一方、評価や処遇に関してもいくつか動きが見られる。その一つが、時間管理から成果管理の評価制度に移行すべきという「ジョブ型雇用制度」導入に関する議論だが、奥本氏は「冷静に考えるべき」と警鐘を鳴らす。
「職務主義への移行は一つの流れになっていますが、『ジョブ型』という言葉が曖昧なまま使用されている今の状況を懸念しています」(奥本氏)
そもそも政府が「成長戦略」「骨太の方針」に掲げるジョブ型とは、職種や場所、期間を限定した新たな雇用区分を指しており、新たな雇用契約形態によってさまざまな働き手の参加を促すことを目的としている。欧米型の職務評価や職務給を導入すべきという意図ではないことを、しっかりと押さえておかなければならない。
そこを曖昧にしたままジョブ型を導入すれば、仕事内容を詳細に定めて評価するマイクロマネジメントを加速させることになる。それよりも「大きなくくりによる職務・役割の設定や、専門技術・職務能力の組み合わせなど、さまざまなバリエーションを制度設計することが重要」と奥本氏は考える。
「今は、あらゆる仕事において部署をまたぐ連携が強くなり、業務を明確に区分することが難しくなっています。また、ソリューション型のビジネスにおいては、顧客によって仕事の枠組みが変わることも珍しくありません。そうした現場にマイクロマネジメントを持ち込むと、かえって企業のイノベーション力や成果を上げる力をそいでしまいます。そうした事態を避けるためにも、事業モデルや従業員の成長モデルに沿って、仕事のくくりを大きくすることが大切です。いわゆる『ジョブ型』を安易に導入するのではなく、社員の成長とやりがい、成果が上がるローテーション、評価軸の設定も含めて、人材を生かす制度を考えていくべきでしょう」(奥本氏)
マネジメントの課題を解決するには、ジョブ型の導入以前に、「当期に取り組む課題をメンバーと合意し、業務状況をモニタリングし、その成果を評価する」という、マネジメントの基本レベルを高めることが先決だろう。2020年4月の緊急事態宣言の後、社員教育を見合わせた企業は少なくないが、オンライン研修などを有効に活用しながらマネジメントの底上げを継続的に図ることは、ポストコロナ時代を支えていく自律的な社員育成の重要な鍵になる。
コロナ禍によって、企業の大小を問わず、多様な働き方やそれに伴う制度改革は加速している。ただ、この変化がもたらすのは、「働き方の自由な選択」だけでないことは明らかだ。足元ではすでに、就業環境の違いがもたらす生産性の格差に加え、テレワークによる運動不足やメンタル不調といった健康面の課題、家庭内DV(ドメスティックバイオレンス)の増加や家族の不和といった安全・安心面の課題も露見し始めている。
新型コロナウイルスの影響は数年続くともいわれる中、以前とまったく同じ働き方に戻すのは難しいと考える方が賢明だ。積極的にテレワーク環境の整備に取り組んでいくべき段階に入ったと言えるだろう。
「場所に縛られない働き方は、今回のようなウイルスに起因するパンデミック(世界的大流行)だけでなく、台風や地震といった危機的状況においても効果を発揮します。働き方改革は人手不足の問題だけでなく、企業のBCP(事業継続計画)の観点からも非常に重要です」(奥本氏)
すでに各地で、中小企業発の新たな試みや、同じ地域・業種の企業と行政の協働が成果を上げ始めている。「一歩進んだ施策の導入は、機動性に富む中堅・中小企業に利がある」(奥本氏)。「働き方改革推進支援助成金」をはじめ、国や自治体が各種助成金を用意している今は、中長期を見据えた環境整備への投資を検討する絶好のタイミングでもある。
「コロナ禍で多くの経営者が『社員の安全を守るか、業績を優先するか』で悩まれ、ほとんどの経営者が社員の安全を選ばれました。そのメッセージは社員に伝わっているはずです。その思いを、次は創造的な働き方、社員のやりがいにつなげていただきたいと思います」(奥本氏)
PROFILE
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- 設立:1999年
- 代表者:所長 奥本 英宏