知症予防など、地域創生のあらゆる課題解決のパートナーとして、自治体に寄り添っていきます。
健幸TVの文字が『康』ではなく『幸』なのは、ユーザーに最期の時を迎えるまで元気でより良く生きてほしいから。ウェルビーイングのお手伝いをするのが、私たちアグリマスだと思っています」(小瀧氏)
Column
地域からインクルージョンを実現
M&Aや事業再生、ベンチャー新興市場の立ち上げなど、金融のプロとして活躍した小瀧氏。40歳代を迎え、地域で暮らす農家の人や健康な食と触れ合い、東京マルシェ池上を始めたことが、ウェルビーイングへの気付きを生んだ。
地域と共に新たな価値をビジネスで創り出す。その思いを込めたアグリマスのミッションが、「地域の健康コンシェルジュ」である。健幸TVやWellnでつながるパートナーは、「先進的な挑戦なくして持続なし」という共通の価値観を持つ。他人事にしない「我が事」感覚の使命感は、アグリマスも抱き続けたものだ。
「本気で変わろうと思っても、実際に行動するのは10人に1人。できない理由を考えるよりも、まずはやってみる。ただ待つだけの姿勢に未来はありません」(小瀧氏)
誰一人置き去りにせず、全ての人の利益になる――。同社は、SDGsに通ずる思考で地域からインクルージョンを実現していく。
PROFILE
- アグリマス(株)
- 所在地:東京都大田区西蒲田2-5-1 クレードル池上
- 設立:2005年
- 代表者:代表取締役 小瀧 歩
- 従業員数:21名(2021年4月現在)