その他 2020.05.29

企業のキャッシュレス化推進ポイント:東洋大学 経済学部 教授 川野 祐司氏

経済産業省のキャッシュレス・ポイント還元事業をきっかけに、日本でもキャッシュレス決済の普及が急速に進んでいる。国内外のキャッシュレス化の動向や、キャッシュレス化に伴う新ビジネス、中堅・中小企業が導入する際の留意点などについて、金融システムを専門とする東洋大学経済学部教授・川野祐司氏に聞いた。

 

 

キャッシュレス後進国・日本

 

2019年10月の消費税増税に合わせた政府のキャッシュレス・ポイント還元事業が始まってから、BtoCのキャッシュレス決済に対応する店舗は増え続けている。経済産業省によると、同還元事業の登録店舗数は112万店(2020年4月21日現在)に達した。制度の対象となる中小店舗の過半数がキャッシュレス化した計算である。

 

日本では以前からクレジットカードがよく使われていたものの、デビットカードや電子マネー決済の普及はなかなか進まなかった。しかし2012年以降、インバウンド(訪日外客)が増え始め、デビットカードや電子マネー決済に対応する店舗が増加。2018年12月には、ヤフーとソフトバンク共同の二次元コード決済サービス「PayPay(ペイペイ)」が「100億円あげちゃうキャンペーン」を実施したことにより消費者への認知度が高まり、各種ペイメントサービスの普及が一気に加速した。

 

この状況を見ると、日本のキャッシュレス化は直近でかなり進んだ感が強い。しかし、海外と比べると、まだキャッシュレス社会の入り口に立ったばかりのようだ。(【図表1】)

 

 

【図表1】JCAキャッシュレス指数2019

※流通現金のGDP比率、人口10万人当たりATM台数、現金給与受取率など九つの指標から算出、数値が大きいほどキャッシュレス度合いが高い
出所:日本キャッシュレス化協会

 

「キャッシュレス化が進んでいるのは欧米と中国、東南アジアです。特に近年、急速にキャッシュレス化が進行するアジアは、スマートフォンの保有率が高く、新しいもの好きという文化があります。

 

さらに、中国のEC(電子商取引)大手・アリババに代表されるように、通販だけでなく配車アプリなど他分野のサービスを展開する企業と提携し、多彩なサービスを提供しています。一つのアプリでさまざまなサービスを受けられ、全てキャッシュレスで決済可能という利便性で、多くの人々の生活に欠かせないものとなっているのです。

 

一方、日本では、乱立するキャッシュレス決済サービスのうち、どのサービスを使うか店頭で選ぶという段階で、中国や東南アジアから比べると遅れているのが現状です」

 

そう語るのは、東洋大学経済学部国際経済学科の教授で金融システムを専門とし、キャッシュレス化についても詳しい川野祐司氏だ。

 

さらに、「東南アジアでキャッシュレス化が進む背景には、国際間の送金ニーズがある」と川野氏は指摘する。東南アジアでは隣国へ出稼ぎをする人たちが多く、稼いだお金を家族に送金するニーズが高い。電子マネーで給料をもらえば、銀行口座を開設しなくても母国の家族に送金できるのだ。こうした理由もあり、東南アジアのキャッシュレス化は日本よりかなり先行している。日本は、実は「キャッシュレス後進国」なのである。

 

 

キャッシュレス化を阻む囲い込みと自前主義

 

川野氏によると、キャッシュレス化の発展は4段階に分けられる。「キャッシュレス導入期」「拡大期」「普及期」「キャッシュレス社会」の4段階だ(【図表2】)。この中でキャッシュレス化が進む国々は拡大期に入っているが、日本はまだキャッシュレス導入期から拡大期への移行に差し掛かっている段階にあると川野氏は言う。各段階を具体的に見ていこう。

 

【図表2】キャッシュレスの発展段階

出所:日本キャッシュレス化協会

 

 

キャッシュレス導入期は、一部の小売店レジやECサイトでキャッシュレス化が可能。またキャッシュレスによって取得したデータをマーケティングなどに活用している状態である。

 

拡大期は、キャッシュレス決済ができる場と種類が増えていく段階。全ての小売店でキャッシュレス化が進み、会計処理の自動化や企業間取引もキャッシュレスが進んでいる状態を指す。

 

普及期ではさらにキャッシュレス化が進み、小売店だけでなく病院や自治体、交通機関なども導入。買い物だけでなく税務などを含め手続きの自動化が進む。

 

そしてキャッシュレス社会は、キャッシュレスがデジタルエコノミーの基盤となって、あらゆる経済・社会活動がデータ化され、統合される状態である。

 

キャッシュレス化が進めば決済の自動化が進み、現金を取り扱う煩雑さから解放されて生活やビジネスの利便性が大きく向上するのは間違いない。しかし、キャッシュレス化が遅れている日本においては、乗り越えなければならない高い壁があると川野氏は指摘する。

 

「それは『囲い込み』と『自前主義』です。キャッシュレス化で取得できる顧客データを共有するプラットフォームを立ち上げてこそ新しいサービスが生まれ、利便性も高まるのですが、日本の多くの企業は顧客データを自社だけの財産にしようと囲い込むため、キャッシュレス決済がなかなか広がらないのです」(川野氏)

 

商店街をイメージしていただきたい。商店街には、さまざまな業種の店舗や金融機関が集まる。この商店街で、参加した全店が見ることのできる共通プラットフォームをつくり、キャッシュレス化したとしよう。すると、顧客の性別や年齢でデータを分類するだけでなく、商店街内の移動経路や買い物の時間帯、天候による売れ筋の違い、イベントの集客効果といった、1店舗だけでは知り得ない情報から分析を行うことができる。商店街をさらに活用してもらう施策も練りやすくなる。

 

このように、キャッシュレスによって得たデータを広く共有すれば、参加企業全体が活性化する。同時に、カードやアプリをどの店でも使える利便性の高さは、顧客満足度の向上につながるだろう。