潜在的な市場ニーズを製品化・サービス化する「デザイン経営」:特許庁
顧客に真に必要とされる企業になるために有効な手法として注目されている「デザイン経営」。デザイン経営とは何か、どんな効果が生まれるのか、キーパーソンに聞いた。
【図表1】「デザイン経営」の役割
GAFA(ガーファ)をはじめ、従来の製品やサービスとはまったく異なるものを提供する企業の出現で、ビジネスの在り方や人々の生活は大きく変わった。新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けてそのスピードはさらに加速し、あらゆる産業は従来の常識や経験が通用しない大変革期を迎えようとしている。IoTやAIを活用した技術革新による第4次産業革命、日本が提唱する未来型社会の「Societyソサエティー5.0」など、これまでとは異なる世界が目前まで迫っている。そんな中、2018年5月に「『デザイン経営』宣言」※が経済産業省・特許庁の「産業競争力とデザインを考える研究会」から発表された。
「今後、成長する企業は、社会やユーザーが何を求めているのかを探り、その解決策を提示できる企業です。その課題解決を図るために不可欠なのが『デザイン力』。デザインと言えば狭義の意味での意匠をイメージしがちですが、『社会や市場にまだ見えない形で存在する課題を抽出し、解決していくこと』と位置付けています。このデザイン力を生かした経営がデザイン経営で、日本の産業競争力を高めるため発足したのが『産業競争力とデザインを考える研究会』です。そして、この研究会で1年間議論を続けて出来上がったのが『デザイン経営』宣言です」
そう説明するのは特許庁デザイン経営プロジェクトのCDO補佐官、西垣淳子氏だ。経済産業省に在籍時、デザイン経営を提唱する有識者や経営者などを招へいし、同研究会を立ち上げたキーパーソンである。
「デザイン経営」宣言では、デザイン経営が果たす役割やその定義、実践の在り方などが紹介されている。デザイン経営の効果として挙げられているのがブランド力とイノベーション力の向上によって、企業競争力を高められることだ。企業が大切にしている価値や、それを実現しようとする意志を表現するデザインは、ブランド構築に寄与できる。また、人々が気付かないニーズを堀り起こして事業化していく営みでもあることから、イノベーションの実現にもつながる。(【図表1】)
では、デザイン経営はどのように実践していけばよいのだろうか。宣言では二つの定義を設けている。それが「経営チームにデザイン責任者がいること」と「事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること」。商品開発を例にとると、商品が開発された後に商品デザインを考える従来型の開発ではなく、顕在化していないニーズを探り、それを解決するための商品を考える時点からデザイン責任者が関与していくスタイルである。
重要なのは、デザイン経営を推進する部門やチームをどのように位置付けるのかだ。
「デザイン責任者とは、製品・サービス・事業を顧客起点で考えることができ、それを実現するために業務プロセスまで具体的に構想できるスキルを持った人材を指します。デザイン責任者が役員クラスの企業もあれば、社長直轄の組織を新たに設置するケースもあります。また、中小企業の中には、経営者自らがデザイン責任者を兼任するケースや、信頼できる外部の人材をデザイン責任者として起用しているところもあります。いずれにしても企業のフロントにデザイン責任者がいて、デザインの取り組みを主導していくことが重要なポイントです」(西垣氏、【図表2】)
※「『デザイン経営』宣言」
【図表2】「デザイン経営」のための具体的な取り組み
「デザイン経営」宣言の発表後、特許庁はデザイン経営を推進するセミナーやシンポジウムへ参加して広報活動を行ってきた。そして2020年3月、デザイン経営に取り組む企業のアンケートなどをまとめた「『デザイン経営』の課題と解決事例」※も発表した。
この事例集では、デザイン経営を推進する際の課題をピックアップし、その解決策を紹介している。主な課題は「経営陣の理解不足」「全社的な意識の不統一」「用語・理解の不統一」「人材・人事」など8項目で、それに対する事例企業の対応策が短くまとめられている。
例えば、経営陣の理解不足という課題に対しては、「経営層向けのワークショップなどでデザインに対する理解を深めてもらった」「デザイン視点を持つ者が経営会議に参加して課題提起を行う」などの解決策が並ぶ。
「デザイン経営を推進する上でヒントになるはずですから参考にしていただきたいですね。デザイン経営の推進が、イノベーティブな製品やサービス開発につながり、新しい市場を掘り起こすことに結び付くはずです。イノベーションといっても、技術革新を伴わなければいけないわけではありません。市場やユーザーと向き合うことで、問題の本質を突き止めて新しい価値を生み出すケースもあります」(西垣氏)
西垣氏が技術革新なしでイノベーションを起こした事例として挙げるのが、GEヘルスケア・ジャパンの子ども向けのMRI(磁気共鳴画像装置)の開発である。医療現場では、無機質で巨大なMRI機器を見た小さな子どもが検査中に泣き叫んで体を動かしてしまい、画像データを取得できない課題を抱えていた。そこで、子どもにとってもっとストレスの少ないMRIを開発するため、同社では子どもたちにヒアリングを実施。その中で退院後に何をしたいかも聞いたところ、「健康になっていろんなところに行きたい」という答えが多いことに気付いた。