BtoCの宅配サービスのイメージが強い物流産業だが、実は社会インフラとも呼べる頼もしい「縁の下の力持ち」はBtoB物流だ。DX※1の構築で描き始めたデジタル物流の未来とは。
BtoB物流プラットフォーム
「Sharing Logistics Platform®」
「物流の産業軸は横軸です。メーカーや小売業など、縦軸の他産業を下支えする大切なインフラなので、ICT(情報通信技術)で物流にイノベーションを起こすのは人生を懸けるに値することだと考えています」
そう語るHacobu創業者・代表取締役社長CEOの佐々木太郎氏が志を抱いたきっかけ。それは経営コンサルタント会社や食品通販会社の起業を経験し、BtoB(企業間)物流の現実を目の当たりにしたことだった。BtoB市場は、大手数社の下に全国約6万社の中堅・中小配送会社が存在し、トラックドライバーや物流倉庫作業者の人手不足、過剰労働による疲弊、非効率な配送などの課題が今よりも山積していた。後に、「ブラック産業」「物流クライシス」と呼ばれ危機感が高まり、現在の「ホワイト物流」への取り組みが国の主導で始まるが、創業した2015年はまだその夜明け前。「電話にファクス、そして気合と根性、勘で仕事が動いている、とてもアナログな世界だった」と佐々木氏は話す。
そんな物流現場をDXで変革しようと、「運ぶを最適化する」をミッションに掲げて同社が構築したのが「Sharing Logistics Platform®」だ。クラウドやIoTでデジタルに物流情報をつなぎ、一つのプラットフォーム(以降、PF)上で共有、蓄積、利活用するSaaS※2型のBtoB物流PFである。
「発荷主に着荷主、それぞれの物流センターを運営する3PL※3、出入荷するモノを届ける運送会社。サプライチェーンの世界にはさまざまなステークホルダーが連携しています。ただ、運ぶモノや車両、場所などの情報共有がアナログ媒体ではとても非効率。それをデジタルなスマート・ロジスティクスへ変える、これまでにない仕組みです」(佐々木氏)
現在、同社はPF上に自社開発アプリケーション「MOVO(ムーボ)」を提供している。必要な時に必要なだけ車両を調達できる配送マッチングサービスを皮切りに、トラックバース(物流施設や倉庫荷卸し場)への入退出を管理する入出荷車両予約受付サービス「MOVO Berth(バース)」、車両位置情報をリアルタイムで可視化する動態管理サービス「MOVO Fleet(フリート)」などを展開。導入拠点数は2715カ所(2020年5月現在)と直近1年間で約5倍に増え、利用顧客にはアスクルやアサヒ飲料、花王など大企業が名を連ねる。
最も利用が増えているのは、一部機能で特許を取得したMOVO Berthである。納品も荷受も待機時間のロスをなくして生産性を高め、トラック到着後の受付票記入の手間も電子受付(オンラインチェックイン機能)で不要にできる。また、MOVO Berth内のデータを分析することで、共同配送での効率的な集荷が実現可能でき、物流業界全体の念願だった積載率の向上にもつながることが期待されている。
「到着が近づいたらスマートフォンでMOVO Berthのボタンを押せば、納入する物流施設の入退場受け付けを自動的に登録できます。順番待ちで混雑したトラックバースが整流化され、先を争うドライバー間のけんかや待機車両の近隣地域への迷惑問題が解消されました」(佐々木氏)
もちろん、物流現場を可視化するための仕組みも、確実に運用できなければ成果は生まれない。同社は顧客の現状や課題を聞き、MOVO Berthの予約申請も発荷主が行う「納品事業者予約型」、荷受先主導の「拠点予約型」、そのハイブリッド型など、仕組みを使いこなす最適なパターンを提案。また、運用する現場からも要望をキャッチし、新たな課題解決サービスの開発に生かしている。
「受託開発システムではできないことを、SaaSの提供で実現しています。一つの情報基盤でさまざまなアプリを使うことにより、多様なサプライチェーンの物流データがビッグデータとして蓄積され、世の中全体のサプライチェーンを効率化できるようになります。個社最適から社会最適へ、それが創業時から考え続けてきた『最終的に登りたい山』です」(佐々木氏)
※1…デジタルトランスフォーメーション:データとデジタル技術を活用し、企業が競争上の優位性を確立すること
※2…Software as a Service:インターネット上で必要な機能を必要なだけサービスとして利用できるソフトウエア
※3…サードパーティー・ロジスティクス:企業の抱える業務の内、物流部門を第三者企業に委託する業務形態
自社開発アプリケーション「MOVO」
記念すべき東京五輪イヤーから一転、世界的なコロナ禍の危機を迎えた2020年。だが、「経済の動脈」とも呼ばれる物流産業が機能停止することは許されない。経済に限らず、医療機関で必要な消耗材料や医薬品、自粛生活を送る日本人の「生きるために必要な物資」の供給も脅かすことになるからだ。医療とともに物流事業従事者もエッセンシャルワーカー(生活必須職従事者)と呼ばれる由縁である。
Hacobuはいち早く物流現場の感染拡大防止へ動いた。3月と4月に相次いでMOVO Berthのオンラインチェックイン機能やドライバー予約ファイル添付機能、MOVO Fleetサービスを2カ月間、無償提供することを発表した。
「MOVO Berthはドライバーと受付窓口の対面接触を減らし、MOVO Fleetは内蔵の通信モジュールで業務内容を自動記録し、日報の手書き作成や手渡しをなくします。物流産業全体が『いかに接触をなくすか』という課題に直面する今、私たちのサービスが役立つシーンがあって、良い反響もいただいています」(佐々木氏)
感染拡大の第2波の到来が懸念される中、「非接触」は不可欠なリスクヘッジだ。それは、ウィズコロナ、アフターコロナ時代にも継続するテーマだと語る佐々木氏は、長年の課題である業務の属人化や現場頼みの対応力についても「非」に変えるDXが必要と指摘する。
経験豊かで「この人がいないと回らない」という業務の属人化は、非常時に業務が2週間停止するリスクとなる。また、現場対応力だけでは、自社の物流ネットワークに何が起きているのか分からない。これはコントロールタワーである本部機能に正確な情報が集まらず、意思決定ができないリスクとなり得る。
「非接触に非属人化、現場だけに頼らない対応力。どれも必要と分かっていたことですが、コロナ禍で緊急の課題として顕在化しました。その解決手法こそがデジタルツールですし、MOVOの仕組みとデータがより大きな意味を持ち始めています。でも本来は、有事でなくても準備できることです」(佐々木氏)
創業間もないころ、物流企業の経営者には「このままのやり方でもいいじゃないか」という声が多く、中堅・中小企業ほど「物流とはそういうものだ!」との固定観念が障壁だった。だが、「そういうもの」というものの見方や捉え方がDXによって変わりつつあると佐々木氏は感じている。一度は断念した経営者が導入を決め、「もうMOVOなくしては難しい」と笑顔で語る姿に、手応えを感じているという。