その他 2020.05.29

企業のキャッシュレス化推進ポイント:東洋大学 経済学部 教授 川野 祐司氏

 

 

 

社内キャッシュレス化は業務の見直しにつながる

 

BtoCのキャッシュレス化の最大のメリットは、顧客データの共有によってビジネスチャンスが広がることだ。では、企業間取引や社内精算においてはどうなのだろうか。

 

大企業間の取引は、すでにキャッシュレス化が浸透している。一方、中堅・中小企業の取引はまだ現金や手形で行われることも多い。

 

「材料や部品を納品したのに支払いが遅れるケースは少なくありません。この回収リスクに対して、従業員数が数十人規模の企業なら法人クレジットカードの導入が有効です。法人カードを利用すれば取引時点で後日の入金が確定する。相手の支払いの有無にかかわらずカード会社が振り込んでくれるからです。回収はカード会社が代行するのでリスク回避につながります」(川野氏)

 

また、企業規模にかかわらず、すぐにキャッシュレス化を進めたいのが経費精算である。現在、多くの企業では、経理担当者が交通費や出張費などの経費の領収証の金額をイントラネットやエクセルに入力して仕訳・管理している。この各経費をキャッシュレス決済にすれば、入力と仕訳を自動化できる。全社員へクレジットカードを配布するのが難しい場合は、事前に必要な金額をチャージ(入金)するプリペイドカードタイプの決済を導入するだけでも、かなり自動化が進むだろう。

 

「最近は会計ソフトが進化し、クレジットカードや銀行口座の履歴をAIが参照して、交通費や消耗品費、交際費、仕入れ費などへ自動的に仕分ける機能があります。こうしたソフトを利用すれば、経理部門は入力や照合などの業務から解放されます。データを見ながら資金計画や経費の使い方の傾向を分析し、改善策を提言するなど、生産性を高める業務を行う時間が取れるようになります」(川野氏)

 

 

ポイントは目的と対象を明確にすること

 

企業間のキャッシュレス化は、IoTやAIと融合させることで、ビジネスの在り方を大きく変えられる。例えばMaaS(Mobility as a Service:移動のサービス化)。荷物を運送するトラックにGPS(衛星利用測位システム)による位置情報と、荷台の空きスペースを測定できるセンサーを付け、各トラックを結ぶプラットフォームをつくれば、荷台に空きスペースがあるトラックが近くの荷物を回収して輸送できる。もちろん、集荷と同時に発注・支払い情報が会計システムに自動送信される仕組みだ。ドライバー不足などによって危機的な状況にあるロジスティクスの在り方を大きく改善できる可能性もある。

 

「高速道路の料金は、すでにETC(自動料金収受システム)でキャッシュレス化されているので、技術的に難しいことではありません。しかも、物流を効率化できるため、CO2(二酸化炭素)の削減などにも寄与します。こうした新しい仕組みづくりにキャッシュレス化は不可欠であり、企業間取引の効率を高めることも間違いないでしょう」

 

そう話す川野氏は、企業がキャッシュレス化を推進するに当たり大切な点について、「誰のために、何のためにキャッシュレス化するのかを明確にすること」だとアドバイスを送る。

 

キャッシュレス化とはデータ化であり、顧客の行動やお金の流れといった、これまで目に見えなかったものの見える化でもある。IoTやAIと融合させれば、新しいビジネスチャンスが生まれる。業務の効率化なのか、回収や不正リスクの低減なのか、新規事業創出なのか。自社のキャッシュレス化を進める際、目的と対象をどのように定めるかが経営者に問われる。

 

 

東洋大学 経済学部 教授 川野 祐司 氏

 

 

いちばんやさしいキャッシュレス決済の教本

川野 裕司著 インプレス

 

キャッシュレスの仕組み、海外の事例、社会問題への対策、キャッシュレスに関わる新ビジネスなど、幅広い視点から「キャッシュレスの今」を解説

 

 

PROFILE

  • 東洋大学 経済学部 国際経済学科 教授
  • 川野 祐司(かわの ゆうじ)氏
  • 1976年大分県生まれ。2016年から現職。一般財団法人国際貿易投資研究所(ITI)客員研究員、日本証券アナリスト協会認定アナリスト。専門は金融政策、国際金融論、ヨーロッパ経済論。マイナス金利政策などのユーロの金融政策や金融同盟などのヨーロッパの金融システムの変遷をテーマにしている。近著に『いちばんやさしいキャッシュレス決済の教本』(インプレス)、『キャッシュレス経済』『これさえ読めばすべてわかる国際金融の教科書』(共に文眞堂)などがある。