変革を起こす「3本の矢」を放ち、「働いてよかった」を実現:熊本市医師会熊本地域医療センター
人命を預かる医療現場で、看護師が直面する「離職サイクル」。業務過多でスキル・キャリアアップの時間を取れず、ワーク・ライフ・バランスが保てないことを理由に退職が相次ぐ負の循環を脱却し、「働いてよかった!」と実感できる看護現場へと転換させた「3本の矢」の変革を追った。
白衣の天使が「彩りある天使」になり、働き方改革に成功――。そんな驚きの舞台となったのが熊本地域医療センターだ。
高度・救急医療の急性期病院で地域医療の支援拠点である同センターの名が全国にとどろいたのは2019年冬。きっかけは「看護業務の効率化先進事例アワード」(日本看護協会)で、「『ユニフォーム2色制』と『ポリバレントナース※育成』による持続可能な残業削減への取り組み」により最優秀賞を受賞したことだ。
表彰式の壇上に立ち、事例発表も務めた看護部長の大平久美氏は「看護現場の課題である離職サイクルを断ち切りたい。みんなが定刻に帰れる病院になりたい。それだけを考えて始まったんですよ」と振り返る。患者の急変や緊急入院による業務過多から退職者が増え、補充した入職者を指導する中堅看護師も業務負担が増えて退職し、スキルと実践力の育った人材が定着しない。そんな負の連鎖が、離職サイクルだ。
受賞理由の「ユニフォーム2色制」が始まったのは2014年4月。その胎動は前年末の忘年会にあった。ユニフォームの更新時期が迫っていたことから、大平氏は忘年会で看護師が自らモデルになって行うファッションショーを企画。看護師たちが楽しみながら新ユニフォームを選んだ。
「一新するだけでうれしいのですが、もっとみんなでワクワクして、離職サイクルの沈滞ムードを変えたかったのです。それまでのユニフォームはずっと白衣で、部長と副部長が決定していたのですが、『みんなで選ぼう』と。正直、残業削減に役立つことまでは考えていなかったですね」(大平氏)
6種類の候補から選ぶユニフォームのファッションショーは大盛況となり、当時の院長が「日勤と夜勤の2色制にしたら?」と提案。最多得票のバーガンディーが日勤、次点のピーコックグリーンが夜勤に決まった。「2種類になれば、管理する業務が増え、コストも倍増する」と悩んだ大平氏だが、その後、購入ではなくリース契約にすることで、管理業務が不要になりコスト削減にもつながると分かった。
「安心しましたし、勤務時間で色が違うユニフォームなら、残業がひと目で分かる。スムーズな引き継ぎに使えると直感しました」と大平氏。ユニフォーム2色制に一緒に取り組んだ看護師長の中村絵美氏は「導入時から、みんなワクワクでした。自分が着るユニフォームを、初めて自分たちの投票で選ぶわけで、当然モチベーションは上がります。私たちを尊重してくれるのが分かり、うれしかったですね」と話す。
導入後、看護師が互いに時間管理を意識して動き出し、色が違うユニフォームを着たスタッフを見つけると「帰れる?代わるよ」という声が飛び交うようになった。定刻通りに笑顔で帰る看護師が増え、見守る大平氏の心も楽しく晴れやかになっていた。
※看護単位内での協働のみならず、看護単位を超えた複数のポジションを担える看護師
ユニフォーム2色制により離職サイクルから脱却し始めた2018年、第2、第3の「変革の矢」が放たれた。第2の矢は、業務過多の残業を減らす「ポリバレントナースの育成」だ。
当時サッカーワールドカップ日本代表の選手選考でポリバレント性※が話題になり、そこから当時の院長が名付けたという。「業務に余裕がある現場から急な欠勤が生じた現場へ。特定のスキルが必要な業務は、そのスキルを持つ看護師が別の病棟から来て肩代わりする。そんな『助っ人』で応援できる体制に変えて、経験を重ねながらキャリアを高めていけるようにしようと」(大平氏)
ポリバレントナースの育成は、所属看護単位の垣根を越え、病院全体で最適な看護を提供する力となった。例えば、交代時間をまたぐ緊急入院や、看護師の数が少ない検査室などを適切にフォロー。「ゆとりを持って勤務に就きたい」「焦って始業したくない」という思いから、定刻より前に出勤して点滴や服薬準備を行っていた夜勤スタッフの業務を、日勤のポリバレントナースが退勤前に肩代わりして解消した。
ポリバレントナースの育成には、保有スキルが分かる職務経歴書を活用。また、「いつ、どこに、誰がいて、任せられるスキルは何か」を一覧表で見える化することで、迅速な助っ人対応が可能になり勤務シフトが組みやすくなった。さらに、一人一人の「なりたい看護師像」を描き出す育成ツールが「私のロードマップ」だ。例えば、「外科で看護をしたい」という個人目標を明確化し、看護部・病棟目標など「病院が求める看護師像」と照らし合わせながら、個別仕様のスキル&キャリアアップにつながるOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)や研修を実施。自発的にポリバレントナースが育つ環境を整えていった。
第3の矢は、業務の引き継ぎをより効率化する「ウオーキングカンファレンス」だ。日勤と夜勤の交代時、退勤する看護師リーダーが出勤するスタッフをスタッフステーションに集めて情報を伝える方法での申し送りを廃止。日勤と夜勤の看護師が一緒に患者のベッドサイドへ行き、担当交代やその日の検査予定を伝え、リアルタイムの情報を収集できるように変えた。
「『事件は現場で起きているんだ』という、テレビドラマの名ゼリフがあります。私たちも電子カルテの記録だけに頼らず、現場で起きる大事なことを、陸上4×100mリレーの日本代表チームみたいにスムーズなバトンパスでつなぎましょう、と。
スタッフステーションで行う申し送りはまさに一大セレモニーで、その間、ナースコールに対応するのは退勤間際のスタッフでした。それをやめて、自分で情報を取るように変えたのです。新人が観察ポイントに気付いて、声掛けのタイミングをつかむなど、日常的な看護過程で先読みができるようになりました」(大平氏)
現場をよく知る中堅と若手が一緒に巡回し、複数の目で患者と接するウオーキングカンファレンスは、得る情報の精度が高まり、患者の安全や看護の質が向上。OJTの格好の舞台にもなっている。
※複数のポジションをこなすこと。当時、サッカー日本代表の西野朗監督が、選手選考の基準として挙げたことから話題になった