前へと進むトップを後押しし、絶妙のコンビに:元松下電器産業 代表取締役副社長 最高財務責任者、一般社団法人 日本CFO協会 副理事長 川上 徹也 氏
V字回復の軌跡は川上氏の著書『女房役の心得』(日本経済新聞出版社)に詳しいが、タイトルに掲げた「女房役」とはどういう意味だろうか。
「改革は見方を変えると、過去否定にも映ります。数字で語り、数字の裏にある人やモノの動き、バランスなどを多面的に補佐する。トップが前進する裏付けとなる武器をつくり、磨きをかける。だからCFOは、女房役なんですよ」(川上氏)
経理の乱れは、経営の乱れに通じる――。松下電器産業の創業者である松下幸之助氏を支えた大番頭の女房役、高橋荒太郎氏の言葉を川上氏は心に刻んできた。どんな時も羅針盤の役割を果たし、経営に役立つ経理が使命との教えだ。
「高橋氏とは絶妙のコンビでしたし、本田技研工業の創業者・本田宗一郎氏にも藤沢武夫氏という右腕がいました。トップは孤独といわれますが、だからこそコンビの経営がとても大事です。それは、トップの決断が大きく針路を左右する中堅・中小企業にも共通することでしょう」(川上氏)
実は川上氏にとって、コンビ経営は苦い思い出のスタートだった。業績が絶好調で決算の上方修正を発表直後、ITバブルの崩壊で下方修正。トップをミスリードしたと感じていたからである。だが、経営改革で赤字から脱け出した時、中村氏から1通のメールが届いた。
「『二人で着実に改革の成果を出していきましょう』。そのように書いてあって、疲れも吹き飛びました。それから対話を重ねていき、二人の合言葉ができたのです。『後輩に負の遺産を、残さないようにしよう』と。本当の意味で、CFOに目覚めた瞬間でした」(川上氏)
合言葉が生まれる底流にあったのは、改革で唯一の聖域だった経営理念だ。トップからの信頼も、IRの情報発信への高評価も、全社員の誇りも、目先を取り繕うのではなく、経営理念に基づいてありのままを伝え、耳を傾けることから生まれる。それはBCP(事業継続計画)を揺るがす問題発生の芽を摘み取る「事後の百策に勝る、事前の一策」にもつながる。CFOとして体感した思いを、川上氏はこんな言葉で後進に伝えている。
「経営理念は細部に宿る。それが、ガバナンスの根幹でしょうね」
CFOとしていつも
「本質的、中長期的、多面的」なものの見方を、心掛けていました
Column
至誠一貫で「四つの顔」の未来に「Focus」
たどり着いた境地は「至誠一貫」。CFOとして誠を尽くすために、川上氏は「経営トップ・社外・従業員・経理部門」に対する四つの顔があると語る。
第一に、良き女房役としてトップの志や経営戦略、企業価値や財務体質を高めるガバナンスを支えること。第二には、投資家へ的確な情報発信を担うディスクロージャー(企業の情報開示)。第三は、公平でオープンな経営管理の仕組みや仕掛けをつくり、従業員とトップをつなぐプロデューサー。第四は、経理・財務機能の質と効率を向上し、プロフェッショナル人財を育てることである。
四つの顔が機能しやすいCFO組織も、当時の松下電器産業は備えていた。3カ月ごとの事業予測報告は経理の先読みを可能にし、各事業部に配置する技術・営業などのIR担当とも情報を共有。また、事業部門の経理担当者を本社直轄でCFOが任命する「経理社員制度」は、恣意的ではない厳密な「本当の数字」を担保した。
「今後は、手間と時間、工数の塊だった経理業務も、RPA(ロボットによる業務自動化)などICTの活用で、マンパワーを将来予測に生かすことになるでしょうね」(川上氏)
CFOのFは「Financialであり、Focusも意味する」と独自の見方を示す川上氏。四つの役割それぞれに未来志向で焦点(Focus)を当てることが、CFOの第一歩になっていく。
川上氏が信条としたのが“Clean hands, Cool head, but Warm heart.”「お金に清潔で言行一致を大事に、定量的に数字を平常心で判断し、優しい気持ちという意味ではなく相手の立場がどれだけ分かるか、理解しようと耳を傾けるということです」(川上氏)
PROFILE
- 一般社団法人日本CFO協会
- 所在地:東京都千代田区平河町2-7-1
- 設立:2000年
- 代表者:理事長 藤田 純孝
- 会員数:5716名(2020年3月現在)