コロナ禍が続く中、「キャンピングオフィス」という従来存在しなかったビジネスモデルが一躍脚光を浴びている。自然を感じながら快適に働くスタイルが支持される理由に迫る。
新潟県三条市に本社を置くアウトドアメーカー、スノーピーク。テントや寝袋、衣料品、食器類などアウトドア製品を幅広く展開しているほか、アパレル事業やグランピング施設の運営事業なども手掛け、業績を伸ばしている。同社の情報システム戦略を担っているのが、子会社であるスノーピークビジネスソリューションズ(以降、SPBS)である。
代表取締役の村瀬亮氏は大手センサーメーカーに勤務していた経験を生かし、愛知県岡崎市でハーティスシステムアンドコンサルティング(設立当時の社名はアイ・エス・システムズ)を立ち上げた。製造業向けの在庫管理システムをはじめとする情報システムの提供で事業を拡大し、業務の効率化や生産性の向上を提案してきた。
2016年、「ITリテラシーの向上と自然への関わりを通して、企業の『人財問題』を総合的に解決する」ことを目的に、スノーピークとともにSPBSを設立。2019年には、ハーティスシステムアンドコンサルティングとSPBSが合併し、後者が存続会社となっている。
売上高の約7割を占める企業向けのITソリューション事業を基盤としつつ、SPBSが新たな市場として開拓に注力しているのが「キャンピングオフィス」事業である。
キャンピングオフィスとは、「まるでキャンプをしているかのように、人と人が心を通わせ、分け隔てなく意見を交わすことができ、人間らしくワクワク働けるようなオフィス環境や空間」だ。具体的にはアウトドアにおける研修やオフサイトミーティング、室内でのアウトドアインテリアを活用したオフィス空間など、快適に働く場を提供するもの。チームのメンバーが一緒になってテントを張ったり、たき火を囲みながら会議を開いたりすることで、チームの一体感が生まれるとともに、創造的なアイデアを生み出すことが可能になる。
キャンピングオフィス事業では、提携しているキャンプ場やホテルで提供する「CAMPING OFFICE」、シェアオフィス・コワーキングスペース「Camping Office osoto」のほか、自社オフィスや同社が連携していない屋外施設にキャンプ用品を取り入れる際に空間デザインやアウトドア用品一式を販売・レンタルする支援も展開している。
CAMPING OFFICEは、提携する施設を会議や研修施設として貸し出すサービスで、宿泊だけでなく日帰りにも対応。利用者からは「日ごろの議論よりも笑顔が多く、未来志向のポジティブな議論が弾んだ」「香りや風などが心地良い刺激を与え続けてくれて、集中力を切らさずに仕事ができる理想的な環境」といった感想が寄せられている。
一方、屋内で実施するサービスCamping Office osotoは、シェアオフィスやコワーキングスペースとしての利用だけでなく、企業の研修場所としても人気だ。例えば、室内に設置されたキャンプ用品は、非日常的なオフィスらしくない環境でリラックスしながら仕事ができる。また、テントの中で行うブレーンストーミングは周りの目を気にせず自由闊達に意見を出し合える。現在、愛知県など9カ所に施設があり、今後は全国に展開していくという。
ITとキャンプは関係性が薄い組み合わせのようだが、村瀬氏は「自社の経営を通じて、チームビルディングや組織の活性化、メンバーの潜在的な能力を引き出すという観点から、大きな効果を生むと確信している」と語る。
「私は大手企業から独立・起業した後、事業の拡大とともに会社組織を大きくしていきました。その中で、チームビルディングがどうあるべきか試行錯誤を重ね、働く空間や環境を変えていくことで、社員が生き生きと仕事に取り組むようになると気付いたのです。
特に、創造的な仕事に取り組むには自然の中に身を置くことが大切であると考え、ボランティア活動として山林にて間伐材の活用に取り組むなど、社内行事に工夫を凝らしました。さらに、キャンプをしてみてはどうかと思い立ち、アウトドアショップに出向いて道具一式を調達しようとしたのです。
すると、売場にさまざまなブランドが並ぶ中で、スノーピークの製品が格別に輝いて見えました。耐久性や優れたデザインもさることながら、『キャンプが持つ力=人間性を回復させて人と人のつながりを生み出す力』というスノーピークの考えに共感したことが、現在に至る合弁会社の設立と新規事業の立ち上げの原点です」(村瀬氏)
村瀬氏は、スノーピークの製品を150万円分ほど購入してキャンプを行い、その場で会議を開いたという。これがキャンピングオフィスの始まりである。
スノーピークでは、1998年から「Snow Peak Way」という、社員とユーザーの触れ合いを目的としたキャンプイベントを開催している。一般的には家族単位での参加がメインである同イベントに、村瀬氏は社員を引き連れて参加した。その場でスノーピークの山井太氏(現会長)と出会い、すぐさま意気投合。そして、たき火を囲みながら会話が盛り上がる中で、合弁会社による共同事業の話へと進んでいった。
「これからの時代、企業はいや応なく大変革へと突入せざるを得ない状況です。コロナ禍はその始まりと言える出来事。
変化へ対応するにはITの活用が重要であるものの、それだけで新たな価値を生み出すことはできません。何が重要かというと、人と人の関係性の向上です。互いに良好な関係を築く場を共有することで、創造性に富んだ仕事に前向きに取り組めるはずだと考え、キャンピングオフィスの概念を磨いて、ビジネスモデルへと育てていきました」(村瀬氏)
もっとも、SPBSの新しい提案がすぐさま企業に受け入れられたわけではない。
「事業の理念に共感を示す人は少なからず現れたものの、企業がいざキャンプ用品を購入したり、キャンプをしながら会議を行ったりするには、さまざまなハードルを越える必要がありました。その背景には、日本人のキャンプ人口の少なさが挙げられます。米国では人口の約半分がキャンプを楽しむのに対して、日本では7%程度に過ぎません。キャンプの経験がなく、その価値を知る人が少ないことが導入の障壁でした。
例えば、たき火を囲んで会議をするのは良いとしても、『テントで寝泊まりは厳しい』というお客さまの声がありました。そこで各地のホテルなどと提携して、宿泊は部屋というイベントを企画しました。
また、キャンプ用品をそろえても、保管場所に困るという意見が出ました。これに対しては、社内の休憩室にテントなどのキャンプ用品を常設して、そこで会議や執務をしてはどうかと提案したのです」(村瀬氏)
新規事業としてのキャンピングオフィスは、始めた当初は年商数百万円にとどまっていたが、現在では概念に共感を示す人が着実に増加。導入企業は500社を超えた。
「自動車部品メーカーの若手社員の方から、『当社のような堅い企業が、たき火を囲んで話し合いを行ったことに、とても驚きました』と感想をいただきました。組織に刺激を与える上でキャンピングオフィスは大きな威力を発揮すると、事業に対する自信をあらためて深めています」(村瀬氏)
社会が一大変革の時代を迎える中、会社の未来をどうしていくかといった中長期的な視点に立った議論が不可欠になっている。
「こうした議題についてオフィスの会議室で話し合っても、創造的な意見はなかなか出にくいものです。その点、キャンピングオフィスは、人間が本来持っているイマジネーションやインスピレーションを刺激し、普段のオフィスでは出ないようなアイデアやポジティブな意見が自然に生まれる環境を提供することができます。コロナ禍において新事業の可能性をますます感じています」(村瀬氏)
2020年12月、SPBSが実施した「コロナ禍におけるリモート勤務の実態・意識調査」では、調査対象全体のうち、89.3%がリモート勤務に「不満」を抱き、63.5%がコミュニケーション不足に「不安」を感じているという結果が出た。内訳を立場別に見ると、「部下」の不安が57.0%に対し「上司」の不安は70.0%と、上司の不安が部下の1.2倍に達している。こうしたデータから分かるように、リモートでの勤務に課題が多い中で、密にならずに集まって仕事ができるキャンピングオフィスに寄せられる期待は一層大きくなっている。
「これまでは、決められたことを正しくこなすことで生産性が上がるビジネスモデルが主流でした。これに対して、これから先は今までにない価値を生み出す柔軟な思考が求められます。そのためには従来のビジネス環境では通用しなかったことを組織として認識しなければなりません。キャンピングオフィスは、創造に向けて心を刺激するとともに、心と心をつなぐための舞台装置となり得るものです。当社としては今後、大変革の時代に向けて、会社組織の中で思いを共有できるプラットフォームとしてのキャンピングオフィスを、さらに追求したいと考えています」(村瀬氏)
PROFILE
- (株)スノーピークビジネスソリューションズ
- 所在地:愛知県岡崎市能見通1-61 ウメムラビル2F
- 設立:2016年
- 代表者:代表取締役 村瀬 亮
- 売上高:7億2610万円(2020年12月期)
- 従業員数:39名(2021年2月現在)