料理を彩る「つまもの」販売で一躍注目を集めたいろどりは、コロナ禍の影響による販売不振をくぐり抜けた今、イエナカ需要をターゲットに据えた新たな挑戦を始めている。
徳島県の中部、勝浦川の上流に位置する上勝町は、豊かな自然に囲まれた人口約1500人の小さな町だ。高齢化率は52%。過疎化と高齢化が進んだいわゆる限界集落にも数えられる同町は、世の中になかった「葉っぱビジネス」をきっかけに、地方再生のモデルケースとして海外からも注目を集めている。
葉っぱビジネスとは、日本料理に添えられるモミジやナンテンといった「つまもの」を収穫・販売するビジネスである。つまもの用の葉っぱ類が売買されていなかった1986年に、当時、上勝町農業協同組合(現JA東とくしま勝浦支所)の営農指導員だった横石知二氏(現いろどり代表取締役社長)と4人の“おばあちゃん”が初めて商品化して事業をスタート。試行錯誤を重ねた結果、今では地域の一大ビジネスへと成長している。
上勝町には、タブレット端末を操り、相場を読んで出荷計画を立てるおばあちゃんがたくさんいる。中には年収1000万円を超える人もいる、奇跡のような山奥の小さな町に学ぼうと、日本だけでなく海外からも途切れることなく視察団が訪れていた。
しかし、その景色は2020年に一変。新型コロナウイルスの感染拡大によって世界中の動きが止まると、料亭やレストラン、ホテル向けを中心としていた葉っぱビジネスも大きなダメージを受けることになった。
「国内で新型コロナウイルスの感染が広がった2020年3月から緊急事態宣言が出された4月、5月は、売上高が前年同月比3割程度まで落ち込みました」と横石氏は話す。その後も9月までは同6、7割程度の水準。政府の経済政策「Go Toトラベル」「Go To Eat」スタート後の10月以降は回復の兆しが見えたものの、年明けの緊急事態宣言の発出によって、業務用商品の売上高は同2割程度まで落ち込んだという。
インバウンド(訪日外国人旅行客)の消滅や度重なる外食産業への時短要請――。業務用がほとんどのつまもの需要は、極限まで縮小したかに見えた。しかし、横石氏がここで立ち止まることはなかった。
「コロナ禍にどう対応すれば良いかが分かってきました。今は一歩ずつ、歩みを進めています」(横石氏)
2020~21年の年末年始も外出自粛要請や飲食店への時短営業要請と、経営環境は非常に厳しかった。だが、そうした環境下にありながら、同社の2020年12月の売上高は昨年同月並みの数字を達成した。
中でも、爆発的なヒットを記録したのが、家庭向けに販売されるおせち用のつまもの。おうち時間を楽しもうとするイエナカ需要に焦点を当てることで、新たな市場を見いだしたのだ。さらに、2021年2月の節分に向け、ヒイラギを10万本出荷。市場を通して、コロナ禍の終息を願う全国の家庭に届けられたという。
イエナカ需要の好調ぶりは、コロナ禍がもたらした特徴の1つである。多くの飲食店がテイクアウトやデリバリーに参入したほか、ネット通販や定額制動画配信サービスなどの市場が拡大。コロナ禍が追い風となって過去最高益を達成した企業もある。生活様式の変化にいかに対応するかが、ピンチをチャンスに変える鍵となる。
「コロナ禍でも、世の中をよく見れば好調な企業は意外とある。元気な企業には共通点があります。『喜んでもらえる出口』がビジネスになっていることです」(横石氏)
例えば、「ステイホーム」が要請された年末年始に、家族そろっておせち料理を囲むことを楽しみにした人は、例年以上に多かっただろう。住み慣れた家であっても、おせち料理を美しく彩るつまものが特別な日を演出したに違いない。
あるいは、緊急事態宣言下の節分。10万本というヒイラギの出荷数の背景には、不安な生活が続く中、1日も早いコロナ禍の終息を願い、鬼を払うと言われるヒイラギを家に飾りたいという思いがあったはずだ。
そうした消費者の喜びや願い、思いと自社の商品をどうつないでいくか。そこに、「喜んでもらえる出口」の糸口が見えてくる。
いろどりは苦境に立たされながらも、視点を変えることで新たな展開にたどり着いた。しかし、これは決して偶然ではない。これまでの経験や張り巡らされたアンテナが、新展開を呼び寄せたと言っても過言ではないだろう。それは、同社の事業の歴史を見ても明らかである。
葉っぱビジネス自体、横石氏の気付きから生まれた事業だった。もともと、上勝町はミカンと林業の町だったが、1981年の大寒波によってミカン農家が壊滅的な被害を受けた。横石氏は、すぐに協力農家とシイタケや葉物野菜などの生産に挑戦。短期間で収穫可能なこれらの農作物は、ミカン農家の減収を補うだけでなく、新たな特産品として農家や町を潤した。
転機となったのは、寒波から5年後の大阪出張だった。市場などへ営業に回った横石氏は、夕食に訪れた飲食店で、ある光景を目にする。近くの席に座った若い女性グループが、料理に添えられた紅葉を持ち上げて、「かわいい!」と声を上げて喜んでいた。さらに、その1人がきれいにアイロンの掛かった白いハンカチを取り出して、紅葉を大事そうに挟んで持ち帰ったのだ。
その姿を見た横石氏は、「これだ!」と直感した。日ごろから農家一軒一軒を回り、家族構成や農作物の生産状況などを知り尽くした横石氏は、活躍の場の少ない高齢者や女性ができる仕事を探していた。葉っぱは軽くて扱いやすく、毎日の食事を用意する人の経験や感性が生かせる商材。さらに、人に喜んでもらえる、人を幸せにできる仕事だ。全ての条件が整っていた。
さっそく意気揚々と農協に提案したものの、反応は冷ややか。しかし、横石氏は2年間、自腹で料亭に通い詰めてつまものを研究し、農家と一緒に商品力を上げながら徐々に事業を拡大していった。小さな成功を重ねるうちに協力農家は増えていき、今では156軒が参加。300名を超える雇用を生み出すまでに成長を遂げた。
もともと、料理人が自ら山などで採取していたつまもの。市場すらなかった葉っぱを、見事にビジネスとして軌道に乗せた理由は、徹底した現場主義が生み出す高い商品力、ITを活用した協力農家との情報共有、町の資源の有効活用など、いくつも挙げられる。加えてコロナ禍の今、参考にしたいのが、「喜んでもらえる」を起点にビジネスをデザインした点だ。
消費者のニーズと町の資源(豊富な樹木や働き手など)をマッチングして、実際に商品を使う顧客の声を聞きながら、喜んでもらえる商品をつくっていく。顧客が喜ぶから商品がブランド化され、さらに顧客が集まってくる。働く人も誇りを持って仕事をするから、良い商品が生まれる。この循環が渦のように広がることで、事業が成長していく。「儲ける」「売れる」よりも先に「喜んでもらう」を考える。当たり前のことだが、この順番が大事なのだ。
もう1つ、成功要因として特記したいのが行動量だ。同社のWebサイトにある「今日の横石」では、横石氏の1日のスケジュールや考えていることが日々発信されている。これを見れば、横石氏が誰と会い、何を考えているかが一目瞭然である。
中でも目を引くのが、1日に2、3時間を費やすというSNS更新。情報発信はもちろんだが、料理人や飲食店、経営者などとの交流を通した「今、何に困っているのか」「お客さまが喜ぶことは何か」など現場の情報収集を怠らない。「コロナ禍でも、自分の頭で考えること、動きを止めないことが大事」と横石氏は強調する。
「残念なのは、コロナ禍が長引く中、社会の不平不満が募り、他者に対して批判的な風潮や非寛容な空気が広がっていることです。コロナ禍で不自由な生活、環境だからこそ、『喜んでもらえる出口』がこれまで以上に求められています。経営者がそうした舞台や景色をつくれるかどうかが非常に重要になっています」(横石氏)
一度は売上高7割減という厳しい状況に陥りながら、新たな道を見つけ出したいろどり。今後の展開について、横石氏は「実は、先のことはあまり考えていません」と言う。
「当社のような小さな会社にとっては、5年先、10年先の計画を立てることよりも、目の前の変化に対応する力を養うことの方が大事だと私は思います。まずは、折々の季節や変化する景色に合わせて喜んでもらえる出口を見つけること。そして具現化すること。今はそれしか考えていません。ただ、今回のコロナ禍を乗り越えた経験や培った信頼、コミュニティーは、次の危機を乗り越える力に必ずなると思います」(横石氏)
インバウンド需要がほぼなくなった今、内需を狙う企業は多いが、従来のやり方では限られたパイを奪い合うことになりかねない。だが、消費者の行動、思いに目を向けると、新たな市場を創造できると同社は証明している。「何が売れるか」から「喜んでもらえるものは何か」へ。視点を変えると、新たな景色が見えてくるに違いない。
PROFILE
- (株)いろどり
- 所在地:徳島県勝浦郡上勝町大字福原字平間71-5
- 設立:1999年
- 代表者:代表取締役社長 横石 知二