既存の経済形態になかったメリットを生み出し、大きな広がりを見せているシェアリングサービス。車やアパレルなどモノのシェアから、個人が持つノウハウやスキルのシェアまで、多様な形へと進化し続けている。単独所有から共同利用へ、個々の生活を飛び越え、社会に不可欠なシステムとなりつつあるシェアリングエコノミー市場の現状と可能性を探る。
2016年1月、日本で「民泊」が解禁された。「国家戦略特区※」である東京都大田区の一般住宅の空き家が、宿泊所として提供され始めたのである。これが大きなきっかけとなり、「シェアリングエコノミー」は日本でも新たなビジネスモデルとして広く知られるようになった。
民泊の例からも分かるように、シェアリングエコノミーは「個人が保有している遊休資産の貸し出し(または売買)をインターネットで仲介するサービス」と定義される。遊休資産とは、空き家などの不動産だけを指すのではなく、服や雑貨などのモノの共有からスキルの提供まで幅広い分野が対象である。この遊休資産を効率的にマッチングするシェアリングエコノミーは、使われていない個人資産の活用を促すことにより、短期間で地域やコミュニティーを活性化させ、大きな経済効果を生み出す可能性を秘めている。
「シェアリングエコノミーの急速な成長は、インターネットやスマートフォン、タブレット端末の普及と技術の進化によるところが大きい。具体的には、無線通信の大容量化や高速化、GPS(全地球測位システム)精度の向上、本人認証や電子決済の進化などが挙げられます。GPSで個人の位置が把握できるので、「Uber」などの配車サービスが登場し、電子決済が容易になりました。サービスの利便性が大きく向上したためにユーザーも多くなったのでしょう」
そう説明するのは、シェアリングエコノミー協会代表理事の重松大輔氏だ。プラットフォーム上で貸し手と借り手、あるいは売り手と買い手が、仲介業者を介さず直接やり取りすることで、ユーザーはより低料金でモノやサービスを入手することが可能になった。また、提供する側は、保有しているだけだった所有物やスキルを貸すことで報酬を得る機会が増えるというメリットが生まれている。ITの普及により個人間の決済が容易になったこと、フルタイム勤務の空き時間でも小規模の仕事であれば参加できることも、サービス普及の追い風になっている。
スペースシェアビジネスを手掛けるスペースマーケット(東京都新宿区)の代表取締役社長でもある重松氏は、シェアリングエコノミー普及の理由としてもう1つ、ネット上の「レビュー・評価制度」を挙げた。この制度によって、個人である取引相手の信頼度や評判を見える化できたことが、普及の大きな原動力になっているという。
※産業の国際競争力の強化や国際的な経済活動の拠点形成の促進を目的とした「国家戦略特別区域法」によって指定される区域
シェアリングエコノミー(共有経済)の流れ
シェアリングエコノミーの領域
シェアリングエコノミー協会は、シェアリングエコノミーの主な領域を「空間」「モノ」「スキル」「移動」「お金」という5つの領域に分類している。(【図表】)
「空間」は、住宅や農地、駐車場、会議室などを貸し借りするもので、個人の駐車場を一時利用できる「akippa(あきっぱ)」や、重松氏率いるスペースマーケットもこの領域に含まれる。
「モノ」は、フリーマーケットやレンタルなどで、画像や傘のレンタル、食品ロスを減らすフードシェアなどのサービスがある。中でも多いのが、衣服の貸し借りやフリーマーケットで、代表的なサービスとして「エアークローゼット」や「メルカリ」がある。
「スキル」は、家事・介護・育児・知識などに細分化され、それぞれの分野で知識や技能をサービスとして提供する。「移動」は、カーシェアやUberのようなライドシェア、シェアサイクルなど。「お金」は、「Makuake(マクアケ)」などのクラウドファンディングで、個人がお金を出し合うことで、起業や商品開発などの資金調達を支援するサービスである。
こうしたシェアリングエコノミー市場は、世界ではすでに巨大市場へと成長している。英国に本社を置くPwCグループの調査リポート「『シェアリングエコノミー』コンシューマーインテリジェンスシリーズ」(2016年2月)によると、シェアリングエコノミーの世界市場は2025年に約35兆円へ拡大すると予測されている。これに比べると日本の市場規模は小さいものの、2020年で2兆1004億円、2030年には14兆1526億円と、今後10年で約7倍になると見込まれている(シェアリングエコノミー協会・情報通信総合研究所調べ)。
「シェアリングエコノミーは、これまでの大量生産・大量消費の社会的な在り方とは異なり、限りある資源を共有するエコロジカルな仕組みです。持続可能な社会が求められる今、必要不可欠な仕組みと言えます。政府が掲げる『共助』の精神を具現化できるシステムでもあるので、今後さらに普及していくことは間違いないでしょう」(重松氏)
2020年は、シェアリングエコノミー市場も新型コロナウイルス感染拡大の影響を大きく受けた。インバウンド(訪日外国人観光客)の増加によって盛況だった民泊は、4月の緊急事態宣言によって一転、予約がほぼゼロになった。民泊制度ポータルサイト「minpaku」によると、住宅宿泊事業の届出件数2万8457件のうち事業廃止件数は8816件(2021年2月8日時点)に達している。観光をはじめ飲食やスペースを提供するサービスも、今なお大きな打撃を受け続けている。
「しかし、悪いことばかりではありませんでした。コロナ禍によって新しいニーズも生まれたのです。ニュースでよく見かけるUber Eatsやシェアサイクルなどの移動型シェアリングエコノミーは、飲食店の出前需要や感染リスクの回避という理由から拡大しています。
日本のシェアリングエコノミーの幕開けとなった民泊も、インバウンド需要が見込めなくなった代わりにテレワークが浸透し、観光地の民泊で長期滞在しながら仕事をする『ワーケーション』というスタイルで利用する人が増えています。また、当社が運営するレンタルスペースも大人数での利用がなくなった代わりに、テレワークなどの仕事利用や撮影などで利用いただいています」(重松氏)
対面型のセミナーはオンラインにシフトすることで、これまで接点を持てなかった地方の受講者が増加。クラウドファンディングでは、苦境に陥った飲食店を支援する動きが活発化し、レトルト商品などを応援購入する「購買型」の投資が好調だという。
また、コロナ禍の不況で飲食店のアルバイトを辞めざるを得ない人たちの受け皿として、業績好調なECサイトの商品発送業務を紹介するマッチングサービスも登場し、非正規雇用の人々を支援している。シェアリングエコノミーの2020年の市場規模が昨年比マイナスにならなかったのは、こうした素早い環境適応が可能だからだ。
「プラットフォームビジネスが優れているのは、設備投資や事業に関わる人員が少なくて済むので、シフトチェンジをしやすい点です。感染症の急激な拡大などで社会が大きく変化した状況にも柔軟に対応することが可能で、新たなニーズをいち早くキャッチできます」(重松氏)
シェアリングエコノミー協会は今後、国や地方自治体と民間企業の連携をさらに強め、地域の課題解決を図っていく。2020年には同協会内に「シェアリングシティ推進協議会」を設立し、全国の自治体と連携しながら地域社会のさまざまな課題を解決するためのシェアリングエコノミー活用を推進している。過疎化が進み、交通機関の維持が困難な地方では、ライドシェアなどのサービスが求められているからだ。
「シェアリングシティ」とは、シェアリングサービスを自治体のインフラとして浸透させ、遊休公共資源や遊休資産を活用し、自治体の課題を解決していく構想。サステナブルな街づくりを実現し、町全体の経済効果の向上を図りながらシェアリングエコノミーを普及させるのが目的である。
また今後、シェアリングエコノミーが貢献できる分野として期待がかかるのが、自然災害時におけるシェアサービスの活用だ。「所有している人」と「必要としている人」をプラットフォームで結びシェアする仕組みである。
「災害避難時の民泊の活用、スマホで医師に相談できるドクターシェアリングサービス、クラウドファンディングによる募金活動はすでに行われています。これらに加えて、公共交通機関が少ない地域でライドシェアやシェアサイクルを活用したり、クラウドソーシングでボランティアを集めたりすることも可能です。
また、コロナ禍中に災害が起こった場合、基礎疾患のある方にとって避難所生活は危険を伴います。優先的に民泊を利用する、あるいは避難所の医療従事者にはキャンピングカーを提供するなど、さまざまな使い方ができるはずです」(重松氏)
こうした取り組みが実現できれば、従来の災害対応では難しかったきめ細かい対応も可能になる。さらに、これまで以上に注目されるのがSDGs(持続可能な開発目標)視点からのシェアリングエコノミーの普及だ。すでに傘のシェリングサービス「アイカサ」など、資源の有効活用につながるシェアリングエコノミーが続々と登場している。
シェアリングエコノミーは、アフターコロナにおける持続可能な社会の構築に不可欠な経済システムになった。今後も、配車サービスを使った医療機関への物資提供や新たな雇用創出など、柔軟な生き方の受け皿として進化し続ける。
PROFILE
- (一社)シェアリングエコノミー協会
- 所在地:東京都千代田区平河町2-5-3
- 設立:2015年
- 代表者:代表理事 上田 祐司(ガイアックス 代表執行役社長)
代表理事 重松 大輔(スペースマーケット 代表取締役社長)