自社のコンテンツを投稿できるメディアプラットフォーム「note(ノート)」を自社オウンドメディアの1つに採用し、ビールにまつわる物語などを発信するキリンビール。ビール好きのファンからの共感を呼び、コミュニティーの輪が広がっている。
note キリンビール
https://note-kirinbrewery.kirin.co.jp/
「#社会人1年目の私へ」「#あの夏に乾杯」「#また乾杯しよう」——。これは飲料事業を手掛けるキリンホールディングス(以降、キリンHD)が運営する公式アカウントの1つである「note」で発信された投稿コンテストのハッシュタグの一部だ。これらのコンテストにはユーザーから多くの投稿が寄せられ、それぞれのテーマに沿った思いの込もった文章がつづられている。読んでいるとなぜかホッとしたり、穏やかな気持ちになる。しかし、これらのハッシュタグには、「キリン」の文字は一切見られない。
noteは、クリエーター(作り手)が文章や漫画、写真、音声を投稿でき、ユーザー(読み手)はそのコンテンツを応援できるメディアプラットフォームだ。若いクリエーターが多く活用するウェブメディアとしても知られている。
同社がnoteに公式アカウントを開設したのは2019年4月。それまでにも、InstagramやTwitterなどの公式アカウントを持ち、自社商品やキャンペーンなどの情報をSNSで発信してきた。しかし、同社のnoteのコンテンツは、他のメディアで発信する情報とは大きく異なり、自社商品の情報はほとんどない。例えば、「#また乾杯しよう」のハッシュタグが付いた記事では、ビールは登場するが「モノ」としてのビールではなく、ビールにまつわる出来事や思い出といった「コト」を中心に描いている。
同社が持つオウンドメディアの中でも一味違った味わいを出す、キリンHDのnote。その誕生の背景を、仕掛け人であるコーポレートコミュニケーション部の平山高敏氏はこう解説する。
「当社がnoteを開設した時期は、オウンドメディアの限界についてささやかれ出した時期でした。その一方で、トヨタ自動車が自社メディアである『トヨタイムズ』で経営ビジョンや開発者の思いを伝えたり、ユニクロが季刊誌である『LifeWear Magazine』を通して服作りへの思いを伝え始めました。私も、商品広告では伝え切れないビールづくりに対する思いを発信していきたいと考え、選んだメディアがnoteだったのです。
当社は同業他社に比べ、若い世代へのアピールが今一つ足りない面がありました。そういった点を考慮すると、若い世代が積極的に使っているnoteがベストだと判断しました。私自身もnoteユーザーで、その良さは実感していましたから」
noteはユーザー同士を結ぶソーシャル機能が充実しており、「note pro」を使えば独自のドメインやデザインのカスタマイズも可能となる。法人は月額5万円から使用でき、コストメリットも大きい。
ユーザー間の距離が近く、テキスト(文章)を重視したnoteを選んだ平山氏は、そのメディア特性を生かしたコンテンツを作成していく。オウンドメディアの主な目的は、広告などの商品情報だけでは伝えきれない、商品の背景にある「思い」や「物語」を伝えることで、顧客や潜在顧客に対して企業や商品を好きになってもらうことだ。平山氏も「キリンビールの商品に込められたさまざまな思い」をnoteから発信していく。
自社商品のみならず、ビールそのものの良さを伝えていくために、ビール好きやものづくりが好きな人たちとつながるためのコンテンツを企画。例えば、料理研究家にビールに合うおつまみレシピを投稿してもらい、そこから仲間の輪を広げていった。
「当社ではビールに関する知識を学び、自分でおいしいビールが味わえる方法を知る体験型イベント『キリンビールサロン』を開催しています。自社商品だけではなく、ビールそのものの魅力を知っていただきたいという取り組みです。もともと横浜の工場でビールセミナーを行っていましたが、新しい方へのアプローチができていない状況でした。そこで単発で行っていたセミナーを、計5回の連続講義にし、オンラインでも受講者間のコミュニケーションができる『キリンビールサロン』を立ち上げました。その募集をnoteで行ったところ、20歳~30歳代の方に多数ご参加いただける結果となりました」(平山氏)
同セミナーの参加者が、セミナー中にオリジナルのハッシュタグを付けてTwitterに投稿したところ、約600万リーチを突破したという。noteから生まれたつながりがTwitterというツールを通して、さらに多くの人々に波及した好例と言える。