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【特集】

成長M&A

かつてM&Aといえば「乗っ取り」「身売り」など暗いイメージが付きまとったが、いまや多くの企業が持続的成長を図る手段として選択する時代になった。後継者難、本業の競争力低下、早期の新規事業開発など、一筋縄ではいかない経営課題を最短距離で解決したM&A事例をリポートする。
2019.12.27

タクシー事業を成長させる方法はM&A一択:第一交通産業

 

企業内託児所を設けるなど、女性社員の働きやすい環境づくりを推進。各地で女性ドライバーが活躍している

 

 

基本は現場主義小さな積み重ねが大きな成功に

 

タクシーの営業エリアは全国に約600あるが、第一交通産業の営業エリアは約200。残り約400の地域を補う手段が、同社と提携会社のタクシーチケットを相互利用できる「No.1タクシーチケットネットワーク」である。現在約450社、3万7000台(2019年10月末時点)が提携しており、同社はこの仕組みによって実質的に47都道府県を営業エリアとしている。

 

交通過疎地の足となる乗合タクシーの展開にも積極的だ。国土交通省交通政策審議会の地域交通委員を務めていた田中氏は、全国の同業者に協力を依頼し、交通過疎地とされる約6000カ所のうち約4500カ所を乗合タクシーの運行地域とした。同社は49市町村154路線で運行中である(2019年10月末時点)。また、個人のタクシー会社に国家資格を持った運行管理者を派遣したり、与信審査が通らない会社に代わってリース会社と契約し転リースしたりといった、細やかなサポートも行っている。

 

さらに、JR九州などと提携し、いち早くICカード払いサービスを導入。配車アプリ「モタク」への加盟を呼び掛け、米国のUber、中国のDiDiと提携するなど、デジタル化に意欲的なことも同社の特長だ。

 

「基本は現場主義。お客さまに対してメニューを増やすことが目的です。M&Aは派手に見られがちですが、現場の意見を吸い上げて一つ一つ積み上げていくことが大切です」(田中氏)

 

同社の乗務員は、顧客の手荷物を持つことはもちろん、病院に付き添って診察の順番を取ったり、墓参りへ同行したりすることもある。顧客に寄り添ったサービスだと、特に高齢者から好評だ。これらは全て、乗務員たちが自ら考え出したサービスである。

 

「乗務員に対して、こうしたサービスを強制はしません。でも、頑張ったら必ず給与に反映させると明言しています」(田中氏)

 

実際、同社は資格取得のバックアップにも注力しており、全国約2500名の介護タクシー乗務員のうち、約800名が「ホームヘルパー(訪問介護員)2級/介護職員初任者研修」の資格を有している。

 

また、ALSOK(綜合警備保障)のホームセキュリティーシステムにタクシー呼び出しボタンを付けたり、ガス会社による暮らしの総合サービスに妊娠・子育て中の母親を支援する「ママサポートタクシー」を提供したりなど、他社との提携も多い。介護タクシー事業では日本盲導犬協会とも連携している。

 

「地方の企業は、“専業”で経営をするのは困難です。協業・兼業で新規ビジネスを生み出せば強くなり、事業を継続していくこともできるのです。買収後の会社を地域に根付かせることができるかどうかが、M&Aの成否を決めます」

 

そう話す田中氏は、自ら現場に出向くことも多い。女性ドライバーが増えた2000年ごろには、全国の営業所を回り、女性用のトイレや更衣室を作るなど快適に過ごせるよう職場環境を徹底的に整備した。さらに、企業内託児所を現在全国7カ所に設置し、短時間勤務制度を構築。働きやすい仕組みづくりにも力を注いだ。「一時期、『リフォーム社長』って呼ばれていましたよ(笑)」と田中氏は当時を振り返る。

 

 

 

 

 

“総合生活産業”として地域に根差し、継続発展を目指す

 

第一交通産業は4カ月に1度、全国から約20名の人材を本社に集め、45日間に及ぶ研修を実施。その修了者を、主任として現場に戻している。

 

「時間をかけて人材を育てていくのが当社のやり方です。買収先の優れた人材は、グループ本社に吸収することもありますね。M&Aは企業を成長させるための時間を買うことでもあります」

 

そう話す田中氏は、中堅・中小企業がM&Aに取り組む際のポイントについて、次のように続けた。

 

「地方の企業が地域に根差し、継続的に成長していくためには、事業の多角化を図らなければなりません。仕事をより好みせず、できる範囲のことを、時期に合わせて行うこと。やりたいこととできることは異なりますが、やりたいことは“目指すこと”にすればいいと思います。お金を出して規模を拡大するだけでは、誰もついてきませんからね」

 

そんな同社が大切にしていることは、“姿勢で見せること”。管理職者は朝早く営業所へ出向き、乗務員の点呼を行い、話をして交流を図る。

 

「タクシーサービスをより身近に、快適にするため、システム構築などのデジタル部分と、地域の利用者に寄り添っていくアナログの部分のどちらも大切にしたいと考えています。この両輪こそ、M&Aを行い、企業を存続させ、社会に貢献していくために欠かせないものです」(田中氏)

 

同社が見据えているのは、地方都市のコンパクトシティー※化だ。移動手段であるタクシー事業はどうあるべきか、他の事業とどう連携していくべきかを常に課題としている。

 

不動産事業による街づくりをはじめ、中国や韓国、ミャンマー、インドなど海外進出にも意欲的な第一交通産業。創業60周年となる今年(2020年)も、“地域密着の総合生活産業”として、国内外の多くの地域で人々の暮らしを支え続ける。

 

 

※ 都市の中心部に住宅や公共施設、商業施設などを集約し、徒歩や自転車で移動しやすい規模に市街地を収める都市づくり

 

 

 

M&Aは企業を成長させるための時間を買うことでもあります

第一交通産業 グループ本社 代表取締役社長 田中 亮一郎氏

PROFILE

  • 第一交通産業 ㈱
  • 所在地 : 福岡県北九州市小倉北区馬借2-6-8
  • 設立 : 1960年
  • 代表者 : 代表取締役社長 田中 亮一郎
  • 売上高 : 1061億7000万円(連結、2019年3月期)
  • 従業員数 : 約1万5000名(グループ計、2019年3月末現在)

 

 

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