危機対応による業績V字回復とグローバル展開を支援:元日本電産 取締役専務執行役員 最高財務責任者 CFOサポート 代表取締役社長 兼 CEO、東京都立大学大学院 経営学研究科 特任教授
吉松 加雄 氏
リーマン・ショックから迅速に回復した日本電産は、それまでの主力商品であった精密小型モーターから車載、家電・産業用モーターへビジネスポートフォリオの転換を急いだ。しかし、精密小型モーターや電子光学部品の需要低迷が響き、2012年10月の第2四半期決算発表で通期業績を下方修正したのに続き、翌13年1月の第3四半期決算発表で通期業績の下方修正を再度公表し、純利益が前年比9割減となった。売り上げ目標(連結)も2012年度1兆円、2015年度2兆円とする中期経営計画「ビジョン2015」を下方修正し、2015年度の目標値を4割減の1兆2000億円とした。
この間に危機感が一段と高まり、2012年始動の「WPR(ワールドクラス・パフォーマンス・レシオ:世界水準の業績達成目標)Ⅱプロジェクト」が加速的に展開された。「目標に掲げたのは、①ビジネスポートフォリオの転換と拡大の推進=兆円企業(売上高1兆円超)への飽くなきこだわり、②連結営業利益率15%の達成=「ASSET(アセット)アプローチ」による収益構造改革の断行、③キャッシュ創出力の強化による財務体質改善=CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル:キャッシュ化速度)改善とCAPEX(資本的支出)管理強化によるFCF(フリーキャッシュフロー)の極大化です」と吉松氏は言う。
クロスボーダーM&Aによってグループ化した欧米の子会社には、MBA(経営学修士)やCPA(公認会計士)の資格を有する幹部が多い。そこで、子会社に対する共通言語として開発したのがASSETアプローチだ。構造改革の各プロセスである分析(Analysis)、予測・シミュレーション(Simulation)、解決策の立案(Solution)、実行(Execution)、業績反転(Turnaround)の頭文字を取って命名された。「これによってPMI途上の会社ともASSETという共通言語を使いながら緊密なコミュニケーションが可能になりました」と吉松氏は話す。
この結果、WPR IIプロジェクトが発足してから、わずか半年でASSETアプローチの全プロセスを完遂。2013年度の第1四半期から業績のV字回復が始まるというスピード感を示した。業績は順調に伸長し、2014年度に通期初となる連結売上高1兆円超、連結営業利益1000億円超を達成した。
「WPR Iを成功させたプロセスは、ハーバード大学のジョン・P・コッター教授が『企業変革力』(日経BP社)で提唱している『八段階の変革プロセス』に似ていると言われました。本を読むと確かに似ている。そこでWPR IIでは、この八段階を意識してプロジェクトを進めました(【図表】)。それがWPR IIを半年足らずで遂行できた大きな要因の一つだと思います」(吉松氏)
【図表】日本電産の企業変革の八段階プロセス
日本電産の成長を支える重要戦略がM&Aである。1984年から買収をスタートし、現在までに日本電産グループに収めた会社・事業は60を優に超える。
「買収後にシナジー(相乗効果)を上げて、買い手側も売り手側もWin-Winの関係になるように取り組んでいます。そのために力を注いでいるのがPMI(買収後の統合)です。M&Aはクロージング(譲渡完了)までを目標とする会社が多いようですが、私が在籍した頃の日本電産は『クロージングはM&A全体の20%にすぎず、残りの80%はPMIにかかっている』という方針でした。現在ではPMIの重要度が増して『クロージングはM&A全体の10%』としています。クロージングが終了した段階では、資本的に子会社になっただけです。そこからシナジーを上げるためのPMIが始まります」と吉松氏はPMIの重要性を指摘する。
日本電産では、M&Aの案件発掘からクロージングまでを担当するのが企業戦略室。そしてPMIを担当するのが、買収主体の事業本部や子会社、管理面では購買や生産管理、そしてCFOを含む経理・財務関係の部署(CFO機能)である。
「クロージングと同時に連結決算の対象になりますから、日本電産の連結決算システムを即座に導入します。また、財務的に資金を一元管理して余剰資金があれば『グローバル・キャッシュ・マネージメントシステム』に移して資金の効率化を推進。さらにCCC管理を徹底してキャッシュ化速度の短縮を図ります。
このような経理・財務関連以外にも、高い目標目線と日本電産ならではのスピード感を伝え、『経営は結果がすべて』『経営は数値管理』『経営はリスク管理』という経営の三大要諦の徹底を図っていきます」(吉松氏)
国境を越えたクロスボーダーM&Aが進む中、同社では興味深い現象が起きている。
「日本電産は2010年に米国エマソン・エレクトリック社のモーター&コントロール事業を買収して子会社化しました。その会社が2012年にイタリアと米国の会社を買収し、2016年には“母体”と言えるエマソン・エレクトリック社から欧州事業を買収したのです」(吉松氏)
売られる側から買う側への転換は、社内のモチベーションを大きく引き上げるに違いない。そして日本電産グループの一員として事業を展開する誇りとやりがいを社内に浸透させたのは、CFO機能によるPMIの成果と言えよう。
経営者の意思決定を支援し、持続的に企業価値を向上させるキーパーソンとなるCFO。中堅・中小企業もその機能を果たす人材・組織の育成・設置を検討すべきだろう。
CFOは、経営者の意思決定を支援し、
持続的に企業価値を向上させる戦略を
自ら推進するビジネスパートナーと言うべき存在です
Column
CFOの育成ポイント
CFOの業務は将来予測、事業計画や戦略の策定、資本市場とのコミュニケーションなど多岐にわたり、高い専門性と広い視座が求められる。そのような人材を育成するポイントを吉松氏に聞いた。
求められる能力
ビジネス感覚にたけ、仮説・検証に基づいたアプローチで、現在の収益から今後の売り上げ状況や需要動向などの先行きを想定し、それに伴って収益がどのように推移するかを複数のパターンで予測。その中から最も起こりそうなパターンを三つほど選び、それぞれの長所と短所をまとめて経営者に提案し、意思決定を支援する力が求められる。
育成方法
一つの職務を3年ほどで終え、次のキャリアパスに向かうジョブローテーションが有効だ。1年目は前任者や上司から言われた通りに仕事をこなして実務を習得。同時に職務についてどのような改革が図れるかをOff-JTで勉強する。それを生かして2年目は業務改革を実行。3年目は習得した知識やノウハウの標準化と形式知化を図り、マニュアル化する。
さらに外部の監査法人から会計士を派遣や出向で受け入れ、制度会計や管理会計、財務などをサポートしてもらう。その現場に接することで社員の能力も研磨されるだろう。これを私は「産監」連携シナジーと呼んでいる。
PROFILE
- ㈱CFOサポート
- 所在地:兵庫県神戸市東灘区御影中町3-2-4-1410
- 設立:2019年
- 代表者:代表取締役社長 兼 CEO 吉松 加雄