リーマン・ショックや東日本大震災以上の影響を産業界に及ぼした新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)。あらためて物流業界のBCP(事業継続計画)の在り方を探った。
荷主と物流事業者の連携体制構築・強化までの流れ
度重なる大地震や毎年のように被害をもたらす集中豪雨・台風などの水害に、企業活動は大きな影響を受けてきた。そして今春のコロナ禍は、想定していなかった形で産業界に多大な影響を及ぼしている。自然災害や感染症のパンデミックなどは、突然、企業の継続を危うくする。非常時に備えるBCPが、以前にも増して重要になっているのは間違いない。
物流業界においてBCPに対する意識が高くなったのは2011年の東日本大震災後だった。東日本の物流網は寸断され、必要な物資が各地域に行き届かなくなる事態に陥ったことをきっかけに、物流業界のBCPに対する取り組み強化への機運は高まった。2010年度の物流事業者のBCP策定率は22.4%だったが、2017年度には50.1%まで増えている※1ことからも、意識の変化がよく分かる。
その際に重要な役割を果たしたのが、国土交通省の「荷主と物流事業者が連携したBCP策定のためのガイドライン」※2である。同ガイドラインは、BCP策定の流れを提示するとともに、事前の準備や発生後の措置などを分かりやすく取り上げている。
「ガイドラインの作成に当たってポイントを置いたのは、物流事業者のみでBCPを策定するのではなく、荷主といかに連携するかという点です。地震などの有事の際は、物流事業者単独で対応してもサプライチェーンはうまく機能しません。いかに荷主と物流事業者が意思疎通を図って対応できるかが重要なのです」
そう説明するのは、国土交通省の総合政策局参事官(物流産業)室物流産業適正化推進官の笠嶋七生氏だ。同ガイドラインは大規模地震災害を想定して策定されたものだが、豪雨災害や感染症のパンデミックなどの危機管理に応用できる項目もあり、BCP策定や有事の体制づくりに参考となるところは多い。
※1…内閣府「平成29年度 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」
※2…国土交通省「荷主と物流事業者が連携したBCP策定のためのガイドライン」
自社の状況に合わせ、優先順位を付けて
BCP策定に取り組むことが大切
同ガイドラインでは、サプライチェーンの維持に向けた荷主と物流事業者の連携体制構築・強化までの流れを6ステップで紹介している。
ステップ1は「人材の育成」。荷主と物流事業者が、それぞれ自社でBCP担当者の確保やBCPに関するセミナーへの参加推進、社内教育体制の整備に取り組む。
ステップ2では、役割分担・基本動作・作業手順などを示した行動マニュアルを作成し、意思決定・伝達・命令が迅速に行われる体制を各社で確立。
そしてステップ3で、作成した行動マニュアルの情報を荷主と物流事業者間で共有し、会議などを活用して平時から連携体制の強化を図る。
その上で、従業員の教育も兼ねた定期的な共同訓練を実施。国交省が策定した「荷主と物流事業者が連携したBCP訓練マニュアル」※1などを活用しながら、訓練を繰り返し行うことで熟練度を上げていく(ステップ4)。
さらに、ステップ5では、訓練を通じて明らかになった不備や欠陥などを見直し、行動マニュアルを改善。見直しに当たっては、荷主や大手物流事業者から、協力会社や下請けなど中小物流事業者へ働き掛けていく。
これらを踏まえ、BCPへと発展させていくのがステップ6だが、その際、中小事業者はまず行動マニュアル作成に取り組むと効果的であること、荷主は物流事業者が代替手段や輸送ルートなどを提案できる機会を設けること、目標復旧時間や最優先商品の情報共有などが盛り込まれている。
他にも事前の体制整備として、施設機能や輸送力を維持・確保するための荷崩れ防止対策、施設本体の耐震強化、代替輸送ルートの設定、非常用の電源・通信設備の整備などを挙げるとともに、人手不足や施設の被災に備えて作業の標準化・従業員の多能化にも言及している。
「ガイドラインに示されていることはどれも重要ですが、まずは自社ができるところから進めていただきたいと考えています。初めから完成形を目指すのではなく、自社の状況に合わせて優先順位を付けて取り組むことが大切です。
物流事業者の方からは、地震時の行動マニュアルは作成していたけれど、感染症は考慮に入れていなかったという話をよく聞きます。そんな場合は、マニュアルに感染症対策を加えることで改善していく。こうした対応が求められるでしょう」(笠嶋氏)
前述した「作業の標準化・従業員の多能化」は、地震や水害時だけでなく感染症対策としても有効である。倉庫業ならラックのレイアウト管理やピッキング手順の標準化など、誰もがどの作業もできる訓練を日頃から行うことが対策の一つとなる。
また、感染症予防対策のガイドラインは、日本倉庫協会※2や全日本トラック協会※3など事業者団体ごとに作成されているので、これらに準じたい。
※1…国土交通省「荷主と物流事業者が連携したBCP訓練マニュアル」
※2…日本倉庫協会「倉庫業における新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン」
※3…全日本トラック協会「トラックにおける新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン(第2版)」
BCPをどう策定すればいいのか分からない事業者のために作成されたのが、国交省の「荷主及び物流事業者のベストプラクティス集」※1である。
非常用の電源装置や手動給油ポンプを導入し、パソコンが復旧しないケースを考慮して会議室にBCP掲示板を設置した運送・倉庫会社をはじめ、災害発生時の情報伝達・収集がスムーズに行えるように荷主や協力会社と三位一体となった訓練を行う貨物輸送事業、荷主や外部機関と連携した大規模災害対応訓練を実施する大手宅配事業者など、10事例が紹介されている。
「物流事業者のBCPで重要なのが、サプライチェーンを形成する各社の連携と役割分担です。特に荷主と物流事業者の役割分担をあらかじめ明確にしておく必要があります。災害発生時の現場のことは物流事業者がよく把握しているので、情報収集は物流事業者が行い、その情報を基に最終的な判断を荷主が迅速に行うという役割分担を決めておけばいいでしょう。地震や水害、感染症といった災害の種類にかかわらず、混乱を防ぐ効果があるはずです」(笠嶋氏)
BCPの策定や体制整備にはコストがかかる。そこで、国の支援策を活用することも視野に入れたい。その時に役立つのが中小企業庁の「事業継続力強化計画」の認定制度※2である。
中小企業が行う防災・減災の事前計画を経済産業省大臣が認定すれば、自家発電や排水ポンプなどの装置、制震・免震ラック、衛星電話などの機器を購入する際の税制措置をはじめ、低利融資・融資枠拡大などの金融支援、認定ロゴマークの使用許可を受けることができる。BCPの策定と体制づくりが加速するはずだ。
一方、物流業界全体のさらなるBCPの推進には、従来の枠組みを超えた連携が必要とされている。
「これまでは物流事業者と荷主の連携を強化することで、物流業界のBCP策定を推進してきました。今後は、その枠組みをさらに広げ、インフラ事業者を加えたネットワーク構築の推進に取り組む予定です。
実は、2018年の台風21号の影響で関西国際空港が水没してしまい、航空貨物が運べないばかりか、荷物がどんどんたまって復旧作業も遅れるという事態が起こりました。こうした機能不全に陥らないためにも、空港や鉄道などインフラ事業者との情報共有をはじめとした連携は欠かせません。さらなるBCP体制づくりを支援していきたいと考えています」(笠嶋氏)
自然災害やパンデミックは、今後いつ起きてもおかしくない。企業の存続に関わる事態を回避するためにも、経営者にはBCPリーダーシップの発揮が求められている。
※1…国土交通省「荷主及び物流事業者のベストプラクティス集」
※2…中小企業庁「事業継続力強化計画」
有事の際は、荷主と物流事業者が意思疎通を図って
対応することが重要です
PROFILE
- 国土交通省
- 所在地:東京都千代田区霞が関2-1-3